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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第五章 無明異変
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後話6 Winners










 紅魔館地下










 人間誰しも因縁の相手という者がいる。


 東雲衛(お兄ちゃん)の場合は无月綾蔵。

 无月綾蔵の場合は宵闇の妖怪(ルーミア)

 ルーミアの場合は賢者。

 レミリアの場合は賢者や照月零。

 そして東雲明(わたし)の場合は。


「お兄様ぁ、わたしも新居にお泊まりしてみたいわ」

「だ・か・ら! 妹を名乗るな!!」


 デレデレとお兄ちゃんに甘える金髪サイドテールの女の子。妖しげな紅色の瞳が悪戯っぽく瞬く。

 レミリアの妹、フランドール・スカーレットだ。

 妹を差し置いて妹を名乗る吸血鬼。実力面で無敵だと自覚しているからこそタチが悪い。

 何度抗議してもやめてくれないのだ。その図々しい態度がマジでムカつく。


「あかりったらまだ言ってるのね。お兄様本人も受け入れてくれているのに」

「実の妹である私が認めないからダメ」

「アイデンティティが無くなると思ってるの? “ぶらこん”」

「バカにしたなァ!?」


 彼女のその虹色の不思議な翼に掴みかかる。

 無理やりお兄ちゃんから引き離し、フランドールのベッドに自分ごと身を投げた。


「オラッ、懲りろこのガキッ、こちょこちょこちょこちょこちょ」

「きゃ〜お兄様たすけて〜!」


 フランドールの黄色い悲鳴と、お兄ちゃんの疲れたため息。

 吸血鬼は翼の付け根が“弱点”という新知識を元に、私は報復攻撃を続行するのであった。







 フランドール・スカーレット。

 そもそも出会いが良くなかったのだ。最悪と言ってもいい。

 紅霧異変の後、ゲリラ豪雨騒動のあの日。

 原因調査のためお兄ちゃんと共に紅魔館に突入した、その時に初めて出会った。


 あろうことかスペルカードルールを無視して私に奇襲をかけ、館の隅まで殴り飛ばしやがったのだ。

 お兄ちゃん特製の護身妖石が無ければ即死だった。

 吸血鬼の怪力である。体がバラバラになっていたかもしれない。

 後で知ったことだが、彼女は力加減を誤ったとかではなく、本当に私を殺すつもりだったらしい。

 正確には「殺してしまっても問題ないと判断した」という。それは何故か。


 フランドールは吸血鬼異変や紅霧異変の推移、(レミリア)の行動、来訪者の性質や言動を影からずっと観察していた。

 おかげで彼女は豪雨騒動時点で「今の幻想郷は人間、逆抗者、妖怪、吸血鬼の四陣営が争っている」こと、「逆抗者と吸血鬼が特に激しい対立構造にある」こと、「逆抗者は強大だが異質であり、幻想郷に圧倒的存在として刻まれることが最大目的である」ことに気付いていた。

