となりの カミサマ。
初めて書く短編です。
短編と言いつつも長いので、最後まで見てくれた有り難いです。
「カミサマです。よろしくお願いします。」
転校生はそう言ってペコリと頭を下げた。
静寂。
僕が彼処に居たら、そりゃあもう どキツい静寂だった。
名前も趣味も名乗らず ただそう自己紹介して、教室の中で唯一空いている僕の隣の席にストンと座る。
周りは案の定ヒソヒソと会話していた。彼女は全く気にしてる様子は無い。
顔は、まあ…ソコソコ良い方だ。でも漫画とかでお決まりな“ハッとするほどの美人”じゃないし、
このくらいのレベルなら そこら中いるだろう。表情は相も変わらず。
(これは…もう、)
関わらないのが、一番よさそうだと判断した。
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「ねえねえ~えぇっと、“カミサマ”だっけ~?」
キャハハッ!と無邪気に笑い、案の定 目立ちたがり屋の女子達がやってきた。
「何。」
しかし“カミサマ”は動じず。
「あ、えっと…初日なんだから、あんまりウケ狙わない方がいいよぉ?さっきも超ドン引きされたじゃん。」
「私達だって慣れてる側なりに緊張してるんだからさっ!ほら、本当は名前なんて言うの?」
「カミサマ。」
机から取り出した本を読みながら それだけ応えて、「もう終わった?」とでも言いたげに女子群を
チラリと見る。
「ウケなんて狙ってない。これが私に与えられた唯一のモノなの。貴方はソレに不満でも?」
「なっ…!」
「もう良いよ、放っておこう。」
1人がクイッと袖を引っ張り諦めた風に離れていく。
キレそうになったクラスメイトは、何故かこちらをチラリと見て馬鹿にしたようにクスリと笑った。
「かっわいそ~、こんな奴の面倒をしばらく見ないとイケないなんて。せいぜい頑張ってね、ク・ウ・キ♪」
“クウキ”。それは僕のあだ名だった。
幼い頃から両親を亡くした僕は友人すら上手く作れず、手を差し伸べてきた輩にも警戒心は絶やさない。
親もいない。友達もいない。
教室で欠席した僕を心配するのは、職業柄そういう役である教師くらいだ。
いつもはそんな事気にしない。けれど…
「黙れ。」
“カミサマ”は怒ったようにその女子を睨み付けた。
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「あのさあ、」
帰り道、我慢できなくなって僕は後ろを振り返った。
「なんでアイツを怒らせるような事したワケ?本名がコンプレックスとか?」
「だから本名はカミサマだって。それにあんたも名前、教えてくれない。」
ずっと後ろを付いてきていた“カミサマ”が不満そうに言う。
赤いランドセルがよくお似合いだ。
「僕は自分の名前なんか、とっくに捨てたの!もう好きに“クウキ”って呼べばいいじゃん。」
僕には、僕を名付けた親もいないし、だいいち名前を呼ぶ人がいない。
だから名前を捨てた。今は深い海の底にでもへばり付いているんだろうか。
「ん~…分かった。あんたが言うなら仕方ない。ねえクウキ、」
質問があるんだけど、とカミサマは言った。
「クウキは、いま“ネガイ”が叶うとしたら なんて言う?」
黒い瞳にチラリと無邪気の色が見え、首を傾げるカミサマに向かって溜息を付く。
「別に。なんにも。」
「えっなんで?ヒトは必ずネガイを持っているんじゃないの?」
「知らないよ僕は……でもじゃあ、とりあえず缶ジュース一本貰って帰って貰う。」
「はい。」
ポン、と手のひらに缶ジュースが押し込まれた。
ヒンヤリとした感触に、思わず驚きで固まってしまう。
「えっ。どこからコレ…?」
「カミサマだから。」
常識を教えるみたいに、しれっとした顔でカミサマはそう応える。
「で。これがホントウじゃないんでしょ?クウキのネガイは何なのさ?」
「…そんなコト、知らないよっ!」
何なんだアイツ。
いきなり現れて、なんなんだ。
「待って!」
立ち去ろうとした僕にカミサマが声を掛ける。
「じゃあ、また明日!明日会おう!!」
その時の眩しい笑顔に、僕も思わず「うん」と頷いてしまった。
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次の日になっても、カミサマは言った通り僕の後を付いてきた。
一日に一回、ネガイを聞いてきた。
皆もおかしなカミサマに慣れてきて、3日経った。
一時間に一回、ネガイについて話し出した。
四日経って、カミサマにも少しばかりトモダチが出来た。
顔を合わせるたびに一回、ネガイを問いただした。
最近 天気が良くて何よりですと、センセイが5日目に言った。
何かを願うように、カミサマは「ネガイを」と叫んでいた。
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「カミサマ?何してんの、こんなトコで。」
「あ、ひっく…あぅ…」
僕とカミサマの秘密基地のようになった神社に、膝を丸めて泣いている。最近ずっとそうだ。
「クウキ…ッ の、ネガイは、何…?」
「またソレ?ん~…じゃあとりあえず泣きやんで。」
「そうじゃない!!」
突然出した大声に、情けなく体を縮こまらせた。
「毎晩 夢に唸らせられるの…クウキが、クウキの声で、「助けて」って…」
「カミサ…」
「でも私は何をすれば良いか分からなくて、何も出来ないまま突っ立ってる…。
ねえ、クウキは何をして欲しいの?何を求めて私の隣にいるの?
