第二十六話 素質
長野県東部 山中
「声?」
「そう。志歩たん何か知らない?」
「うーん、知らないな。ごめんよアカリ」
志歩への質問の内容は、昨晩の電車での出来事についてだ。
私をたぶらかし、山中に誘い込み、遭難に至らしめた、あの声。
超自然的現象であるゆえ、妖怪である志歩なら何か知っていると思ったが、返事は芳しくなかった。
「ううん、気にしないで」
ま、いいか。
妖怪でも分からないことくらいあって当然だろう。
それに結果だけをみれば、志歩に出逢えたのはあの声のお陰だ。
志歩が作ってくれた焼き鳥を咀嚼しつつ、空を見上げる。
日は既に高く登り、辺りには暖かい光が降り注いでいる。
勿論、あの大彗星も未だに健在だ。
因みに、焼き鳥の作り方は至ってシンプル。
志歩があの鳥の死体の“凶”を増幅させ、落雷を引き起こしてこんがり上手に焼けましただ。
「あぁ、アカリ。専門外だから確かなことは言えないけど……」
不意に志歩が口を開く。
「それさ、“守護霊”の仕業じゃないかな」
「……守護霊? 背中に張り付いて祟ってくるあれ? やだこわい」
「それは背後霊」
何が違うんだろう。
「祟りや災厄から護ってくれる霊のことだよ。アカリの場合、先祖の霊達がアカリを見守ってくれてるんじゃないかな」
先祖の霊“達”……?
亡くなった祖父母くらいとしか面識は無いけど。
というか。
「なんでそう思うの、志歩たん。まさか……見えるとか?」
「いや、見えないよ。ただ、すっごーく希薄な気配を感じるだけさ。あと……」
「あと?」
志歩はそこで1拍挟むと、少し真剣な顔をして言う。
「アカリから、血筋で受け継いだ妖術の力を感じるんだ。妖術師や陰陽師の先祖は子孫の守護霊になることが多いらしいから、もしかしたら……と思って」
「なるほど、わからん」
大きく頷きながら首を横に降る。
血筋? 妖術? 陰陽師?
聞いた事すらない単語が、頭のなかで煩雑に並ぶ。
「アカリ、自分の家系について、シノノメというその家名について、何か知ってることはないのかい?」
志歩は真剣な顔のまま、矢継ぎ早に訊ねてくる。
銀と赤の瞳が、私を真っ直ぐに見つめる。
だが、残念ながら何も知らない。
先祖のことなんて、調べようと思ったこともない。
「私、なんにも知らない」
「……そうかい」
志歩が、何故か安心したような声色で頷く。
なんだろう。
私にとって、知らない方が良いこととか?
それとも、私が無知であることが志歩の保身に繋がるとか?
……いや、考えすぎか。
「あ、でもね。アカリに妖術の力があることは確かだよ。うん、間違いない」
志歩が、いつもの明るい調子で言う。
が、内容に関しては相変わらず突拍子もないものだった。
「えっと、志歩たん。まず、妖術ってなに?」
「そこからか。……あぁでも、妖怪すら忘れられた時代だから、術を知らなくても不思議じゃないか……」
志歩が、半ば諦めたように呟く。
今のでだいたい察した。
妖怪と同じく、妖術というものも大昔にあった超自然的な存在なのではないか。
「妖術っていうのは、文字通り“妖しい術”のこと。魔術や呪術、陰陽術などの総称さ」
「んと……魔法とか呪いみたいなもの?」
「うん。そんなとこだね」
今時、昔話や映画なんかでしか聞かないものだ。
まさか実在していたとは。
……え、ちょっと待て。
「志歩たん、さっき私に妖術の力があるって言ったよね……?」
「うん。少しだけど、アカリから妖力を感じる」
「ってことは……私、魔法とかが使えるってこと!?」
「使えるだろうね」
マジかよぉ!?
私、魔法少女!?
