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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第一章 明無夜軍
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第十七話 邪斧




 綾蔵様の予見は見事に当たった。

 妖怪は確かに復活し始めている。

 その最初の例と戦うことになるとは思わなかったが。


 ニューヨークで籠蓋を撃ち落としていたのは、やはり人間ではなかった。

 邪魔者の名は、照月(てるづき)(れい)

 “正義”と“月光”を司る、大層な妖怪らしい。

 愚かにも、此度の綾蔵様の試みを止めるつもりなのだという。


 だが、槍一本で突っ込んでくるという考えの無さや、少し疑心を操られただけで取り乱す余裕の無さは、見ていて哀れにすら思う。

 この程度では、綾蔵様を倒すには到底及ばないだろう。

 そもそも、私にすら勝てないのではないだろうか。




 妖力を凝縮して生み出した我が得物、邪斧(アルマーズ)

 そこにさらに妖力を込め。


「……疑心に沈み、」


 零を視界の中央に捕らえ。


「死ね」


 呪いの言霊と共に、降り下ろした。


 斧の軌跡から放たれた大量の光弾が、一瞬で零を呑み込む。

 そこから連続して響く炸裂音。


 結界か何かで耐えているのか、身体への命中音や悲鳴の類いは聞こえてこない。

 流石に相手が妖怪のためか、この一撃のみで消し飛ばすことは出来ないようだ。


「容赦しないで。……かかれ」


 弾幕が切れる頃合いで、すかさず周りの剣鬼達に突撃命令を下す。

 大剣と化した両腕を大きく広げ、高速で飛翔する剣鬼の群れ。

 その様は、まるで戦闘機の大編隊のようにも見える。


「く……。っ!?」


 見事に弾幕を耐え抜いて見せた零に、さらなる試練が与えられた。

 剣鬼達は速度を上げつつ零のすぐそばを通過し、すれ違い様に翼で切りつける。


 零は槍を振り回して防ごうとしているが、成果は乏しい。

 私の能力「疑心操作」によって、彼女の目には実際の倍以上の数の剣鬼が見えているからだ。

 視界に映る剣鬼を手当たり次第に攻撃しても、そのうちの半数は幻であるため、槍は虚空を穿つ。

 数の利を奪われた戦闘において、不必要な動きをすることがどのような結果を生み出すか。

 それは言うまでもない。

 あらぬ方向へ槍を突き出す隙だらけの零に、剣鬼達は容赦なく襲い掛かる。


「うっ、この! ぐっ……ちぃっ! ……っ!」


 白を基調とした零のドレスに、次々と亀裂が走る。

 その傷口から漏れ出すのは、真っ赤な液体。

 たちまちそれらはドレスに滲み、赤い斑点を作り出す。


「……?」


 違和感を覚えた。

 “妖怪は血を持つのか”という疑問が浮かんだからだ。




 欧州で不覚にも人間の誘導弾(ミサイル)を食らってしまった時、撒き散らされた多数の金属片によって、私は全身に傷を負った。

 傷から滲んできたのは案の定真っ赤な液体だったが、たちまち黒い煙となって霧散し、後には何も残らなかったのだ。

 人間のように傷口から流れた血が滲む、滴るなんてことは、人外では起こり得ないと勝手に思っていたが……。

 零だけが例外という訳ではあるまい。

 それが人間でも妖怪でも普通のことであり、例外は我々暗鬼のほうなのだろう。


 そもそも暗鬼に血液など無い。

 身体は、ただ凝縮された黒い煙によって構成されているのみだからだ。

 知能も内臓も、血液も持たない、単純な造り。

 斬られようが撃たれようが、たとえ四肢が消し飛ばされようとも、黒い煙が撒き散らされるだけである。


 私も暗鬼である以上、基本的にはそれと同じであるが、少し違う。

 私を構成する物質もいわゆる“黒い煙”が主だが、その密度は通常の暗鬼と比べ凄まじく高く、造りは非常に精密である。

