クリアライフ4.5―――夢―――
わたしの夢は母のような人になることだった。もともと裕福な家庭であったわたしだったが母は掃除や洗濯、料理等は自分で全部やっていた。どうしても手が回らない時だけ家事代行サービスを頼んでいた。それに母は優しく楽しい話をわたしにいっぱいしてくれた。そんな母みたいな人になるのがわたしの最初の夢だった。
でも、ある日なにもかもがなくなった。父の会社の倒産。借金を残して勝手に去った父。ほぼ毎日来る借金取り。借金はたちの悪い所からも借りていたらしく彼かがきた時は恐怖だった。そんな時母は優しくわたしに笑いかけて、大丈夫と励ましてくれた。その母は毎日遅くまで働いて、みるみると痩せ細っていった。
そして、母にここなら安全だといわれ孤児院につれていかれた。夢は、その瞬間消えていった。父のせいでできてしまった母のあの苦しそうな顔をみて辛く悲しくなったから。
次に出来た夢はお姉ちゃんと暮らすことだった。卑屈になりかけていたわたしに笑顔をくれたのがお姉ちゃんだった。
でも、その夢も花のように儚く散っていった。お姉ちゃんが死んだ。嫉妬の炎の瞳が奪いかけたわたしの命を与えてくれて。
だから、次の夢はすぐに決まった。お姉ちゃんを生き返らせると。はたからみたら夢物語もいいところだ。馬鹿馬鹿しいと一蹴されるかもしれない。でも、わたしは本気だった。その為に制限の無い魔法を求めた。なにか、策があるかもしれないから。でも、その夢も消えていった。ある人物のせいでわたしは任務に失敗した。その瞬間は終わりが見えたような気がした。いっそのことこのまま殺されてお姉ちゃんのもとにいきたいとも思った。でも、彼は殺さなかった。絶望のなかにいたわたしに手をさしのべた。暗い深海のなかににいるわたしに光を与えた。また、わたしに笑顔をくれる人が出来た。彼ならすべてを受け止めてくれるそんな気がして。
だから、わたしの今の夢は彼と一緒に過ごすこと。彼と一緒に笑うこと。そして、彼の一番近い理解者に支えることが出来る人になること……
「ミントー!!!!」
わたしの手を強く握りしめて冨本秀一君が叫んだと思ったらそのままわたしに全てを預けるかのように倒れこんだ。
理解が追い付かない。仲間だとわたしの友人と信じていたミント=クリア=ライトさんの裏切り。信じたくない。でも、これが真実なの……
「あっ」
膝にあたる液体を感じてわたしは我にかえる。この液体は血だ。
「まずは、秀一君をなんとかしないと……えっと、でも回復魔法も転移魔法も使えないし……」
パニックになりかける頭をどうにか働かせる。とにかくここから移動させなければ……でも、わたし一人の力で秀一君は運べないし。だれか……魔法を知っていて協力が出来そうな人……そんなの……!!
「いる」
わたしは二人の人物を思い出す。
「ごめんね」 一声かけて秀一君のポケットをさぐり携帯を取り出す。
えっと……電話番号は……あった!!アドレス張からその人物の名前を見つけ出しクリックする。早く出て!!
「…………もしもし?冨本?」
出た!!
「もしもし、石田君!?」
「えっ!?あぁ、その声星野か?」
「うん、わたし!!」
ある、人物……そう、クラスメイトの石田湊人君と福田海斗君だ。
「えっと……急で悪いんだけど、この前魔法を見せた廃ビル分かるよね?」
「お、おう」
「そこに、福田君と一緒に来て!!大至急!!」
「ま、待てよ。どういう事だ?」
困惑した声をあげる石田君。
「えっと、ゴメン。上手く言えない。でも、後で必ず説明するから。秀一君が……大変なの!!」
「なっ……分かった。すぐいく。十分もあったらいけるから待ってろ」
ピッと携帯を切る音が聞こえる。助かった。石田君が話がわかる人で。
えっと……その間にわたしが出来ることは……
「これぐらいしか出来ないや……星の召喚、星座、水瓶座」
魔法を発動させてからわたしはハンカチを取り出す。
「水瓶座、このハンカチをキレイな水で濡らして」
わたしのたのみにこくりと頷いてハンカチを湿らせてくれる。
「ありがと……魔法削除」
わたしは魔法をとき濡らしたハンカチを怪我している部分に押し当てる。すると、すぐに真っ赤に染まっていくハンカチ。
「……っ」
こんな時に治癒系統の魔法が使えないしのが悔しい。でも!!
