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東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.  作者: やみぃ。
第四章 紅霧異変
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後話1 傀儡







 無名の丘西外縁部 无月邸







「「じゃんけん、ぽん!」」


 居間に響く幼い声ふたつ。

 それぞれ差し出された手は、“ぱー”と“ちょき”。

 後者を出したのは赤と黒の洋服の幼女。

 彼女はニヤリと笑い、相手の顔面を指さした。


「あっちむいて、ほい!!」

「ふぎ!?」


 その指と相手の顔が同時に私の方を向く。

 滑稽さに思わず上がりかけた口角を、傾けた紅茶のカップで覆い隠した。


「わーいあやくらさま~! かちました~!」

「ふぎぎ……!」


 喜ぶ赤黒服の金髪幼女。

 綾蔵が親代わりとなって育てている人形の妖怪、メディスン・メランコリーだ。


「見事だ」

「えへへー」


 綾蔵は真面目な顔で褒めている。

 親バカだ。

 ただの子供の遊びだろうに。


「ぎ……メディちゃん! もう一回よ!」


 一方、負けた方も大真面目である。

 黒基調のスカートと洋服、金髪ショートには大きな赤いリボン。


「いいよルーミアちゃん。まけないんだから!」

「なにをぅ!?」


 宵闇の妖怪、ルーミア。

 吸血鬼異変の後、封印を施した上で綾蔵の管理下になっている。

 ああ見えても幻想郷屈指の大妖怪だ。

 “封印が無ければ”の話だが。


「さいしょはぐー! じゃんけんぽん!!」


 再び勝負の声。

 双方同じ手だった。


「あいこで、しょ!」


 再び同じ。


「あいこで、しょっ!!」


 “ぱー”と“ぐー”。

 前者を出したルーミアはニヤリと笑った。

 その手がメディスンの鼻先を指さす。


「あっちむいて……ほい!!」

「にゅあ!?」

「っ、……っ、」


 ルーミアの指とメディスンの驚き顔がこちらを向く。

 むせた。


「やったあ! みてよアヤクラ、わたし勝ったよ!」

「うむ、なかなかやるではないか」


 喜ぶルーミア。

 そして綾蔵の態度は相変わらず。

 私は何を見せられているのだろう。

 暇つぶしにはなるのだが。


 馬鹿をやっていると、二階から降りてくる足音。

 紫髪紫眼の少女が外套姿で現れた。


「メディ、そろそろお出かけ。いくよ」

「はーいミラねえ!」


 ミラージュ・ナイトメア。

 綾蔵の従者だ。

 野良妖怪であったメディスンの姉代わりである。


「では綾蔵様、付近の哨戒に向かいます」

「ああ。指導も抜かりなく果たせ」

「了解」


 彼女は綾蔵と短く言葉を交わすと、メディスンの手を引き部屋を出ていく。

 付近、つまりは無名の丘やその周辺の森のことだ。

 侵入者がいないかを確認しに行くのが、ミラージュら暗鬼の任務のひとつである。

 メディスンを連れていくのは教育目的だろう。


 なお、ミラージュがメディスンの姉代わりと言ったが、綾蔵はそんな指示はしていない。

 彼の指示は「殺すな、生かしておけ」。

 ただそれだけである。


 ミラージュは特別な指示がない限り、綾蔵の敵対者を全て消そうとする。

 突如綾蔵に襲いかかった人形妖怪のメディスンも、その内のひとりであった。

 なので「殺すな」と言われた以上、二度と綾蔵に歯向かわせない方法、つまりはメディスンの隷属化を選んだのである。

 尤も、メディスンは妖怪として幼子であったため、自分の妹のように扱うだけですんなり言うことを聞いた訳だが。

 “間違ってはいないが、正しくもない。あいつにしてはよく考えたほうだが……”。

 綾蔵が珍しくボヤいていたのは記憶に新しい。


「いってきまーす!」


 メディスンの元気な声が玄関から出ていく。

 私は綾蔵、ルーミアと共に手を振って見送った。


「メディちゃん行っちゃったーつまんなーい。レイ、なんかおもしろいこと言ってよ」


 ルーミアが私の顔を見てそうほざく。

 舐めているのだろうか、この幼女(ガキ)

