カマカケル
読みやすさを意識しました。
その朝、先生は教室に来なかった。
一時間目になっても誰一人、来なかった。
ざわざわざわ
当然、クラスの皆は疑問に思う。
「なあ……おかしいよな?」
「ああ、今日って平日の6時間授業の筈なのに…」
「誰か先生を呼びに行かなかったけ?」
「それが、職員室にも誰も居なかったんだよ?」
「緊急会議か全員寝坊中とかは……ないな」
「あんた、って何で読書してんのっ!?」
「え?自習時間でしょ……だったらOKだよね?」
「ウッソー!?携帯のアンテナ立ってないんですけどー!?」
「あれ、俺のもだ……。メンテナンス時間、って訳じゃあないし」
「皆の衆!コレは異常だ!落ち着きたまえっ!!」
「「お前が落ち着け」」
「おはよー……うわあ!?何じゃこりゃああ!!」
「お、やっと登校したか」
「下手なモノマネだなあ」
「これで全員揃ったな」
「どういう事なんだよこりゃ!?俺の机に……
鉈が刺さってるんだが!?」
「バーカ、どう見てもカマだろうが」
「それにお前だけじゃねえよ、全員の机にあったんだぜ」
そうなのだ。
カマ……漢字で書くなら「鎌」。
農業用のよく見る刃物。
用途はもちろん草を刈り取る、ことなのだが。
「いやいや、デカすぎだろ!!刃渡り数十センチはんじゃねーか!!」
そう、死神が持つような大きなカマなのだ。
1メートルほどの黒い持ち手に三日月型の刃。
見た目はまさにデスサイズ。銃刀法を軽々と破っている代物だ。
今の僕の机にもその三日月型の刃が深々と刺さっている。
どうやら、全員の机に同じように刺さっていたらしく、他の生徒の机にも傷跡が残っていた。
そして、どうやら持ち手の部分にはその生徒の名前が彫られているらしい。
例えば僕の机には「能代谷 銀斗」つまり(ノシロヤ ギント)の字が彫られており、
一つ一つに名前があるとして
それが40人分ズラリとあれば、彼のように…
「本当にナンジャコリャアアアアッ!?」
と叫んでしまうだろう。
「だから似てねえって」
「いや、さっきよりは似てるな」
何人かの生徒は自分の鎌を抜いて調べている。
けれど、教科書も寸断できる鋭さ以外は普通のモノだ。
いやまぁ、いろいろと規格外なモノなのだが。
「さっきから黙ってけどよ、具合悪いのか?」
振り向くと僕を心配そうに見るクラスメイト。
「ああ、平気さ。ただ、もう帰りたいと思ってさ」
「マジで!?先生居なくて教室に謎の道具があるっていう、小説みたいなことが起こっててもか!?」
「うん。家の鍵を閉め忘れちゃって」
「そりゃ確かに気にはなるけどよ」
「朝、学校に行く前に確認したから間違いないよ」
「そん時に閉めろよっ!!」
今日もナイスな突っ込みだ。僕のナンセンスなギャグも彼の技術にかかれば芸人級に高められる。とても僕と相性の良い友人である。
「まあ、元気なら良いんだけどよ。でさあ、お前はどう思う?」
「何が?」
「今の状況だよ」
「ああ、授業潰れてラッキーってこと?」
「なんか呑気だなあ、お前はさ」
とまあ会話をしていたところだった。
ギュイーン
校内放送用のスピーカーからノイズが響いた。
ザザザっと砂音が流れ、数秒後。
そこから出たのは高い機械音声だった。
「カマ ヲ モッタ セイトハ シキュウ タイイクカン ニ オアツマリ シロ」
「………は?」
ざわざわざわざわ
「『鎌を持った生徒は至急体育館にお集まりしろ』ってハァ!?」
「ナンジャコリャアアア!!」
「だから似てねえって!」
「いや、さっきよりは上達したような…」
「ていうか、何なの、このキチガイ放送。どこの漫画よ」
「行くしかないのかな…」
「いっそのこと、無視して帰らね?」
「でもほら、ルールを無視したら罰を与える、とかよくあるジャン」
「妄想乙です」
「他のクラスはもう移動してるね、着いてく?」
「荷物はどうする?貴重品とかは?」
「とりあえず、持っていこう。……教科書はいらないよな?」
「おいおい、校門が閉まってっぞ!俺らは閉じ込められたのか!?」
「乗り越えれば良いじゃん、ほら、あそこの生徒みたいに」
皆は一斉に窓の外を見た。
僕も覗いてみる。
そこには確かに、緑のフェンスを登ったり、塀の上に飛び乗っている生徒がいた。
2メートル程の高さなので、少し頑張れば簡単に抜け出せそうである。
学校の侵入者対策が気になるところだが、彼らは学校の外に楽々と脱出し、地面に足を付けた。
そして、倒れた。
「……は?」
「……え?」
「……な、な、なななな、なんじゃあそりゃあああああああっ!!」
台詞は違うが今のが一番似てたぞ。
……じゃなくて。
よく見ると、僅かに痙攣しているようだ、そして止まった。
お陀仏だ。
……あれ、本当に死んじゃったの?