「脱け出せぬ闇」
わたしはハンカチを押し付けたまま魔法を唱える。すると、血液が外に流れ出さなくなっていく。成功だ。この魔法は同じ空間、時間をループさせる魔法。今回は空間をループさせて血液が外に出ようとしたら血管に戻るようにしたのだ。これで血液を失わずにすむ。
「お〜い!!星野〜!?」
「来たぞ〜?」
「石田君!!福田君!!」
わたしは片手を挙げて二人を呼ぶ。
「はぁはぁ、で、どうし……冨本!!」
「お、オイ!!」
秀一君に気づいて絶句する二人。
「なんで、こんな事に……って、それより早く救急車!!」
「ダメ!!」
救急に連絡しようとする福田君を止める。
「ダメって……なんで!?」
「分かってると思うけどこの傷は魔法によるものなの。もし、通報したら魔法の存在が明るみに出るから、危険」
「んなこと、いってる場合じゃねぇ―――」
「いってる場合なの!!」
石田君が言い終わらないうちに言い返す。
「そっか……もしかして、敵に闇討ちされないためか?」
「そう」
福田君は秀一君のそばにしゃがみこんで状態を確認しながらいった。
「どういう事だよ?」
「魔法によって傷を負ったということが意味するのは一つ。誰かが魔法を放って冨本を傷つけたということだ。つまりは、敵がいるということになる。そして、冨本達は墮天使と戦っている。ということは……墮天使が冨本に攻撃したということになる。違うか?」
「うん、そうだよ」
「それが、救急に連絡しないのとなんの関係があんだよ?」
少し苛立ったように石田君がたずねる。
「つまりだ、救急に連絡するということは病院で入院は必須になる。そして、病院だと俺達、ただのクラスメイトという関係性の学生が面会時間外に冨本の護衛につくという事が難しくなる。敵からしたら、絶好のチャンスというわけだ」
「っ!!そっか」
納得したように押し黙る石田君。
「それに、魔法の漏洩は墮天使にとっても芳しくないから魔法の存在をしったものを確実に仕留めていくと思うの。そうなったら、関係無い人まで被害にあってしまうし」
一応補足を付け加える。
「でも、どうしたら……」
「石田君、福田君。とりあえずなんだけど秀一君を運ぶの手伝ってくれないかな?わたし転移魔法使えないから」
「えっ?それなら、ミン―――そういうことなのか?」
途中でなにかに気づいたかのように息を飲んだ福田君。
「……とにかく、運ぶのを手伝って。人目につかなくするぐらいならできるから」
あえて、福田君の問いに答えずに言った。
「分かった。おい、福田。後ろから手伝え」
「……あぁ」
石田君に指示されて石田君の背におぶさっている秀一君の背中をささえて落ちないようにする。
「二人とも今から魔法をかけるからね。闇の物質」
わたしは静かにそう告げた。
「……ん?これで、大丈夫なのか?」
なにも変化が起きていないので訝しげに石田君が声をあげた。
「うん……ほらっ」
わたしは携帯のカメラで自分達を映そうとするがそこにはなにも映らない。
「ホントだ……じゃぁ、いくか」
それを確めて歩き出す石田君。
「あっ、待って。」
「ん?」
「注意事項として、なんだけど……わたしの周囲二メートルから離れないで。そして、人に触れられたらダメだから出来るだけ人通りの少ない道を選んで」
「分かった」
わたしの言葉に二人は頷いてくれた。
闇の物質は、透明なる姿とにていて姿が見えなくなる。しかし、この魔法と透明なる姿とは決定的に異なる部分がある。それは、闇の物質は実在魔法という事だ。透明なる姿は光を反射させて自分を見えなくするのに対して闇の物質は光を吸収し全く反射させない物質を見にまとわせる事により発動させている。なので透明なる姿に比べて風景に完全に溶け込む事が出来ないため目を凝らしたら微妙に違和感があることに気づかれてしまうため、バトル中での使用は難しい魔法だ。しかし、透明なる姿は自分の半径十センチしか効果がなく逆に半径十センチのものは否応なしに透明になってしまう。その点この魔法は半径二メートルで自分が消したい部分を選んで消せるので複数人を一気に消すならこっちの方が向いている。
「あっ、そうだ……運ぶの女子寮のわたしの部屋にしてくれる?」
「えっ?なんで?」
不思議そうにこちらを向く石田君。
「えっと……わたしの部屋ならずっとわたしが見張れるからさ。男子寮だと夜中とかきつそうだし」
「そう……だよな。なぁ、一応聞くけど魔法が急にきれたりしないよな」
「う、うん。大丈夫だよ。急に攻撃とかされない限り」
心配そうにたずねる石田君に答えた。気持ちはわからなくもない。もともと男子寮、女子寮は異性の入室禁止だ。……わたしはいっかい秀一君のところに行ったし秀一君もわたしの部屋きたけども。
ともかく、もしばれたらなにかと面倒な事になるだろう。教師に怒られるぐらいならまだいい。しかし、だ。仮に石田君と福田君が女子寮にいたのを誰かに見つかったとしたら……男子一人だけだったら密かに彼女の下宿先に遊びにいこうとしたのを見つかったのかな、と思われる事が多いらしい。しかし、二人だったら……彼氏彼女の関係はなくなるから女子寮に浸入した不審者として噂が広がり、社会的に抹殺されそうだ。