「ししし志歩たん! 教えて! 魔法使う方法教えて!!」
立ち上がって志歩の肩を掴み、揺さぶりながら嘆願する。
「あわわわぁアカリ揺らさないでぇ〜!?」
「あ、ごめん」
我に返り、手を離す。
目が回るぅ、と言いながら、志歩は落ち葉の地面にぺたんと座りこんだ。
「そ、そんなに妖術を使いたいのかい?」
「使いたい!」
即答した。
だって魔法だよ?
みんな使いたいよね? ね?
はい満場一致異議皆無。
ってことでさっさと教えろください。
志歩は乱れた浴衣を直しながら立ち上がる。
「分かったよアカリ。妖術、教えてあげる」
「ほんと!?」
「ほんと。でも、これだけは覚えておいて」
銀と赤の瞳が、再び私を見据える。
彼女から発せられる得体の知れない圧力か何かが、肌を刺す。
「妖術の中には、人間が扱うには凶に過ぎたるものもあるんだ。生半可な人間は、術に飲まれて死ぬ……いや、死ぬより酷い目に遭う。周りに凶をばら蒔くことにもなる。力には、相応の覚悟と責任が伴うんだ」
「……!」
呪いの扱いを誤り、自らに呪いをかけてしまった者。
魔力を求めすぎたために、精神を飲まれて闇に堕ちた者。
それによって、殺されるまで周りに災厄を振り撒き続けた者。
事の真偽はともかく、古今東西の物語ではよくある話だ。
「アカリ。キミに妖術を使いこなす覚悟は、妖術を扱う者としての責任は、あるかい?」
長い年月を生きてきた志歩のことだ。
そうなってしまった人間を見たことがあるのかもしれない。
――――……?
聞こえないはずの“あの声”が、何事か語りかけようとしてくる。
心配してくれてるの?
明は、大丈夫だよ。
……ご先祖様。
――――……。
それきり、声は消えた。
「私、やる。妖術、使いこなしてみせる」
* * *
太い木の幹に、いとも簡単に穴が開く。
直径1センチの小さな穴は、見事に反対側まで貫通していた。
「志歩たん」
「なんだい」
「なんかでた」
「なんかでたね」
あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!
“右手でピストルの形を作ってばぁんって言ったらこうなった”
な、何を言っているのかわからねーと思うが、私も何をしてしまったのかわからなかった……!
はい。
私がやりました。
「意外と簡単に出るんだね、魔法」
「うん、おかしいね。そんな簡単な筈ないね」
「だよね。まぐれかな。よしもっかいやってみよう」
「そうだねそれがいいさそうしようか」
再び右手でピストルの形を作り、狙いを定め、意識を指先に集中する。
すると人差し指の先端に、小さな水色の光弾が現れた。
「ばぁん」
私の声を合図に、光弾は突然前方に向かって急加速する。
撃ち出された水色の光の粒は、一瞬で木の幹に到達し。
またも、それを易々と貫通した。
「志歩たん」
「なんだい」
「魔法少女アカリン爆誕」
「ばかな……はやすぎる……」
「ぃやったー! 私、魔法使えたよ! うわあい志歩たんありがとー!!」
「わわわむぎゅ!?」
感極まって志歩に抱きつく。
ぶっちゃけ彼女が具体的に何かを教えたりはしていないため、感謝する要素は少ないのだが、そんなことはどうだっていいのだ。
この喜びを分かってくれれば。
だが、歓喜のうちにも冷静に考えてみる。
木の幹を貫通するほどの威力、まるで銃弾だ。
人間相手に使えば、間違いなく殺せてしまうだろう。
銃と同程度の力を、私は生身で生み出せる。
しかも、免許も資格も代償も無しで。
これは恐ろしいことだ。
志歩の言う“責任”とは、こういうことか。
「もがもがむご〜!?」
「あ、ごめん」
志歩を解放する。
時々、彼女が妖怪であることを忘れていろいろしてしまうな。
ま、いっか。
「けほけほ……アカリ、キミ本当に何も知らなかったのかい? その術の発現の早さは、とても並とは思えないよ。実は妖術に触れたことがあるとか、両親が妖術師とか……?」
「ないない」
「……アカリ。妹や弟たちの分の素質をまとめて吸っちゃったんじゃないのかい……」
志歩は空を仰ぎ、呆れたような口調で言う。
素質? どういう意味だろう。
というより。
「え。私、妹だけど」
「……え?」
お前マジで言ってんの? みたいな顔で見られる。
何か変な事を言っただろうか。
「ち、長子じゃないのかい……?」
「うん。私は二人兄妹の下の子で、二歳上のお兄ちゃんがいるよ。それがどうかしたの?」
それを聞いた途端、っまぁじかよぉと言わんばかりの顔で目を背ける志歩。
「……あのね。人間の場合、妖術の素質は親から引き継がれるんだけど、普通は長子が素質を持っていっちゃうんだ。だから、下の兄弟にはあまり配分されないんだけど……」
なるほど。
早い者勝ちで腹の中からさらっていっちゃう、ってことか。
志歩はさらに続ける。
「アカリの場合、お兄さんの取り残しを持って産まれただけでその強さってことだから……」
「あっ」
理解。
お兄ちゃんには私よりももっと素質があるということだ。
あの銃並の魔法よりも強い妖術を、お兄ちゃんが……?
