第二話 日没
200年後 日本国某所
会社の裏口を蹴破り、真っ暗な路上へと飛び出す。
「ちっ……降りろ!」
違法駐車されていた軽自動車のドアを強引にこじ開け、暢気に居眠りしていた運転手を車外に引きずり出す。
運転席に飛び乗り、ハンドルを荒く掴み、アクセルを思いきり踏み込んだ。
タイヤがアスファルトに擦れる甲高い音を撒き散らしながら、暗闇へと急加速する。
僅か数分の間に社員が10人も死んでいた。
恐らく殺人だろう。
どの死体も欠損が激しかった。
おそらく犯人はまだ近くにいる。
そのあまりの恐ろしさに飛び出してきてしまったのだ。
車の持ち主には悪いが、今は自分の命が優先だ。
「おい、返せ! 俺の車……ぐあぁ!?」
持ち主の当然の非難は悲鳴となり途切れた。
まさか轢いてしまったか?
咄嗟に右のバックミラーを覗き込むと、突然ミラーが吹き飛んだ。
「くそっ!」
アクセルを踏み込んだままハンドルを左へ回す。
後ろから迫ってきた赤く光る弾が、車の右側を高速で掠めた。
あれと同じものがミラーを破壊したのだろう。
先程の悲鳴からして、この車の持ち主もあれにやられたのかも知れない。
……銃撃。
頭に浮かんだその言葉を、すぐに信じる事は出来なかった。
この国では警官と自衛官、猟師以外は銃を持てない。
一般市民である自分は銃を見る機会すらほとんど無い。
無論、発砲するのを見ることもだ。
ましてやそれに撃たれた経験など、尚更無いからだ。
左から迫ってきた電柱を避けるため、今度はハンドルを右へ回す。
車体後部から数回ずつ衝撃音と振動が響く。
直後、避けた電柱の表面が弾け飛んだ。
車体と電柱に弾が当たったらしい。
しかし何かがおかしい。
電柱に弾が当たるのを間近で見たが、銃弾にしてはサイズが大きかった気がした。
銃に関してはあまり詳しい方ではないが、銃弾は大きくてもペン程度のサイズだった覚えがある。
だが今見た銃弾は、人の頭程の大きさがあったようだ。
輪郭がぼんやりしていたため実際は一回り小さいかもしれないが、どちらにしろ銃弾の大きさではない。
まさか大砲か?
いや、流石に連射は出来ないだろう。
それにもっと破壊力があるはず……。
思考が途切れた。
目の前に人影が見えたからだ。
黒い服を着ているからか、暗いからそう見えるのか、人影は真っ黒だった。
避けようかと思ったのも束の間、その人影からも弾が飛んできた。
連続して飛んできた光弾はバンパーを歪ませ、ボンネットを吹き飛ばし、フロントガラスに大穴を開けた。
ひびだらけで真っ白になったフロントガラスから必死に前方を睨む。
黒い人影はこちらに向けて飛び掛かって来ていた。
人影は黒い服を着ていた訳でもなく、暗いからそう見えている訳でもなかった。
全身が真っ黒だったのだ。
まるで真っ黒な雲で形作られた人のような体に、赤々と光る二つの目らしきもの。
こちらの額に向けて伸びてくる、肘からが異様に長い右腕。
その肘からの部分は、まるで日本刀のように鋭利な形をしている。
――自分を殺そうとしている
――死にたくない
――避けろ
頭の中で警告が鳴り響く。
だが、生まれて初めての自分に対する殺意と命の危険、非現実的な状況を同時に向けられた身体は、思うように動かなかった。
刀のような右腕が、フロントガラスを突き破る。
――どうしてこんな目に
――俺が何をしたというのだ
――このまま死ぬのか
額に走った激痛を最後に思考は途切れた。
人間がまたひとり、死んだ。