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三年前に起こったあの事件。多くの人々を犠牲にしたあの魔術はネージュの見立て通り、何らかの大きな魔術を発動させるために贄を取り入れる段階のものだった。故に、その後あの事件は『イケニエ事件』と呼ばれるようになった。
イケニエ事件はトリパエーゼだけでなく、フィネティア全域でほぼ同時に起こった。トリパエーゼには幸か不幸かネージュがいたために被害をおさえることが出来たのだが、他の箇所ではそうはいかなかった。まず、ネージュのような魔術や魔物に太刀打ち出来るような種族が暮らしていなかったのだ。結果、多数の被害者が出てしまった。被害者のなかには王族も含まれており、事件からしばらくのあいだ、国民は悲しみにくれた。
当然のように、その悲しみはいつしか犯人への憎しみへと変わっていった。
国中が犯人の捜索を求め、処刑を求めた。家族を殺された王族は当然国民の声に応え、騎士団を総動員し捜査を始めた。フィネティア各地の被害地域を調べるため、まずは被害地域の無害化をしなければならず、捜査は難航した。それから三年。三年という年月をかけてやっと大まかな結論を出すに至った。魔術の知識がほとんどないフィネティアにしては頑張った方だろう。
犯人についてだが、やはりというべきかシャンテシャルム人であるという線が濃厚だった。シャンテシャルム以外にも魔術を使う国はあるにはあるのだが、イケニエ事件の魔術は規模が大きすぎる。それなりの知識と力がなければ発動することすら叶わない。更に、魔術というのは大きければ大きいほどデリケートで扱いが難しくなるため、遠隔操作もしづらくなる。結果、近隣の国で大規模な魔術を使える国はシャンテシャルムしか残らなかったのである。
しかも、シャンテシャルムとフィネティアの間には幾度となく大きな戦争が起きている。ライバルのような関係。と言葉で表せば可愛いものだが、実際は何かがあればすぐに爆発出来るほど危うい関係だったのだ。疑いの目がいくのは当然である。
「ま、向こうは否定してるけどな」
「一度戦争が起こると芋づる式に他の国が釣れるもんな。この事件が原因ならシャンテシャルムは潰されるだろうし」
怖いもんだねぇ。と、他人事のような呑気な口調で言うと、アドルフォはグラスを傾けた。
「発動させようとしてた魔術だが……なんとなく絞れたらしい。とりあえず今上がってるのは『人間を魔物に変える魔術』と、『絶対服従の奴隷を創る魔術』と、『魔物を生み出す魔術』だな」
「どれも嫌な魔術だな」
「人の命使ってんだ。その時点で嫌な魔術に決まってんだろ」
吐き捨てるようにロドルフォは言った。
「まあなんだ、調べてやっと分かったってことは何処も完成してなかったんだろ? それは良かっただろ」
グラスをおいてつまみに手を伸ばしつつアドルフォが言った。それを見て「よく食うな」とロドルフォは苦笑した。
「……お前はさ、やっぱりシャンテシャルムを恨むか?」
シャンテシャルムの仕業って前提の話な。と前置きをしてからアドルフォは問う。その問いにロドルフォは迷うことなく「当たり前だ」と即答した。
「正直なところ、同じ思いをさせてやりたい……シャンテシャルムを潰したいと思うくらいには恨んでる」
双子だからだろうか。ロドルフォは自分の内側にたまったどす黒い感情を隠そうともせずに吐き出した。ただ、吐き出しただけでは終わらない。「だがな」と話は更に続いた。
「俺たちはシャンテシャルム人であるネージュに救われてる。その恩は絶対に忘れちゃなんねえ」
「どうしたらいいんだろうな」だいぶ酔いが回ってきたのか、感情をボロボロと溢しながらロドルフォは言う。「全部ぶっ殺したいぐらい憎いのに、ネージュのせいで憎みきれないんだ」
「…………」
揺れ動く感情の狭間でロドルフォは苦しんでいた。アドルフォはそんなロドルフォになにも言えず、ただ黙って酒を飲んだ。