 そして私たち東雲兄妹と会敵し、戦闘のさなか「逆抗者のキーパーソンは東雲衛である」ことを見抜いた。

 これは无月綾蔵や天祈志歩など逆抗者側の謀略者と、吸血鬼陣営のレミリアだけしか気付いていなかった重要機密である。私も本人(お兄ちゃん)も気付いていなかった。


 フランドールはそのうえで「東雲衛に接近し、彼伝いに情報を集め、最終的に彼に味方することで、誰とも敵対せず勝者となれる」と考えたのである。

 无月綾蔵もレミリアも、部外者のフランドールはさすがにノーマーク。お兄ちゃんだって妹が一人増えた程度にしか思っていなかった。

 だから彼女の企みは全て成功し、レミリアの野望はついに叶わず、逆抗者は利益の一部を失った。

 要するにスパイだったわけだ。別にレミリアの味方という訳でもない、完全なる第三者としての。


 話を戻す。

 じゃあ妹の(東雲明)はどうかというと、さほど重要な立ち位置にはいない。

 お兄ちゃんと共にあるというだけ。何か大局に影響を与えたりはしていないし、そのつもりもない。

 フランドールは見抜いていたのだ。私が脇役であることを。

 だから粗雑に扱った。単純にして明快だ。


 影響と言えば、せいぜい無明異変の最中にレミリアの術中に嵌り、お兄ちゃんと照月零を煩わせたくらいなもの。それもあっさりと阻止してくれたようだし。

 むしろそういった不安定要素であるからこそ排除しようとしたのかもしれない。


 もっとも、本当に「排除」していたらお兄ちゃんは妖怪化していた可能性があるけどね。

 彼女的にはそれでも良かったのかもしれないが……。







「オラッ、どうだっ、まいったかっ」

「あん!? ぃゃ、おにい、さまっ、助け」


 そんなことを考えながらフランドールをいじめ続ける。

 彼女の翼は背中、肩甲骨あたりから生えている。赤いドレスはそのあたりだけ開いており、翼の付け根と素肌があらわとなっている構造。

 そこに手を突っ込んで、付け根や脇の下を“直接”攻撃するのだ。こうかはばつぐんだ。


「お兄ちゃんなに見てんのよ」

「嫌がってるだろ。勘弁してやれ」

「うははーもしかして羨ましぁ痛っ!?」


 お兄ちゃんが手をひと振り。真横から緑色の障壁が現れ、私はベッドの隅まで飛ばされる。

 顔を上げた時、フランドールは既にお兄ちゃんの腕の中だった。


「お兄様ぁ、あかりがいじめてくるの〜」

「あんまり煽るな。あと抱きつくな。家に呼ばないぞ」

「ちっ」

「舌打ちしたな」

「してないもん」

「呼ばないぞ」

「ごめんなさい」


 彼女、すっかり“やんちゃな妹”のような枠に納まってしまっている。

 こうならないように牽制し続けてきたつもりなのに……やはり吸血鬼の力は侮れない。

 なんだかんだいってあのレミリアの実妹だ。人心掌握術には長けている。


 それでも、受け答えるお兄ちゃんの表情が若干引き攣っているのが面白い。

 レミリアに取り込まれそうになった時と同じ恐怖心があるのだとボヤいていた。

 単なる好意ではあるまい。おそらく何か先を見越して、お兄ちゃんとの協力体制を築いておきたいのだろう。

 その“先”というのが、私たち東雲兄妹や逆抗者にとって喜ばしい状況なのかどうかは、きっとフランドール本人にしかわからない。


「マジで呼ぶの? こいつを?」


 嫌味も兼ねてお兄ちゃんに突っかかる。

 と言ってもお兄ちゃんとディエナの家は二人専用だ。私や志歩たんは別棟に住んでる。

 来訪者のうち、お兄ちゃん目的で来るフランドールや小鈴や阿求たちは前者に向かう。

 つまり直接会うわけではないのだが。


「明は家に居れば良いだろ」

「ぐ」


 至極当然の正論。私は二の句を取り下げる。

 薄ら笑いを浮かべて煽ってくるフランドール。ハァなんだテメエ。


「お兄様も罪よね。次から次へと女の子連れこんで。あかりが妬いてるわ」


 なんて言ってお兄ちゃんを腕の中から見上げている。

 しかし彼の表情は冷たいものだった。


「あ、れ? お兄様?」

「明」

「ほいさ」

「ぇぅゎやめてっ!? 流水はやめてぇお兄様離して!?」


 水性魔術を纏った魔法銃を彼女の口に向ける。

 ニヤリと笑うお兄ちゃんは、いつもと変わらない以心伝心のお兄ちゃんだった。

 ちょっと安心。


「悪いお口には水を飲ませてやろうと思ってな」

「やだっ! いじわる! 悪魔!!」


 悪魔の妹がなんか言ってら。


「ごめんなさいは」

「う、ごめんなさいお兄様……」

「明には」

「やーい独禁ちゃ嘘嘘冗談冗談よごめんなさいったら」


 頷き、魔法銃をしまう。

 お兄ちゃんはといえば、謝れて偉いとでも言いたげにフランドールの頭を撫でていた。

 いつもの手法だ。飴と鞭……とでも言うのか。

 小鈴とかリリーホワイトとか妖精とか、そういう子達をおとなしくさせる技である。

 まあ大妖怪であるフランドールにはさすがに効かないと思うけど。


「えへへ……」


 いや雑魚かな?