「びびってても仕方ないだろ?腹決めて行くぞ!!」
「そうだな」
福田君の声に石田君が同調する。
「あっ、二人とも。ここからは静かにね。音は消せないから」
「「は〜い」」
わたしの注意に小さな声で返事をした。
「じゃぁ、ここに寝させてあげて」
「わかった。よっこらせ……と」
秀一君をベッドの上に寝転ばせる。
傷口はまだ開いてるが魔法のお陰で出血はしていない。あっ、魔法といえば。
「魔法削除」
わたしは闇の物質の魔法を解除した。魔力が……少なくなってきた。もともと、夜の魔女に対して全力で夜をまとう剣を放った後の出来事だ。つらいもし、石田君達も魔法を扱えれたらな……もしかしたら、草の性質をもってるかもしれないのに。
「星野、冨本をなんとかしてやることはできないのか?」
福田君が唇を軽く噛みながら聞いてきた。
「……ゴメン、わたしの力じゃ無理。でも、見た目からしても死に至ることはなさそうだから大量出血にさえ気をつけていれば大丈夫だと思う」
……でも、魔力が……限界に近い。
「クソッ……なんとかならねえのか。傷を一瞬で癒せれるような薬とかあればいいのに」
苛立ったように頭をかく石田君。
でも……そんな薬。薬?あっ。
「ある!!」
わたしは声をあげて机の奥にしまってあった小さな木箱を取り出した。
「どうした?」
石田君の問いには答えずにわたしはその木箱の中から緑色のゼリーのようなものが入った瓶を取り出して秀一君のもとにかけより傷口にそれを塗っていく。慌てて数滴おちたそれを福田君が恐る恐る、興味深そうに触っている。
「なにして……おお!!」
「す、すげぇ」
傷口を除きこんだ二人が驚嘆の表情を浮かべる。傷口はゼリーを塗ったところから急激にもとに戻っていっていた。
「これはね、わたしのお姉ちゃんからもらった薬なの」
わたしは残り少なくなった薬の入った瓶をしめながらいった。多少傷口は残っているもののほぼもとどうりだ。
「この薬はお姉ちゃんが魔力を込めて作ったものなの。詳しくはわたしもよくわからないんだけどね魔力を別のものに閉じ込めて塗ったり、飲んだりしたら発動するようになってるんだって」
わたしは簡単に説明をした。
いままでこの薬の存在を忘れていたのが不思議でならない……でも、夜の魔女と二回目に戦ったあたりから、いや、ミントさんが裏切ったあたりから堕天使にいた時の記憶がじょじよに思い出してきている。この薬―――もとい技術はお姉ちゃんが知識の恵みとして堕天使の命で産み出したものだ。もともと、医療用ではなく攻撃ようだったらしいが。
「さてと。星野。どうして、冨本がこんな状況なのか説明してくれるよな?」
「……うん」
福田君……多分だけど薄々感づいてる気がする。それをふまえたうえで聞いてるんだろう。
「秀一君の胸を貫いたのは光の矢という魔法。そして、その魔法を放ったのは……堕天使の党首と思われる神から産まれた悪魔―――ミント=クリア=ライト」
「はっ!?」
「っ。党首……?」
石田君は純粋に驚き福田君は党首という部分に驚く。
「ま、待てよ。悪い冗談はよせよ。冨本を殺そうとしたのがミントさんで、党首だって?そんな、バカな」
「…………」
石田君は信じられないというふうにまくしたてる。が、わたしは黙って首を横にふった。
「マジ……かよ」
わたしの反応をみて嘘じゃないとわかる石田君。いや、嘘と思いたかったのだろう。わたしだって嘘だと思いたいぐらいなのだから。
「星野。お前も堕天使のメンバーだったよな?党首が誰か知らなかったのか?」
次いで福田君が尋ねてきた。
「うん……もともと、記憶は混沌としていたけども確かに堕天使時代は党首の顔を見たことは無かったの。見たことがあるのは多分幹部クラスの人だけだと思う」
曖昧な記憶の中から引っ張り出す。
「だとしても……おかしくないか?なんでミントさんは今になって冨本を?チャンスならいくらでもあっただろ?」
「それは……わからない。でも、ミントさん。なにか考えがあったんだと思うんだ……石田君、福田君」
「ん?」
「どうした?」
わたしは決心して二人の顔をみた。
「ここは……二人に任せていいかな?わたし、行きたいところがあるの」
「なに言ってるんだ?お前がいなきゃ堕天使が来たときどうするんだ?」
「それも、確かに不安だけど……それを防ぐためにもいかなきゃいけないの。お願い」
わたしはまっすぐに二人の目をみた。
「……それが、冨本の為なんだな?」
「うん」
「じゃぁ、行ってこい。必ず冨本を助けると約束しろよ」
「ありがと」
福田君が少し厳しい顔をして言った。
「それじゃ、秀一君お願いね。なにかあったら……携帯に連絡して――――――これ、電話番号とメールアドレス」
近くにあったメモ帳を引き寄せて書いたものわ渡す。
「分かった。俺たちが冨本を見とくよ」
まだ悩んでいた様子をみせていた石田君も理解してくれた。
「そうだ……星野」
「えっ?」
ドアを開けようとするわたしに福田君が呼び止める。
「分かってるだろうが……必ず戻ってこいよ、無事に」
「っ、うん。分かってる!!」
意外な言葉に驚くがわたしはすぐに大きく頷き外に飛び出した。待ってて、秀一君。必ず助けるから!!
