16
要請を出してきたのはヴィッティマという小さな町だった。トリパエーゼからだと微妙に遠いが、モルトゥアーリオからならなんとなく近い。そんな距離にある町だ。
ロドルフォは要請を出してきたのがヴィッティマだと聞くと、一瞬苦虫を噛み潰したような顔をして、それから鬼気迫る表情になり、騎士たちに全速力でヴィッティマに向かうよう言った。
ヴィッティマはフィネティアの中では少し特殊な町だ。まず、ヴィッティマは町の規模の小ささが故に騎士団を持たない。作るべきだという話はあったのだが、人数が集まらなかった。山の中にぽつんと隔離されたように作られた町なので、近隣の町との合同騎士団というわけにもいかない。
つまり、ヴィッティマには現れた魔物に対抗する手段がほとんどないということである。
「生存者を探せ! 手遅れになる前に早く!」
町が見えるなりロドルフォがそう叫んだ。その指示にしたがって、馬に乗っていた騎士は馬の走るスピードを上げ、馬車に乗っていた騎士は町につくと一斉に馬車から飛び降りて町中を走り回った。
モルトゥアーリオとは違い、酷い悪臭はしない。山の中であるからか、とても澄んだ綺麗な空気だ。まだ町の人は食われていないかもしれないという希望が芽生える。
「ここにいてください。もう、大丈夫ですから」
「おい! 怪我人だ!」
「副団長、今は子どもの世話……任せない方がいいですよね?」
「団長! あっちにミニドラゴンが!」
「こっちにはゴーレムが!」
「南部、生存者は全員保護しました」
「西部も完了しました」
「東部は魔物が多くて……。安全を優先しました」
町中を走り回っていた騎士たちが戻ってくると、次々とアドルフォとロドルフォに報告をした。可哀想に、幼くして親を失ってしまったらしい子どもの頭を撫でながらロドルフォは魔物の処分の仕方について考える。
モルトゥアーリオでは生存者が居なかったため、町の中で派手なことができたが、ここではそうもいかない。町人たちの安全が第一だし、彼らはこれからもここで暮らす筈だからだ。そうなると魔物たちを町の外へ、しかも生存者とは鉢合わせないように誘導しなければならない。流石に生存者たちがいる前で死体を拝借して餌にするなんて不謹慎な真似は出来ないため、別の方法を考える必要がある。
「さて、どうしたもんかねぇ……」
自分たちが囮になってもいいが、果たして魔物たちは明らかに武器を持った騎士たちに釣られるだろうか。あまり期待できそうにない。獲物というよりも、危険因子ととらえて隙もなく攻撃されてしまいそうだ。下手したら殺される。
魔物たちと正面からの衝突は避けたい。不意打ちでもない限り、勝つことが難しいと予想されるからだ。騎士たちにだって帰る家と家族がいる。それを奪うような真似をロドルフォはするつもりがなかった。むしろ、それらを奪うような真似をする輩を地獄の果てまで追いかけて潰すつもりだ。イケニエ事件で娘を失う前からロドルフォはそう考えている。娘を失ってからはその気持ちが一層強くなった。
「あ、あの」
「どうした?」
難しい顔をしているロドルフォに、一人の青年が話し掛けた。青年は人見知りなのか妙に落ち着きがない。
「ちょ、ちょっと話を聞いちゃった、んですけど」
「おう?」
「ま、魔物を誘導するための、囮が必要なんですよね? あ、えっと、騎士様は僕たちを守ってくれるんです、よね?」
そこまで聞くと、青年が言おうとしていることが分かってしまった。だからロドルフォは「落ち着け。そんなことを考えるな」と青年を宥めるように言う。何を見たのか分からないが、正気ではなくなってしまっている。そう判断したのだ。
「ぼ、僕は大丈夫、です。へ、下手したら死ぬって、分かってるつもり、です。でも、このままだと僕たちが避難しなきゃいけないかもしれないですよね? ぼ、僕たちは、ここに住み続けたいんです。だから」
どういうわけか必死な青年の考えは分からない。ロドルフォは青年に一種の恐怖を感じていた。
しかし、最終的にロドルフォは根負けしてしまうことになる。そして、青年を囮にした作戦が実行されることになった。