 とはいえ、実際年齢は彼女の方が数倍上だろうから舐められて当然と言えなくもない。


(わたくし)は芸人ではありません。綾蔵に頼めば良いでしょう」

「どういう意味だ(れい)


 適当にあしらう。

 綾蔵から睨まれたが無視した。

 そもそも彼が連れてきた大妖怪だ。

 非は彼にある。


「……まあいい。ルーミア、暇なら私が遊んでやる」

「ほんと!?」

「ああ」


 なんだかんだ相手をし始める綾蔵。

 ルーミアは嬉しそうである。


 あの冷徹な綾蔵が遊ぶなど……と思うかもしれないが、彼は意外と子供に優しい。

 今まで幾度となくメディスンの話し相手や遊び相手をしている。

 回数で言えば私より多いかもしれない。


 が、今回の相手はルーミアだ。

 “遊ぶ”と言っても少々意味合いが違う。


「アヤクラなにしてあそぶ〜?」

「そうだな……せっかくルーミア(お前)と遊ぶんだ、ならば……」


 綾蔵がおもむろに左手を持ち上げる。

 伸ばした人差し指がルーミアの額に向く。

 彼女は意味が理解できない様子。

 だが綾蔵は無視し。


「お前でしかできない“遊び”をしよう」


 左手を握りしめた。


「? ………………っ!?」


 刹那、ルーミアの赤眼に殺気が宿る。

 次の瞬間には、彼女の右腕が綾蔵の首筋を掻っ切らんと振るわれていた。

 綾蔵は避ける間もなくそれを食らう。

 だが。


「無駄だ」


 血の一滴も飛び散らない。

 かすり傷ひとつ付いていなかった。


「っ!!」


 ルーミアが今度は両腕を振るう。

 小さな両手が彼の首筋を捉え、締め上げようとする。


「殺す!! 殺してやる!!」


 呪いの叫びを上げ、さらに力を込めるルーミア。

 対する綾蔵は眉ひとつ動かさない。

 全く効いていないようだ。

 彼はため息ひとつ。


「……」


 片手でルーミアの首を掴み上げた。

 小さな体はいとも簡単に宙へと持ち上がる。


「ぐ……離せ! 離せクソ暗鬼!!」


 じたばたと暴れる姿も虚しい。

 まるで象と蟻のような実力差だった。

 人間に例えるならば、見た目通り大人の男対幼女と言った具合だ。


「私に指図できる立場か貴様。身の程をわきまえろ」


 淡々と言う綾蔵。

 その表情は、感情を殺したような無表情だった。


「……はぁ」


 私は瞑目しため息。

 紅茶の水面が風圧で揺らいだ。



 綾蔵から事情は聞いている。

 ルーミアは彼の仇なのだ。


 私が生まれるより前、今から500年以上昔のこと。

 彼がまだ暗鬼の()(おさ)に過ぎなかった頃。

 その群れを襲撃し、暗鬼を皆殺しにしたのがルーミアである。

 彼が唯一の生き残りだったそうだ。


 そして、その群れこそが暗鬼の最後の生き残りの寄せ集め。

 綾蔵は目の前で同族を全て失ったのである。

 彼がルーミアを恨むのは当然だ。


 やがてルーミアは幻想郷へと渡ったそうだが、綾蔵は頑なに渡ろうとしなかった。

 賢者が直接誘いに来てもそれすら断り、現世で孤独に抗い続ける道を選んだのである。

 勝てない仇がいる狭い世界に自ら飛び込むなど自死も同然。

 そう考えたのだろう。


 その後、綾蔵は“抗いの力”を手に入れた。

 数日にして人類文明を半壊させるほどの力。

 私はてっきり、人類に勝つためにその力を欲したのだと考えていた。

 だがルーミアとの因縁の話を聞き、それは誤りだと知った。

 理由の大半は、彼最大の仇、ルーミアを討つためだったのである。

 賢者との戦いに敗れ、時空逆抗をし、今のこの幻想郷に来てもなお、その力は衰えていない。

 吸血鬼異変において首謀者レミリアと共謀者ルーミアをまとめて捻りつぶせたのも、その力ゆえである。


 彼は吸血鬼異変において独断でルーミアを殺そうとした。

 賢者の了承も得ずにである。

 それを成せるだけの力を彼は手に入れていたのだから。