きれいに整えられた部屋に椅子が一脚。その椅子もとても大きくこの部屋にあう豪華なものだ。
「カケラの調合は?」
その椅子に座る少女、ミント=クリア=ライト――――――いや、神から産まれた悪魔は目の前にいる一人の堕天使幹部の女に尋ねた。
「後、2,3日というところでしょうか?」
彼女は薄ら笑いを浮かべながら言った。
「そうか……神から授かりし光のカケラは大丈夫?」
「はい、最後の最後に少しだけ汚れましたがそれは計算の範囲。透明な純粋な水に土が少し混ざったぐらいです」
「そうか」
やはり、といった感じでミントは頷く。
「しかし、大丈夫ですか?」
「なにがだ」
「神から授かりし光の元保有者冨本秀一のことですよ」
「だから、なにがだ?」
多少苛立った様子で尋ねる。
「冨本秀一―――彼への思いれがあるように感じられましたが?神から産まれた悪魔のカケラが壊れたら大変ですから」
嫌みな笑みを浮かべる女。それに対して舌打ちをミントはする。
「ちっ。大丈夫だ。悪魔でも作戦の一貫だ」
「では、冨本秀一はわたくしが好きにして?」
「かまわん。好きにしろ」
「ありがたき幸せ」
舌なめずリをする女。
「ふん。報告がおわったらさっさと行け、色欲望の宣告者」
「はい」
また、最後に笑みを浮かべて色欲望の宣告者は姿を消した。
「冨本秀一……貴方はどこまでこれるかしら?」 ミントは虚空を見て誰に対してでもない呟きをはなった。
『夢は叶える為にある』
―――母の言葉。
『無謀な夢?いいじゃない。夢を馬鹿にする人よりすごいわ』
―――姉の言葉。
わたしは夢を叶えたい。だから、どんな無茶だってする。
『夢を叶えたいなら努力をしろ。努力無しに叶えた夢に意味はない』
―――わたしの信念。
「はぁ、はぁ。どっち?」
わたしは目を閉じる。グン、と引寄せられる感覚を感じる。夜をまとう剣でさしたものは重力バランスが一時的におかしくなりがちである。それをいかし、探査に長けた魔法である星の異常。元々は磁場の乱れや魔法の発動などにより重力が不安定な場所を探すのだ。
「こっち……きゃっ!!」
引っ張られる感じに誘われるまま走り出そうとした所で足がもつれてこけてしまう。
っ。でも、だいぶん近づいてきた。ここは南里山市と違う市の別れ際にある山道だ。ここを上るにつれて記憶がさらによみがえってくる。確かに堕天使本部は山の中にあった。悔しい……敵の本部がこんなに近くにあったなんて……本部は確か山頂付近にあったはずだ。しかも、その山頂から魔法によって姿は隠されているが本部は高層ビル並の高さがある。それを上りきらなきゃならない……でも、頑張らなきゃ!!
「何を、頑張るのかな〜?」
「ひっ!!」
突如後ろから声をかけられる。心をよまれた!!
振り向くとそこには見たことの無い女性が立っていた。
「まぁ、見たこと無くて当然か〜。あたしは堕天使幹部の色欲望の宣告者。普段は表だった行動はしないんだけど、今回だけは特別かな?」
色欲望の宣告者!?くっ。しかも、心をよんで……
「ふふっ、驚いてる、驚いてる。これはあたしの第三の目の力だよ」
第三の目!!嫉妬の炎の瞳以外にもいたなんて……
「あたしの能力の一つが欲情増大。本当は精神を操り欲望、とくに異性に対する欲望を増大するものなんだけど魔力をコントロールすれば相手の心が聞こえるんだ」
っ。ダメ!!考えちゃダメだ。直感で気になったことを聞いていくしかない。
「それで?わたしをどうするつもり?」
「安心して……貴方にはなにもしないわ」
「わたしには……っ!!秀一君!!」
「ふふふっ。大丈夫殺しはしないから」
そんなの信じられないよ!!秀一君!!
「大丈夫よ。殺すなんてもったいないことしないわ。ただ、お姉さんがいいことを教えてあげるだけよ」 いいこと?
「そうよ……貴方にとっては悪いことかもね。ふふふっ」
秀一君!!
「い、いや!!止めて!!」
容易に想像がつく、最悪のシーン。彼女の力から考えて……それだけは防がなきゃ!!
「させない!!闇の玉!!」
あれ?魔法が発動しない?
「クスクス。人間、焦ったらダメね。じゃぁ、あたしは行くからね。自転軸の止まり」
色欲望の宣告者は短く告げるとわたしの前から姿を消した。
「どこ?」
わたしはキョロキョロと周りをみるがどこにもいなかった。そして思い出すこの魔法を。
この魔法も転移魔法の一つだ。ただし、転移できるのは直線距離だけで対象は自分一人だけ。使い勝手の悪い魔法なのに魔力消費もそこそこあるので今まで忘れていた。でも、どっちにしろ秀一君を転移させることは不可能だし……わたしはこの魔法の呪文を知らない。
……いや、今は後悔してる場合じゃない!!速く秀一君達の所に戻らないと。
わたしが走り出そうとした時グンと体が引っ張られる感じが訪れる。
「あっ!!わたしのバカ」
そして、気づく。無形魔法を二つだそうとしていたことに。魔法の基本を忘れるなんて……って、だから後悔している場合じゃない!!
「待ってて秀一君!!」
わたしは山道を戻り始めた。途中で魔法削除を行って。
「星野のやつ大丈夫かな?」
夜美の家にて秀一を待っている石田が呟いた。
「信じるしか……信じるしかないだろ」
福田は自分に言い聞かせるためにも呟く。
「そうねぇ。その願い叶わないんじゃないかしら?」
「なっ!!」
「誰だ!?」
驚き同時に後ろを見る二人を悠々と見下ろし自分の口のまわりをペロリとなめまわす色欲望の宣告者。
「おいしそう。ねぇ、あなたたち。あたしの奴隷になりなさい」
「は、はぁ!?どういう意味だよ!!」
石田は喰いつくように言ってくる。
「うふふ。そのままの意味よ。あたしの奴隷になりなさい」
妖艶、そんな言葉が似合う笑い。
「さぁ、わたしの奴隷になりなさい。第三の目、欲情増大」
「うっ……あっ、くっ」
「―――どうし……て」
急に二人は床に倒れこんだ。
「……さぁ、二人とも。目を覚ましなさい」
「はい。分かりました」
「―――仰せのままに」
石田と少し遅れて福田も返事をする。二人は寝転んだ状態から体勢を整えて方膝を床につく。
「ふふふっ、えらいわ。貴方達……ここで待機してなさい。ただし、次貴方達の目の前に女の子が現れたら……貴方達の好きにしていいわ」
色欲望の宣告者は冷たくそれでいて楽しげな命じた。
「メインディッシュは後から美味しくいただくわ。まずは、前菜を楽しみましょうかしら」
眠っている秀一の顔を優しく撫でる。
「でも……我慢できないわ。少しだけ味見しましょう」
色欲望の宣告者は秀一の顔に近づき唇をさしだして……彼の首筋を吸い付くように口づけをした。
「ん、ん―――ふぅ、美味しかった。これは、早く食べたいわねぇ」
色欲望の宣告者は自分の唾液で汚れた秀一の首筋をいとおしそうにふいてこの部屋から出ていった。
……この部屋に盗聴器を仕掛けて中の様子を覗けるようにして。
「でて、なんででてくれないの!!」
わたしは秀一君の携帯を通じて二人に何回も連絡をとろうとするが出てくれない。わたしの名前が表示されているはずだからわたしからの連絡だとわかるはずなのに。もしかして……!!もう、襲われてる!?
