第十四話 主君
日本国首都東京 無明天蓋上空
またひとつ、私に近づいてきた誘導弾が、妖力壁に阻まれ爆散する。
これでもう20発目だ。
人間達は天蓋上空に浮かぶ私の存在を認めてからというもの、馬鹿のひとつ覚えのようにこの無意味な攻撃を続けている。
とはいえ、この程度では私にとって脅威にはなり得ないため、人間が諦めるまで攻撃させるつもりでいる。
なぜなら、物理攻撃や科学技術が通用しない存在というものを人間に認めさせることは、この戦いの大きな目的のひとつだからだ。
目的はもうひとつある。
それは、世界中の都市の機能を無力化することだ。
そのための手段が、籠蓋である。
籠蓋とは、東京とロンドンに設置した天蓋から生み出され世界中に飛散する、量産型の天蓋だ。
これによって、世界中の都市を東京やロンドンと同じ状態へと陥れることができる。
既に東京からは何千もの籠蓋が生み出され、アジアや太平洋の各都市に着弾している。
ロンドンには、現地に向かった私の従者によって天蓋が設置され、そこから生み出される籠蓋が欧州やアフリカ、北米、南米の各都市に着弾する予定だ。
東京の天蓋によってアジア・太平洋の都市を、ロンドンの天蓋によって欧州・アフリカ・北米・南米の都市を、それぞれ籠蓋に包む。
これによって世界中の主要都市から、その機能と人口を奪う。
これが私の対人類戦計画の、もうひとつの目的だ。
『綾蔵様、天蓋の設置は完了しました。籠蓋の飛散も順調です』
ロンドンへと向かった私の従者、ミラージュ・ナイトメアから任務完了の心通信が入った。
確認のため、彼女の視界を借りて現地の様子を視る。
そこには廃墟と化したロンドン中心地と、空を覆い尽くす黒い壁があった。
報告に嘘偽りは無いようだ。
続けて別の任務を与えようと心通信を返しかけて、やめた。
『すでに私は不要となりました。いかようにも』
予想外の言葉が送られて来たからだ。
咄嗟に返事が出来なかった私は、そのまま心通信を打ち切った。
不要、か。
さて、どうしたものか。
人間が産み出した科学技術のひとつに、人工知能という物がある。
精密機械の一種で、自ら思考しそれを行動や言葉や文字で表すことができる。
軍事はもちろん、交通や医療などの幅広い分野で取り入れられている技術だ。
例えば、人工知能に自動車を運転させ運転手の負担を減らしたり、増加・複雑化する情報処理作業を肩代わりさせたり。
あるいは、兵器を操縦させて人命の浪費を防いだり。
この技術を参考にして私が作りだしたのが、“暗鬼”である。
やつらは私の命令を遂行するために、自ら思考し動き続ける“知能を持った機械”だ。
ただ、知能と言っても限定的なものであり、白兵戦に関する事以外の思考は出来ない。
当然言葉も話せないし、感情も持たない。
言わば、ただの量産型殺戮機械だ。
だがミラージュ・ナイトメアは、違う。
彼女には15歳の人間と同程度の知能を授けた。
彼女は自我を認識することが出来るし、自分の考えを持つ事も出来る。
会話も出来れば、感情も持つ。
さらに、これからの精神的な成長も見込める。
“心”と呼べるモノを、彼女は持っているのだ。
もはやただの暗鬼ではなく、ひとりの人間、1体の妖怪として存在しているのだ。
人工知能は“心”を持たない。
人間の力をもってしても“心”は作れない。
ミラージュは人間の科学技術の限界を超えた、究極の存在なのだ。
そのはずなのだが。
「私は不要だ、好きにしろ」とは、一体どんな思考から来たものなのだろうか。
心と高い知能とそれなりの妖力を持っていることを自覚しているならば、「自分は不要」などという考えは浮かばないはずだ。
まだ心が不完全なままなのだろうか。
「ミラージュ」
心通信を再開し、彼女に語りかける。
『、 ……なんでしょうか』
返事までに一瞬、妙な間があった。
何か考え事をしていたのだろうか。
だとすれば、それこそ心が正常に作動している証拠なのだが。
「天蓋の起動、ご苦労だった。人間は抵抗してきたか?」
『はい。北海では戦闘機による迎撃があり、ロンドンでは陸軍による待ち伏せ攻撃がありました』
心通信を聞いている限り、受け答えははっきりしている。
ならば何が原因なのか。
問題点を探るため、悪いとは思いつつも彼女の“心”を覗き見ることにした。