 だが当然これは賢者によって阻止され、綾蔵は復讐の機会を失った。

 しかし賢者とて彼の同志。

 綾蔵の復讐心を潰したいわけではない。

 そこで、「殺してはならないが」という条件付きで綾蔵に引き渡されたのがこのルーミアだ。


 彼女の髪に結び付けられた赤いリボン。

 妖力に対する強力な封印だ。

 賢者の頭脳にしか解けない術式である。

 そうして弱小妖怪同然となったルーミアを、賢者は渡してきたのだ。


 綾蔵は彼女を受け取るやいなや、即座に傀儡化の術を埋め込んだ。

 当初私やメディスンに対して行おうとしていた術だ。

 闇霧を脳に行き渡らせ、思想も行動原理も思いのまま操ってしまう恐ろしい代物。

 本質的には、やっていることがレミリア(あの吸血鬼)と同じである。

 これによりルーミアは敵意を奪われ、記憶を奪われ、知能も奪われ、本当に弱小妖怪のような有様に成り下がったのである。

 メディスンと遊んでいた時のルーミアがまさしくそれだ。


 だが、永久にその状態がキープされる訳では無い。

 綾蔵が術式を解けば、今のように本来の記憶と知能を取り戻すことが出来るのだ。




「くそ! この! 暗鬼の! 分際! で! 死ね! 死ね!!」


 首を掴まれ中に釣り上げられたまま罵詈雑言を並べるルーミア。

 暴れる足が綾蔵の上半身をひっきりなしに蹴りつける。

 記憶と知能のリミッターが解除できても、力の封印は解除されない。

 妖力を封じているのは賢者のほう。

 だからこのような絵面になってしまうのである。


 私も見るのは初めてじゃない。

 メディスンがいないタイミングを見計らい、綾蔵は時々こうして“遊んで”いる。

 第三者である私からすれば、十分に手荒で低俗な遊びに見えるものだが。


「いい加減懲りろ。生殺与奪の権は私と賢者にある」

「ほざけ!! あんたみたいな卑怯な成り上がりの下なんて絶対に認めない!!」

「卑怯も非道も勝てば正義。そういう世界の筆頭にいたのは他ならぬ貴様だろう」


 ソファーの上で脚を組んだまま、ルーミアを高々と吊るし上げ続ける綾蔵。

 止めるべきかいつも悩む。

 私の正義に照らし合わせれば、黙って見過ごす現状はあまり認めたくない。


 彼は皮肉こそ吐けど、加虐の趣味はない。

 なんだかんだ情に厚いのだ。

 相手が元敵だろうと人間だろうと、余程のことがない限り処刑じみたことはしない。

 私やメディスンに対してそうしたように。

 だからこそ、例外であるルーミアへの態度が目に付く。


「ぐ、ぐ……離せ! 下ろせ!!」


 次第に動きが鈍くなっていくルーミア。

 いくら復讐とはいえこの絵面はさすがに不愉快だ。

 見かねて口を挟む。


「綾蔵、もう充分でしょう。下ろしなさい」

「お前は無関係だ。紅茶でも飲んでろ」

「致しません。下ろしなさい」


 綾蔵の闇眼がこちらを睨む。

 凄まじい殺気だった。


「口を出すな」

「下ろしなさい」


 だが、今日は引き下がらないでおく。

 無関係だからこそ同情するのだ。

 綾蔵にも、ルーミアにも。


「綾蔵、下ろしなさい。ルーミア、二度と暴れないと約束しなさい」


 こちらを睨み続ける綾蔵。

 渋々動きを止めるルーミア。


「…………っ!!」

「いたっ!?」


 不意に綾蔵が手を離した。

 ルーミアが床に背中から落下し、短い悲鳴をあげる。


「大人しく従うことです。もう貴女は賢者の駒、強者(綾蔵)の部下。この事実はどう足掻いても不変です」


 慌てて起き上がるルーミア。

 今度は彼女に睨まれる。


(わたくし)と同じですよ」

「っ……」


 その一言でルーミアは沈黙した。

 幻想郷に来る前の私たちのことは既に話してある。

 合点がいったのだろう。

 知能制限時に聞かせたわけだが問題は無い。

 その時の記憶は制限解除されても残っているのだから。