急いで寮の階段をかけ上がる。
「あぁ、もう!!」
こういうときに限って鍵がなかなか入らない。
―――カチャ。やっと鍵が開く。乱暴にドアを開けなかに入り閉める。
「石田君!!福田君!!」靴を脱ぎ捨てベッドのある部屋まで走る。そこには二人の背中が。
「―――はぁ、はぁ。二人ともだいじょ―――きゃっ!!」
安否を確認しようとしたその時石田君がわたしに襲いかかってきた。
「い、石田君!?―――……!!あやつら……キャッ!!」
石田君の目に精気が宿っていない。まるで死んだような目だ。
「石田君……ゴメン!!」
石田君はわたしの服のボタンをはずそうとしたところを逆に手首をつかみかえして背中に周りストンッと首筋に手刀を下す。
「ウッ」
正直、上手く決まるかわからなかったけれど床に突っ伏してくれた。
「はぁ、はぁ。福田……君?」
「ウグッ、アッ」
一方福田君は何かに耐えるように言葉にならないうめき声をあげている。福田君……どういうこと?石田君は完全に操られていた。だったら福田君も操られていていいはず……精神力の高さ?いや、色欲望の宣告者の力ならそんなこと無視しそうなものだが。
「グ、ウゥ。ホ……シノ」
「えっ?あっ、大丈夫?」
苦しみながらわたしの名前を呼んだことに驚く。正直意識はもうないと思っていた。
「オレ……タオセ……オサエ……テル……ウチ……グッ」
苦しそうにそう伝えてくる。でも、どうして……なにか原因があるとしたら……!!そういえば福田君。あれを触っていた。なら、もしかしたら。
わたしは机に飛び付き“アレ”を再度取り出す。
「福田君!!今助けるから!!」
わたしは叫びながらアレ……秀一君の傷を直すために使った薬―――正式名所、元への標を福田君の見えている肌に塗った。
「グ、ガァァ!!!!」
痛みによるものなのか、激しく唸る福田君。まだ、よかった……防音対策のしっかりしている療で。こんなシーンを他の人に見られたらややこしいことになってしまう。
「はぁはぁ―――あれ?衝動が……」
「福田君!!」
「星野?」
正気に戻る福田君。やっぱり……
「よかった……この薬……福田君触ってたでしょ?だから、もしかしたらって思ったんだけど正解だったよ」
わたしはにっこりと笑う。
「そっか……偶然だとしても、よかったよ」
福田君もまた安堵の息をはいた。
「そ、それより!!星野、堕天使の―――」
「色欲望の宣告者でしょ?ごめんね。途中であったんだけど……攻撃を止められなかったの……」
「あっ、いや。わかってるならいい。結果論だけど俺も冨本も無事だし…………」
福田君はちらりと石田君をみる。
「…………まぁ、いいじゃないか。大したことなくて」
そして、あえて大声をだす。
「う、うん―――秀一君の傷も完全に塞がってるね」
わたしは気まずさから秀一君のほうに話をかえる。傷は綺麗にふさがり規則的な寝息をたてて―――あれ?首筋に痣?こんなのなかったはず……!!秀一……君?