 どちらかといえば人間や妖怪の身体に限りなく近く、暗鬼とは程遠い。

 人語も解せるし、話せる。

 複雑な思考に耐えうる知能もあるし、五感もある。

 身体は人間よりも遥かに丈夫で、自己修復の速度も桁違い。

 そして、鼓動を刻む心臓は、真っ赤な血液を身体に廻らせている。


 傷を負えばそこから血が溢れるのは、私も同じ。

 異なるのは、血も元は“黒い煙”であるからして、流れ出た先から霧散してしまう点だ。


 所詮私はつくりもの。

 何者にも似ても似つかぬ、歪な存在だということか。




「たあっ!!」


 気合いの一声と共に、空に白金色の光線(レーザー)が幾つも放たれる。

 巻き込まれた数体の剣鬼が、光線に貫かれ墜落する。

 声と光線の主は零。

 どうやら、剣鬼の包囲から抜け出そうとしているようだ。


 光線というのは厄介だ。

 光線は、妖力弾や光弾と比べ、発射から命中までの時間が極端に短い。

 “光”は、たった1秒で地球を7周するほどの速さを持つからだ。

 そんな攻撃に狙われては、どんなに俊敏な者でも避けるのは不可能。

 よって、撃たれる前に照準を外させるか、耐えるかの二択を迫られることとなる。


「……回避、離脱。再集結」


 私は前者を選択した。

 剣鬼達へ、私のもとに集まるよう指示を出す。

 剣鬼達はその場で大きく旋回しつつ、周囲に黒い煙を撒き散らした。

 いわゆる煙幕だ。

 黒い煙幕は零を取り囲むように広がり、彼女の視界を遮る。

 その隙に、光線から生き延びた剣鬼が私の周囲に集まってきた。

 彼らは翼を広げて空中で静止すると、煙幕の向こうに取り残されているであろう零に身体を向けた。


「……疑心闇鬼」


 煙幕が晴れる直前に、再び能力を使用する。

 これで、零の視界は再び偽物の剣鬼で埋め尽くされているはずだ。


「また……ですか」


 晴れていく煙幕の向こうから、苦い顔をした零が姿を現した。

 その手に握る聖槍からは、白金の光が溢れ出ている。

 それを私に向け構えると、眼を細め息を整え、そのままの姿勢で静止した。

 今度は突っ込むのではなく、待ち構える戦法をとるようだ。

 少しは学習したらしい。


 だが、状況は相も変わらず多勢に無勢。

 結果も変わらない。


「……かかれ」


 再び突入を命じる。

 待ってましたとばかりに次々と飛び出す、おびただしい数の剣鬼。

 零の目には、その何倍以上もの数となって映る。

 傷付き動きの鈍った零に、それら全てを避けることなどできはしない。

 迎撃することもまた然り。


「…………」


 零が瞼を閉じた。


 諦めたか。

 私の勝ちだ。


 そう思った瞬間だった。




「正せ」


 零の一言と同時に、全ての“偽物の剣鬼”が消え失せ。


「……え?」


 全ての“本物の剣鬼”が、光に貫かれた。


「 ! 、 !? 」

「、 !! ……」


 苦悶の声を漏らしつつ、力尽きゆく剣鬼達。

 あっという間に“全ての剣鬼”が消え、夜空には私と零を残すのみとなった。


「な、なぜ……っ!?」


 現実を受け入れる猶予も疑問を咀嚼する間も与えず、零が聖槍と共に突っ込んできた。

 慌てて、邪斧(アルマーズ)で迎撃しようとする。

 だが、明らかに時間が足りない。

 私は、邪斧を眼前に持ち上げるだけで精一杯だった。


 槍の利点は、射程(リーチ)が長いことと、全ての威力をただ一点に集中させられることだ。

 正面からまともに刺突を受けてしまえば、耐え凌ぐのは難しい。

 反面、刺突の攻撃範囲は点であるため、避けることは容易だ。

 だが今の私には、時間的にも精神的にも、身体ごと移動させる余裕など無かった。


 邪斧の刀身に聖槍の刃先が突き刺さる。

 瞬間、そこから目を開けていられない程の閃光と暴風が溢れ出す。

 同時に、身体ごと後ろへ吹き飛ばされる感覚。

