17
青年はアルバと名乗った。おかげで、五年前に死んだ親友のことが嫌でも思い出される。ロドルフォの中はすぐに悲しみと憎しみで一杯になり、冷静さを取り戻すのは困難を極めた。結局は冷静になれなかったのかもしれない。
アルバと名乗る青年に言われるがまま、ロドルフォたちは町の外れにある森の入り口でアルバが魔物をつれてやって来ることを待つことになった。何かがあったときのために、近くで隠れながら見守るとロドルフォは言ったのだが、彼は「そんなことをすれば魔物が警戒してしまう」と言って聞かなかった。「足には自信がある」とも言われた。更に追い討ちをかけるように「余計なところで心配して失敗されても困る」だの「今まで生き残れたんだから大丈夫」だの言われた。そこまで言われると返す言葉もない。
「……ロドルフォ。気持ちは分かるが私情を挟むなよ?」
「……わかってるつもりだ。それに、あいつはもういない。分かってる」
アドルフォの言葉に、ロドルフォは「分かってる」と何度も繰り返し言った。まるで自分に言い聞かせるように。
それでも名前が同じ彼を必要以上に心配してしまうのが感情というもの。騎士失格だ、と自己嫌悪に陥りつつ、ロドルフォは青年を待った。
やがて青年がやってきた。全速力で、後ろから追ってくる魔物の群れから逃げている。それでも彼と魔物の距離は広がらず、かといって縮まることもなかった。走り疲れて動きが鈍ったところを襲うつもりなのだろうか。
「こっちだ!」
そう言ってロドルフォは青年に手を伸ばした。それと同時に、アドルフォが投げた閃光手榴弾が光を放つ。一瞬辺りを白が支配し、不意をつかれた魔物たちは目が眩んで動けなくなった。その隙にロドルフォが青年を安全な位置までつれていき、アドルフォが群れを爆破。残りは周りに潜んでいる騎士たちが一気に叩く。そういう作戦だったのだが、
「……ごめんなさい」
そんな声と共に、鋭い痛みがロドルフォの右腕を襲った。ロドルフォの手の力が緩んだ隙に、青年は手を振り払って魔物の方へ一歩、二歩と駆ける。
完全に虚をつかれた騎士たちは動けない。アドルフォはもう爆破の準備を済ませてしまっている。青年が爆破から逃れる術はもう、ない。
「こんな形で、ごめんなさい。さ、一緒に逝こう」
そう言って青年は群れの先頭にいたミニドラゴンの首に自分の腕を絡めた。その青年の顔は、笑っているように見えた気がする。笑っていたのかどうか、確認する前に群れは爆破され、青年は木端微塵となってしまったため真偽は定かではないが。笑っていたとしたら、ロドルフォの気はいくらか楽になったかもしれない。しかし、それももう遅かった。
予想に反して、爆破のあと残ったものはなにもなかった。みんな木端微塵になってしまった。弱すぎる。ミニドラゴンやゴーレムなどがいたのだ。もう少し固くないだろうか? なんて疑問は、割とどうでもよかった。皆、青年が死んだ衝撃の方が強かった。強すぎた。
「双子の立ち回りが見れなかったのは残念だが……しかし、お見事である」
誰もが黙り、動けないでいた。そんな中で、パチパチパチ……と、場違いなほど呑気な一人分の拍手と共にそんな声が聞こえた。
「……? 誰だ? その格好からするに都の騎士団っぽいが……」
「いかにも。私は王家直属。数年後にはこの国の騎士団のトップになっているはずである。フィーニス・アルビトリオだ。名ぐらい覚えて損はないであろう」
とても偉そうな口調のそいつは、どう見ても十五歳のガキだった。この場にいる誰よりも若い。いや、幼い。
「会えて光栄である、『スケールモデルの鬼士』に『爆ぜる馬』。負傷者を出さずに魔物を片付けるとは流石である」
相変わらず偉そうな口調だが、すこしはしゃいだようにフィーニスは言った。その中には年相応の幼さが見栄かくれしている。口でなんと言おうが、やはり子供なのだ。実年齢は分からないが。
「いや……」そんなフィーニスの言葉に、呆然と立ち尽くしていたロドルフォがゆるりと首を振った。「俺が右腕に喰らっちまってる。……それに、一人助けられなかった」
ロドルフォは青年に刺された大振りのナイフを抜こうとせず放置していた。お陰で出血がナイフによっておさえられているが、見ていてとても痛々しい。零れた血が腕と地面を濡らしていた。
「しかし、助けられなかったと言う彼は自ら死ににいったのではないか? 私にはそう見えたのであるが」
「…………」
「自殺するものを思い止まらせる力はないというのは残念であるが……まあ、それは私たちの仕事ではない。そんなことよりも貴様は害虫駆除を誇りに思えばいい。なに、嫌みではない。最小限の武器で終わらせる。私の下においておきたいくらいである」
彼の言葉にロドルフォは何も答えられなかった。確かにフィーニスの言う通り、青年の行動は自殺ととらえていいだろう。そこまで面倒を見る筋合いはない。しかし、彼の自殺の理由があの魔物たちにあるのなら。それは自分たちがもっと早くにここに来られなかったからではないのか。何より、彼の手を離して自殺をさせてしまったのは自分だ。やはり、非は自分に……と、ロドルフォは自分を責めていた。責めてもどうにもならないと、あの日痛みをもって学んだはずなのに。