私は主の権限として、ミラージュの思考を読むことが……とまではいかないが、ある程度の感情ならば読み取ることが可能だ。
とはいえ、彼女の心の自由を考えると、この手段を使うのはこれきりにしたいものだ。
『いずれもただの物理攻撃でしたので、被害はありません』
彼女の心に背徳の感情が見えた。
すなわち、今の言葉は嘘だろう。
彼女は、おそらく身体のどこかに怪我を負っている。
そこらの暗鬼とは比べ物にならない妖力量ゆえ、既に自己修復した後かもしれないが。
どちらにせよ、人間の攻撃によって負傷したことは事実だろう。
「そうか」
まあしかし、嘘について今は不問とする。
時間の無駄だ。
単刀直入に訊くとしよう。
「ミラージュ。自分は不要となった……とは、どういう意味だ」
彼女の心が、僅かに動揺したのが分かった。
『……天蓋の運搬と設置という役目は終わりました。大量の妖力を溜め込んでいる私という存在はもう不必要……。速やかに解体してください』
「断る」
即答した。
彼女の心が大きく揺らぐ。
直後に伝わってきた感情は“困惑”と。
『何故、ですか。明らかに私は無駄な存在なはず……すぐにこの妖力を回収したほうが……』
「無駄かどうかを決めるのはお前ではなく、主である私だ。口を出すな」
『っ……!』
“怒り”だった。
「その妖力があったからこそ、お前は単独でロンドンを壊滅できた。その“心”があるからこそ、怒れる。感情が持てる。今こうして話ができる」
『私に妖力を割かず、綾蔵様自身がロンドンに赴いた方が明らかに効率的だったはず……。それに、この“心”に思考を奪われたせいで私は余計な損害を受け……ました」
最後のあたりで歯切れが悪くなったのは、被害無しという報告が嘘であったと私に知らせてしまったからだろう。
実際は、報告をした時点で既に知られているのだが。
ミラージュは続ける。
『……ただの兵器である私に感情など、心など不要です。綾蔵様、何故こんな非効率的な事をなさるのですか? 何故私を創ったのですか? 私は一体、何のために存在しているのですか?』
自身の存在意義に対する疑問、か。
私も幾度となく考えたことだ。
人類との戦いの果てに、妖怪の世が復活するという保証は無い。
全く確証のない理想にすぎないのだ。
もし何も誰も復活しないのなら、この戦いの意味も、私の存在意義も、無い。
だからと言って、私が自分自身に価値を見出だせなくなれば、私は消えてなくなるだろう。
それは“嫌”だ。
“死にたくない”という感情。
それは形容し難い恐怖心となって、私を突き動かす。
私も生き物だ。
この本能ばかりは誤魔化せない。
表向きは、妖怪の世を復活させることが。
心の奥底では、死への恐怖が。
私の存在意義となっている。
『心が無ければ、悩むこともなかったのに。私が存在しなければ、こんな思いもせずに済んだのに……もう、疲れたんです。綾蔵様、早く私を……』
ミラージュ・ナイトメアは、生き物ではない。
あくまでその模造品だ。
従って、死への恐怖というものが薄いのかもしれない。
だが、心を持ったことにより、少しでもその恐怖心が理解できるのなら。
その感情に引きずり込み、思い止まらせるしかない。
「それはお前の死を意味する」
『!……』
悲壮と怒りに満ちた彼女の心に、別の感情が湧き出てきたのが分かった。
『死……など、私は……』
強い“恐怖”の感情だ。
『私は……怖くな』
「嘘だ」
言い終える前にそれを遮った。
途端に、彼女の心が大きく乱れる。
『っ!? う、嘘では』
「隠し通せるとでも思っているのか? 甘く見られたものだな」
背徳と焦燥の感情も混じっているようだ。
嘘に違いない。
『な、何故そのような事を言うのですか!? 何故止めるのですか!?』
彼女が、自棄になったような口調で詰問してきた。
かかったな。
「私も死にたくないからだ」
『……え?』
決定的な一言を突きつける。
「死にたくないから、こうして生きている。妖怪の世を創らねば、という理由は後付けだ。死が怖いのは、私も同じだ」
彼女はまだ混乱したままのようだが、怒りや焦燥、悲壮といった感情は全て消え失せていた。
私はさらに続ける。
「ミラージュ。死への恐怖は生きる理由として、存在意義として充分だ。お前は代わりなんていない唯一無二の存在だ。私の命令など二の次でも構わない、まず生きろ。そして、私の大切な従者だ。不要になることなど、決してあり得ない」