 肺を潰されたような不快感が私を襲い、呼吸が上手く出来なくなる。


 閉じかけていた目を見開くと、こちらを眺める零が次第に遠ざかっていくように見えた。

 そして、視線を傾けると、そこには急速に近付く地平線が。

 私は重力に引かれて落下しているようだ。

 なんとか空中に踏み留まろうとするが、思うように妖力を出せず、それすら叶わない。


「うあっ!?」


 唐突に背部から衝撃を受ける。

 霞む視界の中を、夜空と灰色の床が交互に何度も通過する。


 それらが収まり、気が付くと、私は冷たいコンクリートの上に突っ伏していた。

 慌てて身体を起こし、零を見上げる。


 幻術が解け、次第に青空へと戻っていく暗い空。

 その中央、右手に聖槍を携え浮かぶ彼女は、ただこちらを眺めているのみだった。

 追撃する気は無いようだ。


「私を侮った貴女の失策です、ミラージュ・ナイトメア」


 そう言いながらこちらを見下す彼女の目には、明らかな勝利の色が輝いていた。


「っく……!!」


 焼けるような怒りと悔しさが、脳内を駆け巡る。


 失策だと?

 私は何を間違えた?

 どこでしくじったというのだ。

 何故、幻術が見破られた?

 何故、偽の剣鬼が全て消え失せた?

 何故、あの数の剣鬼を同時に撃ち落とせた?

 何故、私を追撃してこなかった?


 再び零が口を開く。


「直ちにここから去りなさい。今なら追撃は致しません」


 出来ない、そんなことは。

 籠蓋を撃ち落としている元凶を始末する、それが私に与えられた任務だからだ。

 是が非でも、零を倒さねばならないのだ。


 気力を振り絞り、言い返す。


「黙れ……私は……」

『ミラージュ』


 突然、頭の中に低い声が響く。

 我が主、无月綾蔵(むつきあやくら)様からの心通信(テレパシー)だ。

 零に対する徹底抗戦の意志を、言い切らずに飲み込む。


『任務は中止だ。太平洋を横断し、東京に戻れ』

「……? 私は……っ」


 綾蔵様に対する疑問提起も、口に出さずに飲み込んだ。

 心通信といえど、実際に口から声を発さねば意思は届かない。

 今ここで声に出して綾蔵様と話してしまうと、零に聞き取られる恐れがあるからだ。

 彼女は、此度の騒動の元凶は私であると思っている。

 私が誰かの指示に従っている素振りを見せてしまえば、首謀者は別にいるということが気付かれてしまう。


「…………」


 私は返事を口には出さず、その場から浮かび上がる。

 零が僅かに身構えたような気がした。

 私はそれを無視して踵を返すと、北西の方角へ素早く飛翔した。




 綾蔵様から与えられた任務を果たす。

 それが私の存在意義。

 飲み込めぬ疑問も、耐え難い悔しさも、頭を振って掻き消しながら。


 目指すは始まりの地、東京。




 * * *




 その右手に握られた純白の槍が、徐々に霧散していく。

 北西へと飛び去る少女をただ黙って見送る、金髪碧眼の女性。


 地上から届く歓声に、頬を緩めることもなく。

 身体中から滲む鮮血に、眉をひそめることもなく。




「何故、西へ……?」




 ただ一言、そう呟いた。








 【邪斧(アルマーズ)


 ミラージュ・ナイトメアが扱う、妖力で構成された大斧。

 読みは「じゃふ」もしくは「アルマーズ」。


 混沌と破壊を振り撒くと云われる。

 その云われ故に、聖槍とは対となる武器である。

 膨大な妖力を溜め込んでおり、振り回すだけで辺りを爆撃できる。

 また、凄まじい重量と質量を誇るため、降り下ろされた場所には何も残らない。


 ※【アルマーズ】とあるゲームで、邪悪な属性を持つとされる斧。

 ※【アルマース】ロシア語で「ダイヤモンド」あるいは「ダイヤモンド原石」という意の名詞。

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