第二十九話 妖界
「そんな大妖怪が? 確かかい?」
「ああ。推測だが、可能性は高い」
夕暮れの近付く森の中。
炎精ディエナが生み出した火を囲み、俺たちは情報交換をしていた。
香ばしい煙を上げているのは、志歩が見繕ってきた茸と鳥肉だ。
さながらバーベキューである。
ほう、と言って考え込む志歩。
俺とディエナによる、この世界で何が起きているのかについての推測を話した次第だ。
テロ、闇霧、暗鬼、人外の復活、妖術の発現。
これら全てが数日間で起こったのは、強大な妖怪が一計を案じた結果だということを。
「確かにこっちでも当てはまるね。ボクの意識がはっきりしたのも、大彗星の幻影を作れる程妖力が回復したのも、数日以内の出来事だからね」
「私がよーじゅつ? を使えるようになったのも、今日の話だし」
志歩と明が、互いに目を合わせて言う。
「やっぱり、これで間違いないようね」
ディエナの言葉に頷く。
証人が4名。
確かに、もう間違いないだろう。
非科学的な存在や力の復活。
それは、世界中で実際に起きている事実であり、なおかつ人為的なモノであるということだ。
「首謀者が誰なのか、予想はつけてあるのかい?」
志歩が質問してくる。
俺も気になっている点だ。
だが。
「……あーいや、そこまでは。すまん」
そもそも妖怪や妖精という、いわゆる人外の存在を知ったのもつい数日前のことだ。
100年以上生きているというディエナならともかく、平凡に18年程度過ごしてきただけの人間には、そんな知識は無い。
年長者の助けを求めてディエナを見るが。
「っ! ………」
露骨に嫌そうな顔をした後、そっぽを向かれてしまった。
……って、え? 酷くないですか。
ちょっと傷付いたよ。
「お兄ちゃん嫌われてるぅまじウケるぅ」
ウケねーよ。
つーか、5割くらいお前のせいだろ。
ちなみにあとの5割のうち、4割が俺のせいで1割が志歩のせいだ。
異論は認めない。
それと今更だが、ディエナの斬られた服は明が仮修復した。
ディエナの服から細く裂いた生地を頂戴し、それを太めの裁縫針に付け、縫い合わせたという。
普通の糸では彼女の炎熱で焼け落ちてしまうのだから、これは仕方ない。
ただ、服は火蜥蜴という霊獣の皮で作らており非常に丈夫なため、布を重ねて縫うことは出来なかったらしい。
現状、裂け目を繋いだだけであるうえ縫った間隔も大きい簡素な出来となっており、少しとはいえ未だに肌が見えてしまっている。
本人はあまり気にする様子もないが、俺からすると十分目に毒なので、機会があったら新調してあげたいものだ。
「……暗鬼を束ねる妖怪、か。ボクも聞いたことないな。そもそも暗鬼は群れないはずだし、群れたとしても烏合の衆……こんなに強い訳がないんだけどな」
志歩はそう言って、俺と明が腰掛ける切り株を見る。
あの大剣タイプの暗鬼によって斬り倒された木の成れの果てだ。
「あの腕の頑丈さは異様だよ、希薄なかつての暗鬼とは比べ物にならない。種類も三つくらいあるようだし。キミ達の言う通り、首謀者は暗鬼を強化し、進化させる力も持っているようだね」
かつての暗鬼は、光に触れた程度で死ぬような弱い存在だったという。
長く生きてきた人外にとってみれば、なおさら首謀者や今の暗鬼は異常な存在らしい。
「十中八九、妖怪の仕業でしょうけど……そんな異様な大妖怪、聞いたこともないのよね」
ディエナが吐き捨てる。
それを聞いた志歩は、心底不思議そうな顔で彼女に問うた。
「え。キミ、妖精でしょ? ボクよりはるかに永く生きてるから、知ってるんじゃないの?」
「そうなのか?」
思わず口を挟んでしまった。
昨日本人から聞いた限り、ディエナの記憶があるのは“眠る”前までだと100年程。
再び覚醒するまでの期間を足しても、おそらく200歳を越す程度だという。
対する志歩の年齢は300歳。
どうあっても志歩のほうが歳上のはずなのだが。
ディエナが口を開く。
「そりゃあたしにも小妖精だった時期はあるだろうから、累計すれば何千歳にもなるんでしょうけど……」
「ふぁっ!?」
「は?」
明とふたりで驚愕した。
さらっと爆弾発言したよねこの子。
聞き捨てならないよ?
