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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第一章 明無夜軍
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第三話 犠牲




 30分後 日本国某所




『こんばんは、セブンニュースです。まず速報です』

『先程6時10分頃から6時50分頃までの間に、福岡・広島・大阪・愛知・新潟・青森等、少なくともの6つの府と県で無差別殺人事件が発生しました。犠牲者の数は100名以上にものぼると見られ、警察と消防は確認を急いでいます』

『政府は一連の事件を受け、先程臨時の会議を開き今後の対応を確認しました。また政府は、同時多発テロの可能性が高いとして、国民に対し外出を控えるよう呼び掛けています』

『不要な外出は極力避けて下さい。また、現時点で外出している方は、周囲の状況に十分注意して行動して下さい。不審な人物や物を見かけた場合、近づいたりせず警察に通報して下さい。……繰り返しお伝えします。先程……』


 ゴールデンタイム開始から僅か数秒。

 いつも通りの平和なお茶の間に、声と映像の爆弾が投げ込まれた。


 ゴールデンタイムとは、比較的多くの人間がテレビの前に居て視聴率が1日の中で最も高くなる、19時から22時までの時間帯のことを示す和製英語である。

 そしてこの「(セブン)ニュース」とは、全国区放送局「NHR」が最も力を入れているニュース番組である。

 高い視聴率を狙ってゴールデンタイム一番手に組み込まれたこのニュース番組は、インターネットが普及した現在でも視聴者にとって大切な情報源となっている。

 また災害等の非常時には、その早さと正確性から優先して延長放送されるため、“比較的”信頼できるニュース番組でもある。


 今回の騒動を真っ先に伝えたのも、このセブンニュースだった。

 放送時間と事件発生の時間帯が()()近かったのも理由のひとつだが。


「おい、これマズくないか」

「同時多発テロ? 嘘だろ……」

「外出するなって事は……まだ続くのか?」


 この日本という島国は「平和」である。

 多くの国民はテロや戦争の事など、文字通り「対岸の火事」だと思っているからだ。

 実際、この国が他国と「戦争」に至る事態はここ70年以上起きていない。

 テロ攻撃により何十人もの死者が出るような事態もほとんど経験がない。


 そのせいもあってか、前例の無いこの騒動によってもたらされた混乱は瞬く間に日本全国に広がっていった。




 * * *




 日本国首都東京 警察庁




 100人以上もの職員が集められた会議室兼指令室で、緊急の会議が開かれていた。

 議題は当然、此度の無差別殺人事件たちについてだ。


「新たに京都、長野、山梨でも発生! 犠牲者多数!」

「またか……」

「畜生!」


 全国で現在進行形で続いている無慈悲な殺戮の情報は、緊迫感溢れる速報としてここに集まる。

 その度に指令室内に響くのは無念と絶望、そして怒りの声だ。


「落ち着け。現時点での情報を確認する」


 声を荒げる部下達をなだめる。

 私のように人の上に立つ人間は、常に冷静でなければならない。

 上に立つ人間が冷静さを失えば下はますます混乱し、収集がつかなくなるからだ。


 これ以上の喧騒は不要だと感じた部下の大半が会話数を減らし、私の言葉を待つ。

 少し静かになったのを見届け、私は口を開いた。


「今のところ、ほとんどの犠牲者の死因は部位欠損による失血死。凶器は刀のような形状の大きな刃物。つまり、刀剣の類いでバッサリ一撃……ということだ」


 感情を殺した声で、極めて平静を装い発言する。


「そんな芸当が出来る被疑者がまだ全国各地に多数いる……という事ですか?」

「そういう事だ」


 死人のような顔になってしまった部下達が言葉を失う。

 先程よりも静かになった所で言葉を続ける。


「どの現場でも凶器は一切見つかっていない。つまり、被疑者たちはまだ凶器を所持していることになる」


 部下たちの表情が凍り付く。

 指令室内がものすごく静かになった。

 まるでお通夜である。

 ……いや、今の状況でこの表現は洒落にならないので訂正する。

 まるで墓地のようである。


 私は椅子から立ち上がり、全体へと大まかな指示を下す。


「非常線を張り、道路や空港、駅には検問を設置しろ。非番を呼び戻せ。関係する全部隊を出動、または待機させろ。総力を以てテロを食い止める。……いいな?」


 全員表情が強張り、何も返事をしない。

 一部の者がコクコクと頷くだけである。


 ……情けない。

 それでも市民の味方か。

 見渡す限りの気迫に欠ける顔面を左から右へと一瞥し、ため息ひとつ。


 机を殴り付けた。


「返事はどうした!?」

「「「!!」」」

「我々が弱気になってどうする! いいか、ゆうに100名以上死んでる! 我が国に対する挑戦に等しい! これを許すな! これ以上を許すな!」


 慌てたかのように部下たちの目つきが変わる。

 死人のような現実を飲み込めなかった目たちに、生気が戻る。


 ……そうだ。それでいい。

 私だって現実が理解しがたい。

 こんな異様なテロ、聞いたこともない。

 だが、分からないのなら分からないなりのやり方があるはずだ。


 大きく息を吸い込む。


「市民を守り、救うぞ! 我々警察の力をテロリスト共に示せ!!」

「「「「了解!!」」」」




 彼ら「警察」は夜を徹して活動し続け、事態の収束を図った。

 その結果、夜明け前までには全ての主要な道路、空港、駅の完全な検問が可能になった。


 しかし同時に、この一夜だけで全国の犠牲者は500人近くにものぼっていたことが明らかになった。

 しかも、被疑者の身柄や凶器、痕跡等が何一つ発見出来ないという、規模と比較して前代未聞の結果に終わったのだ。

 警察の面目どころか、国家の威信すら潰れた事実は言うまでもない。


 さらに驚くべきことに、全く同様のテロが世界各地でも発生していたことが分かった。

 狭い日本という島国で500人。

 そんな犠牲者が全世界で発生したために、犠牲者の数は1万人にも達しようとしていた。


 だが、どんな夜にも日は昇る。

 それだけが人々の唯一の希望となった。




 悪夢のような、夜が明ける。





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