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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第一章 明無夜軍
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第二十話 夜行




 日本国 中央本線某所




 闇夜の森の中を、北へ北へと疾走する普通列車。

 私、東雲(しののめ)(あかり)は、その先頭車両の座席で目を覚ました。


 臨時避難所と化した皇居から出て、歩き続けること6時間以上。

 ようやく運行している鉄道駅にたどり着いた私は、長野県に向かう電車に乗った。

 座席についてすぐ、歩き疲れと空腹で眠ってしまったようだ。


 どのあたりまできたのかな。

 今何時だろう。

 もう日は沈んでるみたいだけど。


 窓の外を眺めてみるが、そこにあるのは真っ暗な森ばかり。

 かろうじて夜だということは分かるが、どこまで来たのかまでは不明だ。


 車掌さん、アナウンスしてくれないかなあ。

 そうすれば現在地も分かるんだけど。


『ご乗車ありがとうございます、この電車は……』


 おっ、ないすたいみんぐ〜!

 車掌さんまじ感謝。大好き。養って。


『……した後、各駅に停車します。次は、……』

「次は?」


 ぶちん。


「なんでやねん」


 異音と共に車内が真っ暗になり、アナウンスの声が消える。


 よりによってこのタイミングで?

 ないわー。

 車掌さんまじないわー。

 最低。大嫌い。養え。


 車内の非常灯がつき、僅かだが明かりが戻る。

 非常ブレーキの音が鳴り響き、電車が急激に速度を落とす。

 身体が車両前方に持って行かれそうになるのを、根性で耐える。


「きゃー飛ばされるー」


 棒読みで悲鳴をあげながら、冷静に思考する。


 停電? なんで?

 電気を絶つ、あの黒いドームのせい?

 いや、違うかも。

 少なくとも、東京の黒いドームからはだいぶ離れたはずだから。

 別の原因で地方の送電線が絶たれたのかな。

 それともそもそも、発電所とか変電所がやられたのかな。

 これも今回のテロの一環?

 でも、どうして。

 普通はもっと大都市を狙うんじゃ。


「うわ、なんだなんだ!?」

「きゃあああ!」

「なに、どうなってるの!?」


 他の乗客達が無意味に騒ぎ立てる。


「どうせすぐ停車しますから、落ち着いてお座りになってはいかがです〜?」


 それを、異様なほどのんびりした口調で諭す。

 すると、車内は徐々に静かになっていく。


「ご協力感謝で〜す」


 大勢がパニックに陥った状態ほど、怖いものはない。

 その場の全員の冷静な判断力を奪うし、周りの状況が分からなくなる。

 それだけは、なんとしても避けなければならない。


「おー、ちゃんと停車できそうじゃん。良かった良かった」


 わざわざ実況する。

 私のあまりにも拍子抜けした態度に、車内は微妙な空気になる。

 だが、静かになったことは確かだ。


 電車は更に速度を落とし、甲高い機械音を響かせながら、ついに停車した。


「ふぅ」


 軽くため息をつく。


 さて、後は救助を待つか、最寄り駅まで歩かされるか……。

 どっちにしろ、なるようにしかならないだろうけどね。

 え、また歩くの? まじで?

 ふええ、脚が太くなっちゃうよお。


 お兄ちゃん譲りの達観視で、現状を楽しむ。


 その時だった。




 ――――逃げろ。


 声がした。


 ――――離れるんだ。


 自分の本能か何かに話しかけてられてるような。

 そんな気分。


 ――――都市から離れろ。


 何故?

 どうして?


 ――――人里に人間の居場所は無いからだ。


 居場所……?