「……小妖精の時なんて自我も何もあったもんじゃないわよ。だから当時の記憶も持ち合わせてないの」
「なんだ、あてにならないな」
「何か言ったかしら」
「言ったかもねー」
志歩とディエナが火花を散らす。
どことなく仲が悪いこのふたり。
当初は人外同士すぐに仲良くなると思っていたが、そうでもないらしい。
妖精と妖怪は、明確に異なる存在のようだ。
……って違う。
重要なのはそこじゃない。
「ね、ねえディエナたん。妖精ってそんなに長生きする種族なの……?」
明がひきつった表情で尋ねる。
俺も聞きたいところは同じだ。
「長生き……というか、妖精に寿命の概念は無いわ。自然や自然現象の具現として現れ存在しているだけから、老いることも死ぬことも無いのよ。あるとすれば、その自然現象がこの世から無くなったときに身体が消滅するくらいね」
妖怪や俺たち人間とは一線を画した存在のようだ。
年齢自体あるはずもないし、本人も気にしないのかもしれない。
「なるほど……。じゃあ、ディエナたんは“現れ”てから何年くらい経つの?」
「そうね……。ここまで大きな身体を持つには、相当な年月が必要になるはずだから……確実に数千年は経ってる筈よ」
明は空を仰ぎ、俺は頭を押さえる。
千年前は平安時代。
二千年前は弥生時代。
三千年前だと、初代天皇の神武天皇すら即位していない時代だ。
簡潔に言おう。
ヤバい。
「昔から首謀者の妖怪が居たかは置いといたとしても、なんで数百年間も誰にも知られなかったのかな」
「確かに。それだけの大妖怪ならとっくに有名になってるはずよね」
黙り込んだ俺達兄妹を放置して、まだ見ぬ首謀者の正体を探る志歩とディエナ。
この程度、人外の世界ではよくある話のようだ。
(私たち人間の常識がおかしいのかな、お兄ちゃん……)
(しっかりしろ、明。慣れるまでの辛抱だ)
表情と仕草で会話し慰め合う、哀れな人間2匹。
なんだろう、何も悪いことしてないのに惨めだ。
あと、人間がものすごく弱く感じる今日この頃。
暗鬼にも闇霧にも妖怪にも妖精にも劣るとか、マジで人類滅亡まっしぐらなんじゃねえの。
ともかく。
「なあ、その“大妖怪”って、普通の妖怪とは違うのか?」
人外ふたりに尋ねてみる。
大が付くということは、やはり強いという意味なのだろうか。
「そうね。普通大妖怪というのは、他の妖怪よりも長寿で強い妖怪を指すわ。妖怪として千年も生きれば、それなりの強さになるらしいから」
強い妖怪というより、長く生きた妖怪ということのようだ。
妖怪は、生きた年月に比例して強さが増す仕組みらしい。
「大妖怪だと、金毛九尾やスキマ妖怪、あとは酒呑童子とかが有名かな。何百年も姿を見せてないらしいから、死んだと言われてるけどね」
ふたりの説明に頷く。
金毛九尾……狐の妖怪だっけ。
人間の美女に化けて国を破滅させたとか、毒岩になって人を近付けないようにしたとかいう、悪名高い妖怪だ。
酒呑童子は……鬼、だっけか。
酒やら女やらを人里から盗りまくった大悪党で、討伐隊に斬られ首だけになっても襲ってきたという。
スキマ妖怪というのはよくわからないが、前者二名と並ぶ強者なのだろう。
「成る程……ありがとう、勉強になるよ」
「そうかい、どういたしまして」
「……別に、お礼なんていいわよ」
今の人間社会では誰も知らない情報も、彼女ら人外は当然のように知っている。
これからも貴重な知識を得られるだろう。
礼は当然だ。
「ディエナたんも志歩たんもすごいなー。博識ー」
「はは、ちょっと長生きしただけさ」
