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作戦はすぐに決行された。
そして数分とたたないうちに、町の奥の方でパンツを持って逃げる騎士と、奪われたパンツを取り返そうと追いかける魔物の鬼ごっこが展開されていた。魔物も騎士も必死である。
「パンツに勝てないのは魔物も同じなんだな……ところで、なんで今回はこんな作戦なんだ? 武器を温存する必要なんてあったか?」
小麦粉の準備をしながらアドルフォは訊ねる。同じように小麦粉の準備をしながらロドルフォは簡単に答えた。
「すぐに別の場所から要請が来るかもしれないからだ」
「それはあり得るな」
「一旦帰れない可能性もある。後々武器がなくなったら困るからな」
それでだ。そう言ってロドルフォは視線を遠くへ移した。そこには逃げる騎士と、生卵まみれになって若干キレ気味の魔物たちのおいかけっこが行われている。
「だからって流石にふざけすぎじゃないか? 俺にはふざけてるようにしか見えないんだが」
「現場で物を調達した結果だ。それにパンツ云々はお前が言い出したことだろ?」
「まさかあのときの話を実行するとは思っちゃいねーよ……」
あれは場のノリで出た冗談だろ……と、呆れたようにアドルフォは言った。ロドルフォが至って真面目な表情で言うため、本気で言っているのかそれとも冗談なのか判断しかねる。アドルフォは地味に困っていた。ただし手は休めない。小麦粉の準備を終えると今度は弓の準備を始めた。武器を温存するとは言ったものの、これだけは使うようだ。
「おっと、お喋りは終わりみたいだな。鬼ごっこが終わってかくれんぼになった」
「遊びって認めてんじゃねーか」
「頼んだぞ」
アドルフォの突っ込みを無視すると、ロドルフォはそれ以上なにも言わなかった。じっと下の様子を見守りながらその時を待つ。
やがて、騎士を見失った魔物たちが、予め用意しておいた死肉の方へ群がりだした。多少運動して腹が減ったのだろう。
ロドルフォは餌をちらつかせろとしか言わなかったが、騎士たちは更に頭を使って魔物たちが群れやすくなるよう走りながら肉を配置したようだ。いい具合に魔物が集まっている。
更にそこへパンツ隊もやって来た。パンツ隊は魔物たちの群れを見ると、そこへ持っていたパンツを投げ込んで一目散に逃げる。パンツを追っていた魔物は騎士とパンツ、どちらを優先するか少し悩んでからパンツを取りに群れの中へ突っ込んでいった。
「いまだ!」
ロドルフォの声を合図に、民家の屋根の上で待機していた騎士たちが一斉にパチンコで小麦粉を打ち上げた。大量の小麦は空中に漂い、下にいた魔物たちの視界を奪う。
「伏せろー!」
今度はアドルフォが叫び、引き絞った弦を一気に解き放った。矢は小麦粉の白い煙の中へ入り、向かいの民家に当たる。
瞬間、小麦粉が舞っていたところを中心に派手な爆発が起こった。
粉塵爆発。気体中にある一定の濃度の可燃性の粉塵が浮遊した状態で、火花などにより引火して爆発する現象。アドルフォの放った矢が当たったあの壁は、火打ち石に使われる石が混ざった壁だった。そう、大量の小麦粉と矢は粉塵爆発を引き起こすためのものだったのだ。
魔物が死肉が土が石が家が塀が爆発の衝撃で吹っ飛ばされる。ロドルフォとアドルフォのいた家も崩れ、二人は瓦礫の山へ落ちた。
「いってぇ……遠くから弓やればよかったか……」
「お前の腕だと外すだろ」
自力で瓦礫の山から這い出すと、二人はそんなやり取りをする。元気そうだ。
「まあでも、一匹残らずぶっ飛ばせた」
「そうだな。俺ら以外は爆発の被害も受けてなさそうだし」
ロドルフォとアドルフォは合図のためすぐ近くの民家の屋根にいたのだが、他の騎士たちはパチンコを使ったためもう少し遠いところにいた。そのため爆発の被害をあまり受けなかったのだ。精々、風や衝撃波に煽られた程度だろうか。
「団長! 終わったばかりですが他の町から要請が……」
「ほらな。俺の言った通りだ」
駆け寄ってきた騎士の報告を聞いて、ロドルフォは立ち上がりながら即座に言った。その声は決して自慢気なものではなく、とても静かなものだった。
「温存したから武器はたっぷりある。次も一匹残らず潰すぞ」
歩きながら静かな声でロドルフォは言う。アドルフォには、その背中に復讐の影がとりついているのが見えた。