一気に言い終え、口をつぐむ。
『!』
ミラージュが息を飲んだのが分かった。
これでも心変わりしないようなら、もう諦めるしかない。
唯一無二の奇跡の暗鬼、それを失うのは非常に惜しいが、仕方がない。
私は祈るような気持ちで返事を待つ。
数十秒ほどたっただろうか。
不意に、彼女が沈黙を破った。
『……分かりました』
了承の言葉だ。
『……綾蔵様の言う通り、これからは自分を大切するよう善処します。無礼な言動の数々、申し訳ありませんでした』
拒まれたらどうしようかと思っていたが、杞憂だったようだ。
安心して、つぐんでいた口を開く。
「そう、か。そうしてくれるとありがたい。それと、言動については気にしなくていい。煽り立てたのは私だ」
私の言動こそ、彼女にとっては不愉快極まりない圧力だったはずだ。
彼女に非は無い。
『……ですが一点だけ、承服できないことがあります。よろしいですか?』
故に、私がこの要求を拒むことはできない。
甘んじて受け入れるしかない。
「なんだ」
『“命令など二の次でも構わない”という点についてです』
「……?」
『綾蔵様の従者である以上、私は命令を遂行する事を最優先に行動します。これだけは曲げたくありません。例えそれによって命を落としたとしても……綾蔵様のお役に立てるのなら本望です』
尊重すべき意志だ。
私からすると不本意だが、本人が望むのなら仕方がない。
私が口出しする事ではないだろう。
「そうか、すまない。……いや、違うな。ありがとう、だな。ミラージュ、これからも宜しく頼む」
『……!、はい。綾蔵様』
はっきりとした了解の言葉。
権限を切り、彼女の感情を読むことをやめる。
もう何も心配は要らないだろう。
気持ちを切り替え、再び口を開く。
「……では、早速だが次の任務だ」
『なんなりと』
「北米大陸東部にて、飛行中の籠蓋が撃ち落とされているようだ。元凶を見つけ出して始末しろ」
『了解、綾蔵様』
お互い同時に心通信を切った。
瞼を閉じ、ため息ひとつ。
“心”を作り出したことによる弊害が、まさかこれほどとは。
人間の科学技術を超えたことにばかり喜んでいたが、考えが甘かった。
大ごとにならなかったのは幸いと言えよう。
「期待しているぞ、ミラージュ」
そう呟いて瞼を開ける。
日の沈んだ空。
暗雲に隠された月。
都会の光に掻き消された星々。
瞼を開けようが閉じようが、この真っ暗な眺めが変わることは無いようだ。
東京の夜空に浮かぶのは、孤独な妖怪、ただひとり。
【籠蓋】
東京とロンドンの天蓋上空から生み出される、いわば量産型の天蓋。
天蓋と見た目の違いが無いため、天蓋と同じく、人間からは「ドーム」「巨大ドーム」「暗黒ドーム」、妖怪からは「闇霧」と呼称される。
生み出された直後は黒い球体型をしている。
凄まじい速度で大気圏内を飛行し、世界中の何万もの都市へと着弾し、展開する。
展開後の籠蓋は、天蓋と同じ外観・性質・性能(既述)を持つ。
だが、籠蓋が新たな籠蓋を生み出すことだけは出来ない。
※【籠蓋】漢詩『勅勒歌』の一部「… 天以穹廬 籠蓋四野 …」より、「すっぽりと覆い被さる」という意の語。
【暗鬼】
天蓋や籠蓋の内部から無限に涌く、黒い人影の総称。
斬鬼・剣鬼・銃鬼などの種類があり(後述)、それぞれ性能が異なる。
綾蔵やミラージュの指揮下で動く、兵士のような存在。
天蓋や籠蓋の内部を爆撃する赤い落下物の、着弾地点から現れる。
例外として、綾蔵やミラージュがその場で直接生み出すこともある。
死ぬか、別の命令が下されるまで人間を攻撃し続ける殺戮機械。
ベースとなる見た目は、大柄な人間の男性を黒い煙のような物質で形造ったもの。
頭部に眼と思われる赤い光点が2つある。
声のような物を発するが、戦闘に関すること以外の知識は持たず思考もしないため、意思の疎通は不可能である。
かつての日本では、暗鬼はごくありふれた妖怪であった。
暗闇から突然現れ、人間を脅かしたりしていたという。
ただ、光に曝されたり人間に斬りつけられただけで消滅するため、最弱の妖怪として有名だったようだ。
※【暗鬼】暗がりに潜むとされる鬼。不安・妄想から起こる恐れ。