「ねぇあかり、その“たん”付け、やめてくれないかしら」
「え、なんで。いいじゃん可愛いじゃん」
「かっ、かわ……!? よ、よくないわよ! やめてったら!」
「照れるディエナたんもかわいー」
「かわいー」
「志歩まで!? なっいやっちょっ」
相変わらず楽しい奴らだ。
見てても全く飽きな……。
「!!」
唐突に背筋に刺さる悪寒。
続いて、全身の血管が締め上げられるような不快感。
これは……。
「今の、なに」
明が怯えた様子で、誰にともなく尋ねる。
「……妖力、だね」
「ええ。しかも、強くて複数」
目を据わらせたディエナと志歩が呟く。
皆、今のを感じたらしい。
本能なのか、これが何処から発せられた物かが理解できた。
それもまた、皆同じ。
俺も含め、全員が一様に振り向いた方角は。
「あっちから、か」
東だった。
* * *
長野県南部 上空
紫様が作った、空間の裂け目を抜ける。
視界に広がったのは、夕暮れに沈む森と、まばらな光を放つ市街地。
「現世ねぇ、久しぶりだなあ」
「すっかり様変わりしてるわね〜」
そう言いながら続いて来たのは、角の生えた小柄な少女と、青い着物の女性。
「萃香様、幽々子様。もうここは敵地と言えますから、もう少し緊張感を……」
「全くお堅いなあ、藍。そんなんじゃ駄目だって、もっと愉しみなよ」
「そうよ〜。気楽にいきましょ〜?」
暢気な感想を漏らすふたりをたしなめようと試したが、逆に言いくるめられてしまった。
現世が大混乱に陥り、幻想郷も攻撃を受けたこの状況を楽しめるとは、肝の座り具合が違う。
流石は大妖怪だ。
私、八雲藍は、主である八雲紫様の指示のもと、大結界を越えて幻想郷から現世へとやって来た。
目的は、此度の騒動の首謀者、无月綾蔵を葬り、幻想郷に対する攻撃を止めること。
そのため、紫様を大将として紫様の旧友伊吹萃香、西行寺幽々子、そこに私を加えた討伐隊を成した。
スキマ妖怪に金毛九尾、酒呑童子に死の大亡霊。
名だたる大妖怪の連合軍を前にしては、いかに現世に抗う大妖怪といえども大敗は必至だろう。
「お喋りはそこまでよ。妖力によって、周囲から私達の場所は知られている筈。気を引き締めて頂戴」
紫様が私たちを咎める。
これだけの大妖怪が集結しているのだ、妖力は辺りに溢れ放題だろう。
暗鬼の情報網に引っ掛かってしまえば、綾蔵にも居場所が知られてしまう。
そうなる前に、いや、そうなったとしても、迅速に行動する必要がある。
「紫様、急ぎましょう。日が暮れれば暗鬼共が活性化する可能性があります」
「そうね、行きましょう。皆、付いてきて頂戴。……あら」
紫様が言葉を止める。
が、直ぐに再び口を開いた。
「藍、下の博麗神社を護っていなさい。お客さんが来るかも知れないから」
「え? は、はい。畏まりました」
突然の命令変更だが、私は従うのみだ。
紫様の思考速度は常識を遥かに凌駕する。
故に、他者では理解出来ぬ間に答えを出し、簿かした結論だけを伝えてくることがあるのだ。
私は流石に慣れたが。
「では、私は此処に残ります。皆様お気を付けて」
振り返り、三人に別れを告げる。
「おう。よくわからんが、藍も頑張れよ!」
「無理しちゃ駄目よ〜。あなたも気を付けてね〜」
「神社を任せたわよ、藍。後で会いましょう」
それぞれが応えた後、三人は身を翻し東を向く。
次の瞬間、突然加速した彼女らは、その場に風だけを残しあっという間に飛び去っていった。
「……御武運を」
寒空でひとり、私はそれを見送った。