 ……ちなみに、知能制限下の自分の行動や言動のことも覚えているようだ。

 解除するたび反乱狂になって綾蔵を殺しにかかるのは……まあ、羞恥心もあるのだろう。


「……アヤクラ(こいつ)の……下なん、て…………!」

「抑えなさい。いずれ慣れます」


 ルーミアは半泣きだった。

 よほど屈辱なのだろう。

 最強敵無しに等しかった大妖怪が、暗鬼という最下辺の妖怪の下につくなど。


 “プライド”とは“誇り”だ。

 だが悪い面を見れば“呪い”でもある。

 いざ壁にぶつかった時、それを乗り越えようとする自分の手足にまとわりつく、重く苦しい呪いだ。


 プライド自体は大切にすべきである。

 だが邪魔になった時に潔く捨て去れないのであれば、それは自身を溺れさせる重りに過ぎない。

 身をもって思い知ったからこそそう思う。

 綾蔵の下で、賢者の下で、自分のプライドをどこまで通すべきか。

 それを考え続けながら私は生きている。


「…………」


 うなだれるルーミア。

 歯ぎしりの音が僅かに響く。

 だがもう暴れる様子はなかった。

 流石に自らの状況くらいは理解しているようだ。

 私は次に綾蔵のほうを見る。


「綾蔵、幼稚な真似は止めなさい。貴方らしくもない」

「……黙れ。口を出すな」


 やや遅れて拒絶する綾蔵。

 口調はいつになく揺らいでいる。

 感情が先走る彼を見るのは珍しい。

 常に冷静で建設的で、冷徹に行動する。

 それが第三者から見た彼のイメージだ。


「ルーミアを仲間に迎える者として要請しているだけです。賢者とて、いたぶらせる為だけに彼女を寄越したわけではないでしょう」

「黙れと言っている。……お前に言われるまでもない」


 彼は私から視線を逸らした。

 それは一瞬ルーミアを見たかと思うと、また私へと帰ってくる。

 殺気立った、達観したような、それでいてどこか悲しげな睨み。

 “お前に何が解る”。

 そう言いたげだった。

 敢えて口にしないのは、その程度なら私にも読み取れるとわかっているからだろうか。


 同族の仇。

 恨みは双方が死ぬまで消えないのだろう。

 しかしそれでも長く永く生き続けなければならないのが私たち妖怪の運命。

 残酷なものである。


「そうですか。お節介でした」


 私は再び紅茶に口をつけた。

 綾蔵はソファーから立ち上がると、私に踵を返す。

 そのまま自室へと戻っていってしまった。

 終始無表情だった。


「ごめんなさいね。彼らしくもないのですけど」


 彼が扉の向こうに消えたのを確認してからそう呟く。

 ルーミアは怪訝そうに私を見上げた。


「なんのつもり」

「私のつまらない意地です。曲がりなりにも正義に生きる身ですので」


 予想していた問だった。

 ゆえに即答。


「友達少なそうだね」

「余計なお世話です」


 ルーミアは喋りつつ私の左前に座る。

 メディスンやミラージュがいつも並んで使うソファーだ。

 ふたりが不在のため彼女が独り占めである。


「よくあんなやつの下で耐えてるね、照月零(てるづきれい)。正気を疑うわ」


 卒然そんなことを言うルーミア。

 知能制限が解除されれば、ただの態度のでかい幼女となる。

 正直鬱陶しい。

 まあ態度のでかい紫髪の零歳児とずっといる身からすれば大したことではない。

 ……無論ミラージュのことである。


「ミラージュ含め何度も殺そうとしたくらい恨んでたんでしょ? よく矛を収めていられるよね。アヤクラが報復しないのも不思議だけれど」


 ルーミアが手を伸ばしたのは、テーブル中央のコーヒーポット。

 空いているカップに勝手に注ぎ、我が物顔で飲み始めた。

 无月邸においてコーヒーは綾蔵しか飲まない。

 実質彼専用だ。

 後で怒られることだろう。


 ちなみにミラージュは苦いと騒いで飲みたがらない。

 そして私は紅茶派だ。

 