「どうし……た……?」
わたしが急に固まったのを見て福田君もこちらを見るが福田君もまた、固まる。
秀一君の首筋には……その……
「キ、キスマーク!?」
わたしは思わず叫んでしまう。
「え、えっと……これって……うん。色欲望の宣告者だっけ?あいつの仕業だよな」
「せいか〜い」
「キャッ」
「わっ」
急に話しかけられて慌てて後ろを向く。
「ま、また。お前!!」
福田君は焦ったように声をあげる。
「ん〜、話聞いてたけど〜。知識の恵みは凄いわね〜。まぁ、別にいいんだけどね。前菜、一個は食べれたわけだし」
そういって、床に倒れている石田君を軽く踏みつける。
「なっ、おま!!」
「落ち着いて!!」
「落ち着いてられるか!!」
「ダメ!!ここは落ち着いて!!じゃないと……また、操られちゃうかも」
「っ。クソッ!!」
苛立ったように叫ぶ福田君。
「あーあ。食べたかったのにな。ま、別にいいんだけどね」
「貴方の目的はなに?」
色欲望の宣告者の呟きを無視して問いかける。
「なにが、かしら?」
「ふざけないで!!心をよんでるのならわかってるでしょ?これは堕天使の任務じゃないんでしょ?」
「……ん〜。よくわかってるわね」
ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
「どういうことだよ?」
一人話についていけてない福田君が口をはさむ。
「……堕天使からの任務で幹部クラスわ使うなら殺人か、もっと高難度な任務をかすはず。もし殺人ならわたしなんて一瞬で殺されているはず。そして高難度の任務なんて今は無いはず。あるとしても秀一君を連れ去るぐらいだと思う。確かに連れ去りはかなり難易度は高い。だけど対象が意識を失っているのなら一気に簡単になるはず。……しかもコイツはまるで楽しんでるようにみえる。だから、堕天使からの任務ではないと思うの」
一気に言い切る。
「だと……したら」
「そうね。貴方の考えているとおりよ。坊や、そこそこ頭がきれるほうみたみね」
「えっ?な、なに?」
急に話が展開してわたしはついていけなくなる。
「……っち。分かったよ、あいつの狙いが。アイツが望んでいるのは“絶望”。星野、お前の絶望だ」
「わたし、の?」
でも、なんで?コイツになんのとくも無いはず。
「そうだ。絶望……多分なんだが星野や冨本がより強い力を手にしたくないんだろう。お前らの話を統合すると感情が魔法の威力を左右するんだろう?」
「うん」
「やっぱり、か。仮に星野を殺したら冨本が起きたとき怒り狂うだろうな……そうすれば……前話していた冨本の中の第三の人格が目覚めるかもしれない。完全に覚醒したら……かなり強大な敵をつくることになってしまう」
「そ、そういうことね」
わたしもそこで理解をする。
「だから、絶望か。わたしが絶望すれば多少怒りを覚えたとしても第三の人格が目覚める可能性は低くなる。逆になにもしておかないとわたしと冨本君がなにかしらの攻撃を仕掛ける可能性がある。だから、どちらも殺さずって……わけね」
グッと唇を噛む。
「ふふっ、そうよ。でも、ばれたなら仕方ないわね。世界の構築」
「えっ!!」
急な魔法の発動に驚く。が、すぐに気づく。たしか、この魔法は……
「ほ、星野。なんだこれ?」
福田君が周りを見回す。
「この魔法は、異次元に連れ込む魔法。わたしの部屋ではなくて、別の世界に連れ込んだって事は……」
「そうよ。久しぶりに戦ってみようかしら。あたしの力見せてあげるわ」
「…………福田君」
わたしは少し迷って声をかける。
「なんだ?」
「わたしが相手しておくから福田君は一緒に連れてこられた石田君と秀一君を安全な場所に運んで……お願い」
「わかった」
わたしの頼みをすんなり聞いてくれる。福田君自身、自分がなにも出来ないことをわかってるのかもしれない。
「あなた、どれだけあたし相手に戦えるかしら?いくわよ」
「負けない!!」
わたしは叫んで色欲望の宣告者の出方を見守った。
―――声が聞こえる。
優しくて懐かしくて……辛い声が。
「シュウちゃん、あたしは信じてるよ」
なにを?なにを信じてるの?
「それはシュウちゃんが探すことだよ」
僕が、探すこと?
「そうだよ。シュウちゃん」
そんな……僕には、僕にはわからないよ。
「そんなこと無いよ。シュウちゃんはわかってるはず」
でも、わかんないんだ!!
「違うでしょ。シュウちゃんはわかんないんじゃない、気づこうとしてないだけ」
…………そんなことないよ。
「あるよ。自分を見つめ直して。シュウちゃんの大切な人はだれなの」
大切な人?
「あっ、あたしは無しだからね。きちんと生きているシュウちゃんにとって大切な人はだれ」
……大切な人。
「ふふっ、答えは出てるみたいだね」
えっ?
「真実は一つしかないけど。答えはいくつあってもいいんだよ?」
答えはいくつあってもいい。
「そっ。シュウちゃん。最後に一つだけ」
なに?
「例えシュウちゃんの出した答えが正解だとしても間違った答えだとしても、シュウちゃんは決して一人じゃない」
一人じゃない?
「シュウちゃんは心を結べる人。あたしと結ばれた心も忘れないでね」
心を結べる人……ありがとう。答えが見つかった気がするよ。結心葵姉さん!!
「あたしからいかせてもらっていいのかしら?」
静かにそれでいて熱いわたしたちの間に色欲望の宣告者の声が響く。
「どうぞ。だけど負けない!!」
わたしも威嚇するように声をだす。
「いかせてもらうわよ……第三の目」
第三の目!?今ここで欲情増大したところで。
「咎罪炎!!」
「えっ!?キャッ!!あ、熱い!!」
わたしは思わずかがみこんでしまう。
「咎罪炎。対象の体を焼き付くす炎。クスクス……だから、言ったでしょ?貴方とあったとき。『能力の一つが欲情増大』だって。これが二つ目の能力よ」
「あっ、あっ、キャー!!」
熱い!!体が熱い!!このままじゃ……ダメだ……やっぱり、あたしじゃ、無理なの?
「大丈夫、殺しはしないわ。ただ貴方が気を失っている間に絶望を与える準備をするだけ」
い、イヤ!!でも、体が動かない……たす……け、て。秀一君。
「消えゆるは魔法。魔法消去!!」
スッと熱さ痛さが消える。
「……許せない。僕は貴方を許せない」
彼はそう呟きわたしたちの方へ向かってくる。
「……僕が貴方を倒す。一つしかない真実を導くために。僕の夢を叶えるために!!」
彼は宣言する。やっぱり……ズルいよ。カッコいいとこだけとっていっちゃって。でも、わたしはそんな彼が憧れで……いとおしくて……好き、だよ。
「秀一君!!」
わたしは涙で震えた声をあげた。
「夜美。ありがとう」
秀一君はにっこりと笑う。
「あたしを倒す?ふふっ、あたしは色欲望の宣告者。よろしくね」
「アスモデウス……!!夜美、伝言鳩魔法を僕に飛ばしてくれ。コイツとの出来事を思い出しながら」
「伝言鳩魔法を?わかった、伝言鳩魔法!!」
これになんの意味があるのか今のわたしにはわからない。でも、秀一君には考えがあるはず。だから信じる。
「…………。やっぱりね。僕は貴方に勝てますよ」
「なにを言ってるのかしら?」
秀一君の宣告。なにかを掴んだ?