 演技かどうかの判別は一切できないが。


 まあどちらでも良いんだけど。

 うわべの態度を咎めるのなら私自身だって言われかねないわけだし。

 本当ならフランドールとは口も利きたくないくらいなのに、いざ面と向かうとなんだかんだと慣れあってしまう。

 もう私の(サガ)かな……。嘘の貫徹が私の中の“妖怪”と“能力”の正体だったわけだし。


「じゃあまた明日な、フラン。睡眠時間調整して待っててやるから」


 フランドールが完全に甘え切る前にさっさと席を立つお兄ちゃん。

 時間調整というのは、人間と吸血鬼の生活サイクルの差を埋めること。

 人間は言わずもがな昼行性だが、吸血鬼はバリバリの夜行性なのだ。

 生命妖術か何かで睡眠を補ってフランドールを出迎えるつもりなのだろう。そもそも吸血鬼、日光の下では出歩けないし。


「はーいお兄様。楽しみにしてるわ♪」


 明るく返事し、再びお兄ちゃんに近付こうとするフランドール。

 抱きつき……というよりは首筋狙いだ。

 が、お兄ちゃんは華麗に身をかわして扉の隙間をすり抜けて出ていった。神業である。


「……ちっ」

「舌打ちするじゃん」

「うん」


 うんじゃないが。

 首筋にキスしようとしたでしょ。レミリアに同じことされて怖がってたよお兄ちゃん。

 吸血行為を彷彿とさせるスキンシップであると同時に、対象者への執着心を表す行為だという。

 種族的な文化と地域的な文化の両側面を持つ、彼女たちなりの意思表示である。知るか二度とやるな。


 私はベッドに座り直し、横を手でぽんぽんと叩いてみる。

 フランドールはその意味を察したのか、素直にそこへと飛んできた。

 ぼふ、と衝撃。彼女は私の隣に腰掛ける。

 小さな体躯に美しい金髪サイドテール、人外ぽさと西洋人ぽさの混ざった顔立ち。

 まるで人形かなにかのようだ。可愛らしいという意味でも、美しいという意味でも、恐ろしいという意味でも。


「わたしのこと嫌いでしょ」


 そんな思考のさなかに悪戯っぽく問うてくるのだから、いろんな意味でドキッとしてしまう。

 まあ答えてやる義理などない。彼女なら態度で読み取れるだろう。


「……お兄ちゃんのどこが良いの」

「あかりこそお兄様、お兄ちゃんのどこが良いの?」


 話題を逸らすが、逆質問で反撃される。

 ついでに呼び方を小馬鹿にされたような気がした。なんで言い直したんだこいつ。


 ちなみに私は小さい頃「お兄ちゃん」ではなく「まもる」と呼んでいた。

 だが友人らとの間で話題に出す時に呼び捨てでは不味いだろうと思い、外では「お兄ちゃん」と呼ぶようにしていた。

 「お兄ちゃん」の単語を選んだ理由として、少し可愛げを稼ごうとしたという野心は否めない。

 そうこうしているうちに家での呼び方まで変わってしまい、気付いたらいつも「お兄ちゃん」呼びだった。


 しかし“どこが良い”か。考えたこともない。

 当然だ。生まれた時からずっと隣にいたのだから。

 そばにいるのが当然だし、助け合って当然だし、喧嘩して当然だし、一緒に遊んで当然だし、一緒に眠って当然。

 何かを好んで一緒にいる訳では無い。習慣、惰性、癖、そういうものだ。

 きっとお兄ちゃんも同じことを言うに違いない。


「別に? 兄妹だし」

「ふぅん、そういうモノ?」

「そういうモノ」

「わからないわ」

「なんで」


 フランドールにとっては不満な答えだったらしい。

 心底不思議そうな顔で私を見つめる。


「知ってる? 兄弟姉妹ってね、“他人”なのよ。遠い存在なの」

「は? いや血が繋がって」

「そうでもないの」


 突然非科学的なことを並べだした吸血鬼に頭が混乱する。

 しかし彼女は真面目だった。妙なところで博識なのは彼女の特徴のひとつだ。


「存在に至った経緯が似ているというだけ。人間個人と直接繋がっているのは、父母や祖父母、子や孫。直接の血の繋がりが無いのだから、他人よ」