「違いますね」

「?」


 あまり間を置かずに否定する。

 ルーミアが手を止めた。

 返答に詰まるとでも思っていたのだろうか。


「恨みなど最初からありません。お互い理想のためでしたから。それに……」


 カップを置きつつ、言葉を切る。

 左手で自身の脇腹に触れた。




 ━━━━ミラージュ!? ……貴、様ァァ!!━━


 綾蔵の絶叫が蘇る。

 従者を失った絶望で染まった瞳。

 脇腹を切り裂く妖刀。

 身体から抜け落ちる血液。

 墜ちゆく私を睨む殺意の眼光。


 現世の記憶は、いまだ鮮明であった。




「……既に殺し、そして殺されたようなものです。今更何も思いませんよ」


 恨みなど一瞬のこと。

 引きずるようなものではない。

 それに彼との戦いでは必ず誰かが、もしくは全員が死んでいたはずだった。

 賢者の一味が現れたから結末が変わっただけであって。


 賢者の横槍がなければ、私は死んでいた。

 賢者の温情がなければ、ミラージュも死んでいた。

 賢者の策がなければ、綾蔵でさえも死んでいた。


 既に一度死んだ命。

 彼もミラージュもそう思っているはずだ。

 いまさら何を恨み合おうというのか。


「貴女も賢者が止めなければ、吸血鬼異変で(あのとき)殺されていたのではありませんか?」

「……それは」


 ルーミアは口ごもる。

 綾蔵のトドメの一撃が、賢者によって阻止される。

 その瞬間を彼女は目撃していたはずなのだ。


「綾蔵とて同じ。“貴女が生きた世界線では”、確かに彼は殺されたのですから。賢者が策を講じたから甦ったようなものです。それは彼も理解しているでしょう」

「…………説教はやめてくれる。逆抗者の分際で」


 毒を吐いてそっぽを向くルーミア。

 彼女は、綾蔵と賢者が冒した禁忌「時空逆抗」について知っている。

 「逆抗者」とは、それに加わった者の総称だ。

 無論教えたから知っているわけだが、本人も吸血鬼異変時点で薄々勘づいてはいたようだ。


 時間を遡っての歴史改変。

 糾弾されれば神をも敵に回してしまう。

 現状の我々がそのリスクを回避できているのは、単に糾弾が行えるクラスの大妖怪を叩きのめして黙らせたからである。

 レミリア然り、ルーミア然り。

 他、妖怪の山の勢力は綾蔵に恐れをなして大人しいし、花の大妖怪風見幽香(かざみゆうか)は一匹狼ゆえ何もできやしない。


「勝てば正義、だそうですよ。……不本意ながら」

「…………ふん」


 ルーミアは不機嫌そうにコーヒーを飲み干す。

 面白くないのは解る。

 本来であれば悪者は逆抗者(こちら)であるべきなのだから。

 彼女の不満はもっともである。


「焦る必要はありません。徐々に融和していけば良いのです」

「うるさい。……わかってるわよそのくらい」

「あら、こちらもお節介でしたね」


 紅茶を飲み干す。

 空のカップをテーブルに置き、瞑目した。


 喋りすぎただろうか、などと考える。

 早くルーミアと融和しなければという気持ちが焦っている。