すぐに教室、いや学校中が阿鼻叫喚。
泣いて、怯えて、怖がって、慌ただしいことこの上なく
さすがの僕もゾッとするものがあった。
うん、現実を頭で理解しても身体は分かってないみたいで
危険な事が起こってるのに、何処か夢と思っている自分がいるようだ。
と、またピーガーとノイズが響いた。
皆は静かになる。
「カマ ヲ モッタ セイトハ シキュウ タイイクカン ニ オアツマリ シロ」
流れたのは同じ内容。同じ機械音声。けれども今、冗談で受け流せる人はいなかった。
生徒が押し黙る教室は、昨日の教室と完全に別の空間となり、生徒自らの手で異常性を醸し出し、怯え、更に不気味さを際立たせている。
「……行こうぜ……」
最初に動いたのは僕の後ろにいたクラスメイトだった。
さっきまで僕の心配をしていた友人。彼は自分の席に刺さった鎌を抜くと、沈黙の廊下に静かな足音をたて、階段を降りていった。
そして、教卓前の生徒も立ち上がった。それに続き、中央最後席の生徒も鎌を持つ。
二人三人と動き出す生徒は増え、其々が鎌を持ち教室を出ていった。
廊下は体育館に向かって人が一方通行で流れて行く。
彼らにならい、僕も席を立つ。
そして御手洗いへと向かった。
人は極度の緊張で、喉が渇き、発汗作用が上昇し、尿意が強くなるらしい。けれども、僕がトイレに行ったのは「オシッコチビリソウ」という恐怖からの本能行為ではない。
ただ、いつものように休み時間になったので用をたそうと思ったからだ。
この言い方だと、性格破綻者と疑われかねないので誰にかは分からないが弁明しておくと、冷静になろうと思ったからだ。例えば巨大地震でパニックになった人がいるとしよう。
その人が混乱した理由は単純で明快、
「普段と異なること」
つまりは異常なことが起きたからだ。なら落ち着くにはどうする。
異常じゃないこと、
「普段と同じこと」をすれば良い。
習慣、それが自身を確立する為のうんたらかんたらと教科書に載っていた。
「我を忘れない」、火災時の標語「おかし」の説明文に書いてあった。
だから、僕は、御手洗いに、行った。
うん、完璧なロジカル。そう思い、教室に戻ろうとした。
ガラガラ…………ピシャリ
扉が閉まる音がした。
え?
皆もう体育館に行っちゃたのか?
慌てて廊下を見渡す。うん、一人もいない。
……一人もいない?
じゃあ、今の音は………教室の内側から閉めた音だ。
しかも忘れ物を取りに来たわけでない。
つまり教室に残る生徒がいるってことだ。
(マジかよ)
生徒全員の机に名前入りの鎌を刺し、外に出た生徒を……あんな目に遭わせた首謀者。
その犯人の要求に逆らえば、下される決断は……人生の終わりだ。
なのに。
体育館に行ってない生徒がいるとは、教室に残っている生徒がいるということだ。
しかもどうやら、その音源は僕のクラスの教室の扉だったようだ。
自分の教室だけ、扉が閉まっている。
もしかして、狂った生徒?
脳裏に思い浮かぶのはホラー映画のワンシーン。
無人島に流れ着いた生徒たちの間で殺人が起きるというモノだ。
中でもゾクッとしたのは
仲間の死により精神が崩壊し、引きつった笑みを浮かべながら歌い出すヒロイン。
フフフ、ヒトガシンジャッター、タノシイナ~♪
貴方モ私モ死ンジャウノオオオオオオッッ!!!!
…想像して怖くなった。
……落ち着け……落ち着け……
ゆっくりと扉を開け、目を見開いた。
驚かざるを得ない。
そこには、6人もの人間が、普通に、いたからだ。
普通。
ある男子は、黒板にラクガキをして
ある女子はノートにラクガキをして
ある男子は机に参考書を広げ勉強して
ある女子は机に寝そべり居眠りをして
ある男子は壁にもたれ掛かり本を読んで
ある女子は壁にもたれ掛かり腕を組んで
僕といえば、唖然としながら手にハンカチを握りしめていた。
机には僕の分を含めた7つの鎌が突き刺さったまま放置され、静かに鉄色の光を灯していた。
そう言えば………
さっきの放送
「カマ ヲ モッタ セイトハ シキュウ タイイクカン ニ オアツマリ シロ」
つまり
『鎌を持った生徒は至急体育館にお集まりしろ』
だったから
鎌を持たなかった生徒は体育館に集合する必要はないんだな。
……え?本当に良いの?
そんな言葉の裏をかきました、みたいなの許されるの!?
そう思った瞬間に聞こえてきたのは、あの声だった。
「デハ タイイクカンノ セイトタチ。 コレカラ ゲーム ヲ ハジメル」
そして、何処からか聞こえる叫び声に似た音。
こうして、僕らのデスゲームは始まらなかった。
危ないことには関わらないのが1番ですね。
本当は、ここから先が本編としてあったのですが、初投稿なので抑えました。
感想、批評をよろしくお願いします。
一言だけでも有難いです。