蝙蝠 難易度:D
美しい女性に対する第一心証は、近付きたくないに限る。可愛い、綺麗、美しいと呼ばれる女性に関わって、ロクな目にあったことがないからだ。
妹を除く。
それが例えば、金髪、長身、不敵な目付きと笑みだとしたらフルハウスで赤信号。仕事でなければ絶対に近付きたくはない人種である。
ちなみに似たような低身長の知り合いがいるけれど、そいつのおかげで理想だった学園生活は水泡に消えた。金髪ってのがもうバッドアイテムなのかもしれない。
ラッキーアイテム? 妹。
次に、シチュエーション。
これが繁華街で、妖艶さを醸し出す綺麗なドレスに身を包んでいたならば俺も反応しなくはないだろう。元の身体ならばだけど。今はピクリともしなくなった。ホモではない、事情がある。
しかしどうだ、ここは使われなくなった廃トンネル、切れかかって点滅している電灯がホラー感を煽る。そんな場所で、ドレスはドレスでも真っ赤な血で染めたドレスを着ている金髪美女。季節もなんと夏に迫っている。カメラどこだろう。撮影かな? なんて、事情も知らない一般人が見たら真っ先に目を疑う光景が目の前に広がっている。
長々しくなってしまったが、簡潔に言うと、サイコキラーの金髪美女が、廃トンネルで人間料理の食事をしていた。ここまで奇想天外な設定の敵も珍しい。
「敵か、貴様」
「吸血鬼……ら、れ……らーば……? なんだこれ、何て読むんだ……まぁいい、吸血鬼、お前を狩りに来た」
「レーヴァテインだ! 標的の名前を間違える狩人がいるか! 貴様、妾を舐めておるな⁉︎」
憤慨する吸血鬼(自称)。案外煽り耐性が低いらしい。これなら簡単に罠に引っかかってくれると見た。しかし言動が痛い。名前も痛い。さっきからこっちの敵愾心をゴリゴリと削っていく。
「まぁ、良い。それで? 妾を狩りに来たのだろう、人間風情が。そんなのは何人も見てきた。そこにいる肉塊共もそう、妾を狩りに来て、返り討ちにしてやった。貴様と同じ制服を着ているが、知り合いか?」
吸血鬼、レーヴァテイン……どっちも呼びたくないな。金髪美女が指をさした方向には俺と同じ制服が散らばる地面に放置された、赤黒い肉の塊があった。どれも原型を留めておらず、辛うじて頭だけが複数転がっている。見たところで顔を覚えている知り合いは少ないのだから、確認する必要もない。どれも赤の他人だった。
「喰ったのか?」
「あぁ、美味だった。まったく、子供というのはいい。血液がまだドロドロとしていない時期でな。おまけにあっちから喰われにくるから、動かなくても待っているだけで餌がやってくるというのは良い給仕係だ」
吸血鬼というにはいささか違う種族の怪物に分別されると思うが、その狂気は常人にはないものがある。やはり、こいつもあちら側の生き物だと再認識させられた。吸血鬼レーヴァテイン。厨二病のような言動だが、相応の経歴が伴えばそれは本物だろう。
こいつは、人類の敵である。
「長話も過ぎた。それにまだ喰い足りぬ。そこの肉塊共のせいで力を使いすぎた。貴様を締めとしよう」
「そうかい。そいつは恐ろしいが、ひとつ勘違いをしている」
「なんだ? 命乞いか」
「今から勝負をする、戦うと思っているだろうが、それは違う。カタはもうーー着いている」
指を鳴らして合図をする。同時に、トンネルの入り口と出口から轟音が鳴り響いた。
「なーー正気か貴様。逃げ場を塞ぐとは、自殺と同義だろうに」
「なに言ってんだ。なんの対策もしてないわけないだろうが」
手に持った拳銃を金髪美女に向け、躊躇なく発砲する。こういう武器は苦手なのだが、使わないと次に移行しないので仕方ない。
銃弾は奇跡的に金髪美女の額ど真ん中を捉えた。そのまま後ろにあっけなく倒れていくーーが、それで終わりならば苦労しない。