 こういう役目はいつも綾蔵が取り持つのだが、今回に限ってはその綾蔵が問題児なのだから仕方がない。

 私しかいないのだ。


「……零」


 不意にルーミアが私を呼んだ。

 見るものの、顔は微妙に逸らされていて表情が窺い知れない。


「その……ありがと。一応ね」


 軽く絶句。

 すぐには返せなかった。

 この少女が礼を言うとは思わなかったのだ。


「いえ」


 目を閉じたままとりあえず返事はしておいた。

 意外と根は良い奴なのかもしれない。

 それともよほど綾蔵からの侮辱が堪えたか。


「彼に話しにくいことがあれば私を使いなさい。いくらでも聞きましょう」

「……そうするかも」


 呟くルーミア。

 赤いリボンが小さく揺れる。

 相変わらず表情は見えなかった。


 信用してくれた、のだろうか。

 思ったよりも早く融和できるかもしれない。

 少なくとも私とは。


 綾蔵と直接でなくとも良いのだ。

 逆抗者(こちら)と意思の疎通さえできれば。


「……」


 コーヒーポットに手を伸ばす。

 それを持ち上げ、紅茶の香りが残る自分のカップに注ぎ入れる。

 夜のように美しい闇色。

 優美な落ち着きのある香りが鼻腔に触れた。




 綾蔵には後で謝っておこう。

 「私が二杯ほど頂きました」、と。













 名前:メディスン・メランコリー

 初登場:三章第二話 異変

 種族:妖怪

 性別:女

 年齢:一歳未満

 身長:低

 髪の長さ:肩

 髪の色:金

 瞳の色:青

 能力:毒を使う程度の能力


 無名の丘に捨てられていた人形が、長い年月を経て妖怪化した姿。

 鈴蘭畑の毒の影響を受け続けた為か、毒を使う妖怪である。


 黒い半袖の洋服に赤いスカートという服装。

 幼い少女の容姿だが、おそらく元の人形の姿がその姿だったのだろうと推察される。

 生まれたばかりのため人語は話せず解せない。

 性格も思考も今は幼児そのものである。


 吸血鬼レミリア・スカーレットによる強制従属契約の被害者の一人。

 三章にて、綾蔵を見るや否や攻撃してきたのはそのせいである。

 吸血鬼異変収束直後には正気に戻っており、綾蔵によって保護、命名された。

 以後ミラージュの保護下に入り、日々彼女による教育が施されている。


 四章時点では、既に綾蔵の部下のひとりとして成長してきている。

 姉代わりのミラージュにはよく懐いているようだ。

 性格は相変わらず幼く、家の外について知識が希薄なのも変わっていない。

 綾蔵はミラージュを使い、もしくは綾蔵自ら、彼女を様々なところに連れて行っては経験を積ませている。

 だが、妖怪として影響力を持つにはまだまだかかるようだ。


 綾蔵の傀儡となったルーミアとは仲が良い。

 背丈も容姿も幼さも似ているため、さながら姉妹である。

 ただし、ルーミアに関しては自我を操られているだけで実際には大妖怪なので、真の実力差や頭脳差は言うまでもない。







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