「僕は驚きませんよ。色欲望の宣告者さん」
少し挑発気味な秀一君。
「っ。なんで、わかったのよ。あたしの魔法のこと」
「僕もただただ相手が来るのを指を加えて黙ってみてるわけじゃないんですよ。僕は夜美ほど頭の回転はよくないし堕天使の幹部以上の人達ほど魔法を上手く扱えません。だから、僕は予想出来ることをまえもって知識としてたくわえているぐらいしかないんですよ。そして、貴方の天使の名はアスモデウス。堕天使の中でも有名な名前です。前もって調べてました。そしたら、面白いことが書いてありました」
まるで何かを演じているかのような身ぶりとしゃべり方みたいだ、という感想をいだく。
「アスモデウスの姿を見ても驚かずに丁寧に対応すればアスモデウスは喜び天文学等を教えていただけるんだとか。そして、貴方は夜美はもちろん石田達をも最初驚かすことから始めていた……ここで二つのことが繋がり一つの仮説が出来ました。貴方の色欲望の宣告者としての力、つまりは第三の目の力を発揮するには相手驚かす事が必要。違いますか?」
「…………」
無言の肯定。色欲望の宣告者の沈黙はそれを表していた。
「…………侮っていたわ……貴方のこと……でも、第三の目だけがあたしの力ではないのよ」
色欲望の宣告者は気をとりなおしたように声をあげる。そうだ……戦いはここからだ!!
「因みに……僕が長々と話していたのには訳があります」
えっ?訳?
「神から授かりし光の加護がなくなった今、貴方にタイマンで勝てるとはいなかったので卑怯な手を使わせていただきました」
「卑怯?」
色欲望の宣告者は言葉の意味が出来ていないのかそのまま聞き返す。かくいうわたしも秀一君の考えは分からない。
「こういう……事です!!」
「なっ!!」
パリン、パリンと色欲望の宣告者が展開したこの世界が壊れていく。
「なにをしたの!?」
「魔力塗り替え知っていますよね……くっ。魔力が……」
秀一君は頭を押さえる。魔力塗り替え……相手が出している魔力よりも多くの魔力を流し込むことにより魔法の主導権を奪う魔法。スゴイ、いつの間に……
「ちっ、ここは引かせてもらうわ!!」
「あっ、待て!!」
わたしは後を追うとする。
「夜美、いいんだ。夜美も魔力が残り少ないんじゃない?ここは諦めよう」
「でも!!」
「いいんだ。僕を信じて」
「……うん」
わたしは頷くしかなかった。なんだか、秀一君は何かを決めたようなそんな眼差しをしていた。
―――ここに、記憶を封印する。
世界にはこのような出だしで始まる本があるらしい。それは伝記なのか小説なのかエッセイなのか……知るものは少ない。
―――人は力を借りすぎた。借りたものは返さなければならない。生命のバランスを司るために。
生命のバランス。生命とはなんなのか……動物?生物?法則?それともこの世にある全てなのか?それにバランスが崩れたらどうなるのか?
―――力はゆっくりと時間をかけて返していく。それを三対の欠片に託そう。我の最期の魔法により作り上げたこの魔法で……
その後に書かれている文字は読めない。この話はハッピーエンドだったのかバッドエンドだったのか…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………まだ続いているのか
「石田、福田、夜美。まずはありがとう」
僕は三人に礼を言った。あれから夜美の部屋に戻った僕らは石田が復活するのを待ってから寮の近くにある小さな公園に来ていた。
「お、おう」
「どういたしましてって言えばいいのか?」
「う、うん」
三者三択の答えにくすりとしてしまう。
「それで、三人に話があるんだ。ミントについて」
「…………」
僕の言葉に三人とも黙ってしまう。三人とも思うことがあるんだろう。
「僕は……僕の答えは我が儘を突き通す事にした。僕は誰も失いたくない。石田や福田、夜美は勿論……ミントも」
「なっ!?」
「マジか?」
石田と福田は驚きの声をあげる。
「全てを失いたくないなんて……傲慢なのはわかってる。でも、真実を知りたいんだ。本当にミントは僕を騙していたのか、ミントの目的はなんなのか」
「秀一君、それが秀一君の後悔しない答えなの?」
「後悔しないか……そんなのその時になってみないと分からない。でも、確実にわかるのはこのまま真実をしらずに終わったら後悔するということだ」
素直な胸の内をのべる。
「……分かった。秀一君がそれでいいのならわたしは応援する。それがわたしの夢だから」
「……ありがと、夜美」
僕は微笑みかける。
「たくっ、傲慢って……ふっ。お前の我が儘ついていくぜ」
「そうだな。俺もだ!!」
二人の威勢のいい声に笑ってしまう。
「ふふっ、やっぱりなかいいね。それでさ、秀一君?一つ聞きたい事あるんだけど」
「どうかした?」
夜美は少し真面目な顔になる。
「なんで色欲望の宣告者を逃がしたのかなって」
「あぁ、あれか」
夜美はおずおずとたずねてきた。
「理由は二つある。一つ目は残りの魔力量が僕も夜美も残り少なかったから……そして、もう一つがこの痣」