「何が言いたいの?」

「だから訊いてるでしょ」


 フランドールはびしっ、と扉の方を指さした。


「親でも子でもない“他人”と、どうして無条件な信頼関係を結べるのよ」


 ひええ、なんだか理屈っぽいな。めんどくさいタイプのオタクじゃん。

 実際に兄弟姉妹を持っている身からすると、何とも滑稽な質問だ。彼女だって姉がいるというのに。

 しかし本気である。この吸血鬼の少女は大真面目に「実兄と仲が良い理由は何か」と訊ねていた。


 確かに全ての兄弟姉妹が仲良しこよしではない。むしろ仲良しの方がレアな可能性まである。

 それでも良好不仲問わずその理由は曖昧で抽象的になってしまうもの。

 実際私も答えるとするなら「まあ、なんとなく」とか言っちゃいそうだ。


 フランドールだってそのくらいはわかっているはずだ。それでも訊いてくる理由は何か。

 読めている。問いの真意は「どうやったら東雲衛と仲良くなれるのか」だ。

 だから最も仲の良い私に訊ねているのだ。


 少しだけ冷静に考えた後、私は“真面目な”回答を与えることにした。


「ずっと一緒に居たからだよ。いっぱい遊んだし、いっぱい喧嘩した。十何年も毎日。その果てに今の私たちがあるの」


 その紅い妖瞳に真剣に語りかける。

 彼女は数秒ほど余所を向いた後、「それだけ?」と訊ねた。無論私は頷く。


「……お姉様(あいつ)とは五百年も一緒に住んでるのに、あんまり仲良くないわ」

「あぁ〜、まあ結果が仲良しになるかどうかは別問題かなぁ……」

「なによそれ。答えになってないじゃない」

「いやでもね、」


 やっぱり不満気なフランドール。こういうところは子供っぽくて可愛い。

 実際そうなんだもん。家庭環境とか性別の組み合わせとか、いろんな要素で結果は変わってしまうと思う。


「少なくともお兄ちゃんは。東雲衛は、一緒にいればいるだけ仲良くなれるよ。妹の私が保証する」

「……そんなことは聞いてない」

「あれぇ、そうだったっけ」

「…………」


 珍しく悔しそうな顔。私は今までのお返しと言わんばかりに笑みを返してやった。

 家族以外誰とも関わろうとしなかったあのお兄ちゃんが、ちょっと色仕掛けする程度で落ちるはずがない。

 その“拒絶”の傾向こそがお兄ちゃんの“妖怪”であり“能力”だったんだから。

 あの天祈志歩でさえ心まで射止めることは出来なかった男。そのぶん奥さん(ディエナ)の凄さがよくわかるんだけど。

 だからフランドールもレミリアも、その点ではぜんっぜん不足。本当の信用を得たいのならもっと時間を割くべきなの。


「じゃあ帰る。また明日ね〜頑張ってね〜」


 ベッドから立ち上がり、扉へと向かう。

 ノブに手をかけ、開き、進み出ようとしても、後ろから声が返ってくることはなかった。


「フランたん」


 仕方なく私から声をかける。

 振り向いても視線は合わなかったが。


「攻めあぐねたら頼ってね」


 その言葉にだけ、彼女は反応した。


「……言われなくとも」










 部屋から出る。

 大図書館を除けば、この地下には暗い石造りの廊下と無機質な牢屋しかない。

 フランドールの部屋は牢のひとつをめちゃくちゃに改造した代物だ。

 だからこそ居住に耐えうるわけだが、一歩出れば孤立した籠城でしかない。


 ……まるで昔のお兄ちゃんみたいだ。ずっとひとりで篭って、逃げて、憎んで、諦めて。

 そしてようやくそこから外に繰り出そうとしている。それもまた同じ。

 お互いに気持ちが解るような気がするんだけど……そう単純な話でもないか。

 気長にやってみれば良いよ。どうせお兄ちゃんが寿命で死ぬ頃でさえ姿形は変わらないんだろうし。




 ま、その頃になったとしても、私がお兄ちゃんの一番の理解者だけどね。










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