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フリーワンライ参加作品

月と星と人間

作者: 一条 灯夜

 童話ではかぐや姫は十五夜に月へと帰ったらしい。それが何歳の頃の話かは分からないけど。

 ともかくも、色々と求婚者に無理難題を吹っかけた挙句のとんずらだったらしい。


 ……非情に含蓄のある話だ。


 月曜の朝と言う状況も相まって、微妙な顔で竹中の顔を見てしまう。

「なによ」

「べつに」

 受験を控えた中三の秋。天の采配と言うべきか否かは分からないけど、推薦を受けることがほぼほぼ決まっているかぐや姫の渾名のある竹中 香織は、ごくごく平凡な一般人の俺の視線に、ちょっとムッとした顔を返してきた。


 かぐや姫の物語に反して、竹中は子供の頃はごく平凡な子だった。渾名の由来も、名前の字面によるものだったし。そう。幼稚園、小学校と控えめな女の子で――、中学デビューして急に華やぎ、しかも学業もおろそかにしなかったため、いつのまにかかなり競争率の高い女の子になってしまった。

 人生って何があるか分からないな、と、思う良い事例だ。

 慎ましやかに生きてきた僕とは、もう既に別の次元にいる。


 帝や求婚者の誰かとは言わない。でも、せめて竹取の翁ぐらいの役所は欲しいけど。……まあ、そんな底辺の幼馴染の出番は既にないのかもしれない。でも、簡単に割り切れないんだからしょうがない。ずっと続けている片想いは。

 ほう、と、曇天に向かって吐いた溜息は――。

「おはよーっす」

 嫌な声にかき消された。

「おはよう」

 と返すのは、かぐや姫。

 俺も仕方なく「……うす」と、返事した。

 俺とは比べ物にならない華やかオーラを醸す男子。望月は、ニッと笑った後、声を潜めて俺の耳に向かって毒を吐きあがった。

「家が近所なだけで、右側をキープするとは、やるじゃないか」

「悔しかったら越して来い」

 天敵、もしくは、目下最大のライバルに辟易した視線を返す。


 童話ではかぐや姫は十五夜に月に帰ったらしい。そう、決して七夕に天に上がったわけじゃない。だから、彦星の渾名のこいつに譲ってやる義理はない。

 ちなみに、望月の渾名が彦星なのは、誕生日が七月七日なのが理由だったりする。名前の字面関係なし。でも、日本人としては色素の薄い髪と目、そして肌をしているから、女子からの人気はめっぽう高かった。

 そう、高かった、という過去形だ。

 ……人の幼馴染に横恋慕して人気を下げたんだけど、本人が全然気にしていないのがちょっとムカつく。

 惜しい、とか思えよ!

 そして、彦星とかぐや姫がいて、織姫がいないなんてどんな神様の悪戯なんだって話だ! 中途半端な神話のおかげで、凡人の僕が苦労してかなわない。


「ねえ、もう十一月だよね」

 と、彦星。

「そうね」

 と、つれないのがかぐや姫。

 まあ、こういう部分は渾名の由来通りのような気がする。彦星ってどっかちゃらい感じがあるし、かぐや姫はどっかお高く留まってるイメージだ。

「クリスマス、どうするの?」

 …………!

 この野郎、先手を打って――と言うか、唯一のアドバンテージを奪いにきあがった。

 なんとなくの流れでだけど、昔っから僕は竹中とクリスマスをだらだら過ごすことが多かった。近所だし、冬休みだし。そんな、鍵っ子の小学生の延長によるアドバンテージだったけど、赤い糸を信じられる数少ない機会――クリスマス以外には、年賀メールとか、バレンタインの義理チョコとかしかない――だっていうのに。

「ん~、特に決めてないけど、推薦から漏れたら受験勉強かな」

 顎に指を当てて答えるかぐや姫の様子に、なびいていないと心の中でガッツポーズをするが、彦星はめげなかった。

「じゃあさ、じゃあさ、推薦もらえたら一緒に遊びに行かない? 前祝でさ」

 この受験ブルジョア組め。

 推薦は、僕には――、正直、縁のない世界だ。部活も学業も平均で、下でも上でもない僕には。真面目さだけが取り柄、とも言い難いし。委員会にも積極的じゃない。

 僕は、そこらへんに転がっている中三男子だ。ハイスペックな幼馴染に惚れている以外は。


 かぐや姫は、ちらっと凡人の僕を見た。

 うん? と、首をかしげて見せると、やれやれと言った調子で溜息を吐かれてしまった。そして、すぐさま左側の彦星に向かい――。

「別にいいけど……」

 断れ、という僕の願いもむなしく、かぐや姫は物語通りじゃない気安さでOKを出した。


 肩を落とした僕と、にやけきった顔の彦星。

 くそう、いつか闇討ちしてやる。


 でも、次の瞬間。

「アンタも来るでしょ?」

 と、かぐや姫は僕に向かって訊いてきた。

 彦星が盛大に顔を顰める。

 ……正直、普通に受験する僕にとって、十二月は最後の追い込みをかける時期であって、例えクリスマスと言えども遊んでいる余裕なんてない。なので、断固とした態度で――。

「もちろん」

 と、全力で頷いた。


 悔しがる彦星に、悪役の笑みで応じてやる。

 そんな僕達を見るかぐや姫が――。

「三人で一緒の高校、行けるといいね」

 と、完全に隙の無い笑みで告げた。


 まったく、やれやれだ。

 月へと帰らなかったかぐや姫は、七夕でもないのに女を求める彦星と、ごくごく平凡な人間の僕を相手取る悪女に成長してしまったらしい。

 いいさ、それでも。引いてやるつもりなんてない。

 高校での延長線上等!

 月を巡る星と人間の三角関係はまだまだ終わらない。


 べ、と、舌を出した彦星にファックサインで応じる。

 かぐや姫の運命の赤い糸は、僕の小指に繋がっていると信じて。

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― 新着の感想 ―
[一言] おはようございます。 今回も書いてるかなあと思って覗きに来ました(笑) 一番難しそうなお題に手を出したんですね。 私、真っ先に却下してました。 いや書いてませんけど(笑) 年齢設定と時期が絶…
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