第一話 決別
この度は「東方無明録 〜 The Unrealistic Utopia.」にお越しいただき、誠にありがとうございます。
読者の皆様にご案内申し上げます。
本作は第一章がプロローグの役割を担っております。
第一章はオリジナル要素が強く、【東方projectの要素が薄め】です。
多くの東方二次創作小説のような、東方要素の濃い作品を読む目的でお越しいただいた方には、第一章をとばすことをおすすめ致します。
もちろん、このまま第一章をお読みいただいても何の問題もありません。
第一章を飛ばす場合は、「目次」に戻っていただき、画面をスクロールし「第二章 時空逆抗」の章の一番上、「第一話 幻想郷」を選択して下さい。
第一章の内容については、第二章や以降の章内で解説しておりますのでご安心ください。
それでは、以下本編となります。ごゆっくりどうぞ。
「断る」
男は強い口調で、そう言い切った。
「…………聞き違いかしら。断ると言われた気がしたのだけど」
対する女は、困惑したような言葉で男に問い直す。
「よく聞こえているじゃないか。そうだ、断ると言った」
「……何故」
男はきっぱりと答えた。
女は表情こそ落ち着き払っているが、やはり困惑した感情は隠しきれていない。
「何故、だと? 解らないか?」
「解らないわ。何が不服なの? 幻想郷は、私たち妖怪が何不自由なく生きていける、最後の理想郷よ? もう現実世界では幻想の存在は生きていけない。だからこうして幻想郷に招いているのに」
女は心底理解出来ないといったふうで捲し立てる。
だが、男はそれすら何処吹く風。
蔑むような態度で反撃に出る。
「生きていけない? 貴様らのような柔な連中と同列に扱われては困るな。私は現世でこうして生きている。未だ存在し続けている。貴様らとは違うのだよ。そんな狭苦しい辺境に引きこもる必要など、私には無い」
「現世に留り消滅した者は、皆そう言っていたわ。彼らと同じ運命を辿るつもり?」
男の持論を、女はため息混じりに諭す。
すると男は眉をひそめ、半眼で女を睨みながら口を開いた。
「……幻想郷とやらは貴様が支配する世界なのだそうだな。だとすれば、妖怪を保護するなど表向きに過ぎず、本音は妖怪を片っ端から支配下に置き、意のままに利用したいだけなのではないか?」
「……なんですって」
それまで変わらなかった女の表情が、途端に険しいものになった。
男は畳み掛ける。
「どちらにせよ、幻想郷など決して長続きしない。今はまだ良いかもしれない。だが、そんな狭苦しい環境に数多の妖怪が集まっていくんだ、いずれ必ず爆発するぞ。それすら制御できる自信があるとは、筋金入りの独裁者だな」
「…………れ」
「監獄のような世界で貴様に飼い殺しにされるつもりは無い。貴様に従う妖怪らと心中する気も、更々無い。そう易々と貴様の策略には掛からんぞ」
「……黙れ」
「それに、暗鬼は滅びぬ。必ず再興する。他ならぬ私の力によってな。その時は、伴って妖怪の世も復活するだろう。そして、幻想郷の存在価値は無くなる。幻想郷は、不要となるのだ」
「黙れぇっ!!」
女が激昂する。
すると男はようやく口をつぐんだ。
「貴方には分からない、私が幻想郷を創るために重ねた苦労は。貴方には解らない、私がどれだけ幻想郷を愛しているかは。分かる筈がない。……いえ、解ってたまるものですか」
女は更に続ける。
「現世を再び妖怪の世に? 寝言は寝ながら言ってほしいものね。妖怪という種の存続すら危うい現状を、どう覆すというの。幻想郷という小さな避難場所を創るだけでも困難を極めたのに、現世を覆すなんて到底不可能よ。そんなことも分からないの?」
それを聞いた男は、はっ、と蔑むような笑いを吐いた後、口を開く。
「私が現世を覆せる力を持っている事など、貴様のような逃げ腰で間抜けな弱小妖怪には到底解らないだろうな。100年か200年程度の時間が必要なだけだ。私はそれだけで、現世を覆すだけの力を手に入れることができる」
男は、自信満々といった口調で断言した。
「愚かな……。非現実的よ。貴方はこの現世で、独り寂しくのたれ死ぬことになるわ。忠告はしたわよ」
これ以上の問答は無意味だと言わんばかりに、女は身を翻して歩き出す。
「幻想郷こそが非現実的だ。貴様ら全員、その監獄で死に絶えることになる。……忠告はしたぞ」
男もまた、それだけ言って背を向ける。
突然、女の目の前の空間が大きく“裂ける”。
女は驚いた様子も無く、その裂け目の向こうへと歩いていく。
それを見計らったかのように、裂け目は次第に閉じていく。
「もう二度と会うことは無いわ。せいぜい足掻くことね、……」
その向こうから、女は最後に。
「……无月、綾蔵」
男の名を、言い捨てた。
裂け目が閉じ、何の変哲もないただの空間に戻る。
「足掻いてやるさ。今に見てろ。後悔することになるだろう、……」
男はそれに背を向けたまま。
「……八雲、紫」
女の名を、呟いた。