「こんなもので妾を殺すだと? はっ、笑わせるなよ、小童が」
そこにはもう、人間の姿をした美女はいない。
無数の蝙蝠に分裂し、増殖し、拡散していく。
「これが、お前の能力か。確かに、吸血鬼らしい」
『余裕だな。この姿の妾は不死身に近いぞ。細胞一つ一つを下僕にしているこの身は、無数に近い命だ。一匹でも残っているなら再生できる。いくら殺したところで妾は殺せん』
「へぇ……それはどうかな」
油断しきっている。
一匹くらいなら殺されても平気。そう調子付いている今なら、楽に一撃を与えられる。
『トンネルを全壊させるか? 無駄だ、下手に密室になりそうな所になどいない。保険はちゃんとかけているからな』
「だろうな。まぁ、関係ないが」
『なに?」
近くにいた一匹を鷲掴み、もう片方の手でその胴体を貫く。
「別にいいんだ。お前が何匹いようとも、何匹殺しても生き返ろうとも、保険があっても、そんなことは関係ない。たった一撃、与えられれば俺の勝ちなんだ」
『なにをーー⁉︎ が、ぁあああああああ‼︎」
悲鳴を上げながら、蝙蝠たちが収束していく。それは人の形になり、終いにはさっきの姿に戻った。よろけ、ふらつき、必死に胸の辺りを押さえている。
「な、にを……したぁっ……!」
「別に、急所を突かせてもらっただけだ」
ただ単に、それだけ。
結局のところ、幻影でもなく身体の一部なのだから、極めて小さなダメージでも、ちゃんと入っている。それならば、こうやってーー
「弱点を作ってそこを突いてしまえば、殺せる」
金髪美女の目が見開く。口をパクパクさせ、しかしそこからは言葉ではなく、大量の血液が溢れた。
「ちなみトンネル爆破は保険。万が一にも極少数で反対方向に逃げられたアウトだったから。ま、お前の性格なら無意味だったと思うけど」
「きさまぁ……っ、ま、さか、あの女の遺し形見か……道理で、そんな姿をして、その口調……」
「あいつを知っているのか。その口ぶりだと、姿までは知らなかったのが運の尽きだな。知ってたら、警戒はしただろうに」
悔しそうに鬼の形相で睨みつけながら、こっちに歩いてくる。
「ころし、てやる……ぅ、殺してやる……っ!」
「無駄だ、お前の体はもうほとんど死んでる。あと数秒で絶命する」
「ちくしょう……ちくしょうっ! 妾が、こんな、人間風情にぃ……っっ‼︎」
悪いな、人間で。
今の俺の体は化け物だけれど、それは慰めにならないだろう。
安らかに眠ってくれ、吸血鬼もどき。
「いやだ……死にたくない……死にたくなど……っ。後生だ、たすけてくれ……頼む……っ」
「……」
「たすけて、くれぇ……たすけて」
「もう時間だ。さようなら、吸血鬼レーヴァテイン。いや、木下明美さん」
せめてもの情けで、その首を手刀で刎ねる。吸血鬼は絶命し、それが蝙蝠に変わることもなくなった。
これで仕事は完了だ。
「ふぅ……しかし、参ったな。こうなるんなら、トンネル爆破しないほうが良かったかもしれん」
念のため無線機を出すが、さすがに繋がらない。どうやって脱出するかは考えていなかった俺のミスだ。
そう考えていると、瓦礫がどんどんと独りでに不自然な動きで、まるで神の手が働いているかのように崩れて行く。それは穴ができるまで続けられ、そこからひょっこり仲間が出てきた。
「……無事?」
「あぁ。これ、恋か?」
「うん……言ったらしてくれた」
さすがラッキーアイテムの妹。いつもお兄ちゃんの危機を救ってくれる。
「助かったよ」
「アフターサービスは追加料金」
「商売根性……」
棒読み具合の酷い喋り方をする唯一の仲間が、手を差し出しながら金を要求する。
「……ツケで」
今は財布を持っていない。何故なら財布を入れるにはポケットが小さいのだ。このーー
ーースカートというものは。