全部…全部叶えてあげるから、お願い、もうそんな哀しい顔しないでっ…!」
僕は、無力だ。
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もうどのくらい、神社に居ただろう。結局 あの時何も言えずに別れただけだった。
僕がカミサマに助けを求めている?何に対して?
名前を捨ててまで、もうとっくに何もかも諦めたじゃないか。
ある日ふと、教室で自分が『いないもの』になってしまったとしても。
(…分かんないなぁ。)
自分が何者で、何がしたくて、何故 此処にいるのか。
そもそも、自分の小さかった頃の思い出も、親の顔も覚えていない。
僕って、狂ってるんだろうか。
曖昧なまま、消えてしまうのだろうか。
(まあ、それもそれでアリだって思ってる自分は、どうかしちゃってるよね。)
ふっと小さく笑い、顔を膝に埋めた。
雨が降っている。僕のカラダを冷たくしていく。
「…クウキ?何してるの?」
顔を上げると、青い傘を差したカミサマがいた。
不思議そうな顔をしているけれど、目がうっすら赤くなっている。
僕はソレを見ないフリして「別に」と応えた。
「ただ、分からなくて。僕は何者なのかなって…」
「…………。」
しばらく黙ってカミサマは、「もう返すトキかもしれない。」と蚊の鳴くような声で言った。
「え?なんか言った?」
「あっううん!何でもないの!! 」
慌てたようにブンブン首を振ると、「じゃあ!」と傘も忘れて走っていこうとした。
「ちょっ、待って!」
ピタリ、と動きを止める。
僕は息を吸って、思いっきり言った。
「明日、またね!」
彼女は少し驚いて、それからちょっぴり泣いて、「うん、明日」と言って立ち去った。
約束した次の日。
カミサマは現れなかった。
『あした、またね 』
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「カミサマ?」
目の前の女子は怪訝そうな顔をして、僕をジロジロ見る。
「頭でもおかしくなったんじゃない?」
「ちっ違うよ!いたでしょ?! 転入して変な自己紹介した子!」
「はあぁ?転入生なんて、低学年の時やってきた地味な男子くらいしか いないじゃん。
私、あんたに付き合ってる暇ないし、キモいから。」
やってらんない、と席を立ち去る女子の背中を見て、僕の心臓は確かに早く動いていた。
カミサマが、この教室から消えた____?
「っ!」
「ちょっと、何処行くのよ!これから授業よ?!」
学校を出て真っ先に神社に向かう。
ウソだ、そんな事。
だって一昨日まで確かに、となりにいたじゃないか!
「カミサマっ、カミサマ!」
僕は狂ったように名前を呼び続けて、色んなトコロを探し回った。
「カミサマ!」
頭がガンガンしても、足が痛くなっても、息が苦しくても、雨が降り続けて、服が泥だらけになっても。
『_クウキは、いま“ネガイ”が叶うとしたら なんて言う?_』
「 …会いたいよ、カミサマ… 」
_____その時 ふわり、と青い傘が差し出された。
少女視点として「となりの ウソツキ。」という短編もうP致しました。
解説もあるので良かったら合わせてどうぞ!