「っ!」


 我に帰る。


 ――――行かなきゃ。


 そんな考えばかりが、頭のなかを埋め尽くしていた。


 小窓の向こうの運転手が、慌ただしく計器をいじっている。

 それを終えると、マニュアルか何かを抱えて運転室のドアを開けた。

 運転手が私の前を通過する。

 他の乗客達は、彼を目で追ったり、彼に不満や不安の言葉を浴びせたりしている。

 運転室のドアは、無用心にも開け放たれたままだ。


 ――――今だ。


 自分の意志ではない何かに突き動かされ、私は席を立った。

 流れるような動きでドアをくぐり、運転室に侵入する。

 まだ、誰にも気付かれていない。


 暗闇のなか、連結部のドアに触れ、それを適当に探る。

 そこから先は早かった。


 手に()()当たったレバーのような物を、横にひく。

 次に、()()()()見つけたハンドルのような物を、反時計回りに回す。

 そして、取っ手のような物を持ち上げながら、ドアに体重をかけ……。


「あ」


 ()()にも、その扉は開いた。


「おい、何をしている!」


 後ろから誰かに怒鳴られる。

 運転手だろうか。


 ――――構うな、走れ。


 私は振り返らず、線路に飛び降りた。


「待ちなさい!」


 両手両足を使って着地し、立ち上がり、走り出す。

 左のレールを飛び越え、そのままの勢いで森の中へと駆け込んだ。


「……!…………!!」


 運転手の声が遠ざかっていく。

 だが、気にしない。


 私は草を掻き分けながら、ひたすら森の奥へと走る。




 * * *




「はぁ……はぁ……」


 大きな木にもたれ掛かり、息を整えようとする。

 だが、もう脚に力が入らないほどの酸欠状態だった。

 足元がふらつき、崩れるようにその場に座りこむ。


 空腹の状態で全力疾走したせいだろう。

 視界はぐらぐらするし、手足は痺れている。

 吐きそうなくらい気持ち悪い。

 最悪だ。


 はっきり言って、後悔しかなかった。


 どうして逃げた?

 どうして引き返そうとしなかった?

 どうして躊躇せず森に入った?

 その間、何故少しも迷わなかった?


 何度自分に問うても、私の納得する答えは出てこない。


 今からでも遅くない、引き返そうか。

 いや、あの非常事態でこんな不審なことをしたんだ。

 怪しまれるのは必至だろう。


 それに、もう疲れて動けない。

 ここが何処かも分からない。

 せめて線路沿いに走るべきだった。

 そうすれば少なくとも、何処かの駅に辿り着けたはずなのに。

 遭難することなんて、無かったはずなのに……。


「もう……なんなのよ……っ!」


 目を覆い、そのまま落ち葉の地面に横たわる。


 あの時、私をたぶらかした声は何だったのか。

 何故、あんなものを当てにしてしまったのか。

 あんな根拠も無い幻聴を、何故……。


 仰向けになり、目を開ける。

 空を覆う木々の隙間から、美しい星空が覗いていた。

 都市や住宅街から遠いからか、星の密度はいつもよりも高く見える。


「…………」


 もう、悔いるのはやめておこう。

 時間の無駄だ。

 今どうするかを考えよう。


 起き上がり、ハンドバッグの中を探る。

 すると、駅で買ったスポーツドリンクと高カロリー食が、まだそこにあった。

 高カロリー食を一本、口に入れる。

 咀嚼したそれをスポーツドリンクで流し込み、一息つく。


 少しだけど、食料と水はある。

 制服の上からではあるが、防寒着も着ている。

 しばらくはもつだろう。

 その間に、何処かの人里にたどり着かないと。

 でも……。


「今日はもう、いいや」


 そう呟き、再び横になる。


 体力の限界だ。

 ここなら大して寒くないし、一睡してしまおう。


 このままうっかり死んでしまったりしないか。

 誰かに襲われたりしないか。

 そんな思考はすぐに捨てた。

 このまま活動し続けたらそれこそ死にかねない。

 それに、こんな山奥に強盗の類いはいないはずだ。

 ……多分。


「お兄ちゃんは、大丈夫かな……」


 兄の、東雲(しののめ)(まもる)のことが気になった。


 日が暮れてきた頃、兄から短いメールが届いていた。

 曰く、“自宅を出る 長野で会おう”と。

 恐らく、長野県にある祖父母の遺した別荘で落ち会おう、という意味だろう。

 自宅が使えなくなった際はそうすると、昔から家族で決めてある。


 私が長野行きの電車に乗ったのは、そういう理由からである。

 連絡のつかない父と母も、きっとそこに向かっているはずだ。


 瞼を閉じる。


「遅れるかも知れないけど……私も必ず……行く……から…………」


 薄れ行く意識の中で、そう誓う。




 私は、山中でひとり、眠りについた。




「…………」




 その様子を眺める存在になど、全く気付かないまま……。





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