「……シノノメ家こわい」
お兄ちゃんと私で最強魔法兄妹……なにそれ面白そう。
悪者もあの黒い化け物も、二人でかかれば。
さらに、そこに志歩も加われば。
もう、なにもこわくない。
よし、これから何をするかは決まった。
「アカリのお兄さん絶対妖術師じゃんこわい」
志歩がさっきからぶつぶつと何か言っているが、私は任意のタイミングで耳が悪くなる難病を患っているため、残念ながらよく聞こえない。
無視して口を開く。
「志歩たん! 私のお兄ちゃんに会いに行こ!」
「嫌がらせかな!? ボクの発言聞いてた!?」
「志歩たんって空飛んだり出来る?」
「聞いてないよね知ってたさ! 飛べるよ飛べばいいんでしょ飛べば!」
志歩はやけくそ気味に肯定した。
やっぱ飛べるんだ。
ならば志歩に空輸してもらおう。
もう歩くのは御免だし、そもそも徒歩で行ける距離にお兄ちゃんはいないだろう。
「それで、アカリのお兄さんは今どこにいるんだい?」
「ごめんわかんない」
即答した。
少なくとも自宅にはいないだろうが、わかるのはそこまでだ。
志歩は、だろうね、と言って立ち上がる。
浴衣を直して落ち葉を払うと、私が撃ち抜いた木を振り返った。
彼女は銀の左目を閉じ、赤い右目だけでその木の幹を見つめ。
「“アカリのお兄さんがいる方角が分かればいいのになぁ”」
独り言のように呟いた。
すると、唐突に響き始める破壊音。
驚いて見上げると、私の撃ち抜いた木がメキメキと唸りながら傾いていく。
そして。
「ひっ」
轟音と共に、あっけなく木は地に倒れた。
志歩は木の先端が示す方角を向き、空中にふわりと浮かび上がる。
「こっちか。アカリ、行くよ」
「え、私飛べな……うひゃあ!?」
こちらに飛んできた志歩が私の右手を掴み、そのまま空へと舞い上がった。
地面と木々が一瞬で遠ざかる。
「ひぃ高い落ちる落ちるぅ!」
「いや、アカリもう浮いてるよ」
パニクる私に、志歩は冷静に言う。
見ると、既に右手は離されていた。
だが、落下していくはずの身体は空中に浮かんだまま。
「……マジで?」
「マジで。ほら、ついてきて」
志歩が急加速し、茫然としている私を置いていく。
追いかけようと念じると、身体が勝手に志歩を追随し始めた。
「わ、私、飛んでる……!」
思わず感激の言葉が漏れた。
風を切る身体、眼下に見下ろす森、いつもより遥かに近い太陽。
まさに夢のようだ。
「上手いじゃん、アカリ。やっぱり良い素質だね」
いつの間にか私の隣に戻ってきた志歩が褒めてくる。
「ありがと……。はぁ、夢みたい……」
「ふふ。人間は空に憧れる、か」
銀と青の髪の少女は、そう言って微笑んだ。
魔法も使える、空も飛べる。
幻想が現実となった、とある昼下がり。
人と妖は、空を駆ける。