僕はグッと服の襟を引いてみせる。
「これって……」
「うん、この痣があれば悪意の復讐が出来る」
「あっ、そっか」
思い出したかのように声をあげる。
「えっと、なんだ?その悪意の復讐ってのは?」
石田がたずねてきた。
「探査系の魔法だよ。条件としては三つあるんだよ。一つ目は追跡したい人の顔を認識すること。二つ目はDNAを特定出来るものをもっていること。これはこの……痣についていた唾液で出来る」
あえて、痣という。キスマークといったら怖い目にあいそうだから。
「そして、最後に対象者からの攻撃等で傷を負っている事。完治していたらダメで傷が進行形であることなんだ」
「なるほど……それがそのキスマ―――あ、痣で出来るわけか」
夜美が素早く反応し睨む……までいかなくても視線が鋭くなったので石田が言い直す。というか今の夜美、絶対素だったよな。
「と、とにかく。この魔法と夜美の記憶を合わせれば敵のアジトを見つけ出すことは難しくないってわけ」
僕は気を取り直す意味も兼ねていう。
「というわけで……夜美。明日までに準備をして体力を回復させてくれ。10時にあの廃ビルで待ち合わせて出発しよう」
「うん」
夜美は頷く。よし、これで明日全てを終らせ―――
「ちょっ、待てよ!!俺達は無視かよ」
「そうだぞ。なにもせずに指くわえてまっとけってのか?」
話がまとまりかけたところに二人が声をあげ反論する。
「落ち着けよ。二人とも魔法使えないだろ?そんな丸腰の状態じゃ無理だろ」
とりあえず断るが……そんなの百も承知だよな……
「あのな、お前夜の魔女に『お前は魔法におぼれすぎてるんだよ』っていったんだろ?同じことばをお前にくれてやるよ」
福田が言いはなつ。
「でも……わかった。ただし無理はしないでくれ。危なくなったら逃げてくれ。そして……できる範囲で武装も頼む」
多少の迷いはまだあったがこの二人のことだ。何を言ってもついていくというだろう。とりあえずはこう約束させていたほうがいいようだ。
「あぁ、そうするよ」
「分かったよ」
二人はおとなしく聞いてくれるが……本当に分かっているのか心配だ。
「それじゃぁ、みんな。用意して十分に体調を整えてくれ。絶対、全ての真実を見つけ出すぞ」
「「「おー!!」」」
僕達は掛け声をかけあいまだみぬ本部への戦いに意気込んだ。
「やはり、か」
椅子に深く座り息を吐くミント。彼女の耳にはイヤホンが着いている。そのイヤホンからは色欲望の宣告者が仕掛けた盗聴機により星野夜美の部屋の様子が聞こえていた。
色欲望の宣告者が夜美の家に盗聴機を仕掛けたのはミントの命を受けたこともあったのだ。勿論、色欲望の宣告者としてはこのような結果になってしまうとは夢にも思っていなかっただろうが。
「まぁ、いい。秀一。私の元に来なさい。私の全てをぶつける。だって……私は只の……」
徐々に声を小さくしていき最後には消え入ってしまった。
彼女のどこか悲しげでそれてなにかを諦めているかのような……なんとも言えない瞳をしていた。
「これでよし、と」
わたしは必要最低限のものを用意した鞄をみて呟いた。今は夜の九時十五分頃。寝るにはいささか早い気もしないではないがここはゆっくりと眠った方がいいだろう。魔力は睡眠中の方が回復しやすい。
ゴロンとベッドに横になり四肢を投げ出す。
「明日で終わる」
掌を上にかざす。自分でいうのもなんだが波瀾万丈な人生だと思う。でも、今まで生きていた。彼の秀一君の言葉で。
自分に嘘をつき逃げていたわたしに真実を見せてくれた。本当のわたしを見つけてくれた。だから……わたしは彼が気になるんだと思う。いや、もう自分の気持ちを誤魔化すのは止めよう。わたしは彼の事が一人の男の人として好きなのだ。でも、秀一君はミントさんの事が好きなんだろう。その事はそういったことに疎いわたしでもわかっていた。だから抑え込んだ。でも、たまにその抑え込んだものが溢れだす時がある。だから、一度だけ好きだと言ってしまった。そのとき彼は聞こえなかったみたいで救われた。
「ミントさん……」
今までにミントさんに嫉妬心が無かったかと言われたら目をそらさずにはいられないだろう。でも、今わたしの中のミントさんに対する気持ちは嫉妬心じゃない。悔しさ、悲しさ、そして怒りだ。ここまで怒りを覚えたのは久しぶりだ。多分、秀一君と戦った時以来な気がする。しかし、彼女に対する怒りと秀一君に対する怒りだったものとでは内容が違う気がする。秀一君に対してのものは感情的な怒りだったのにミントさんに対するものはそこまで感情が露出していない。むしろ落ち着いているぐらいだ。なぜだろう。そう考えた時一つの答えに導かれた。秀一君に怒りを覚えた時彼らとわたしは遠いところにいた。でも、今はかなり近いところまで来たんだと思う。きっと、わたしはミントさんを信じているのだ。夢物語もいいところだろう。裏切り傷つけた相手が近くに感じているなんて。でも、信じたいのだ。夢なんて見ないで逃げているくらいならわたしは見続けてやる。
「覚悟してくださいね……ミントさん」
わたしは小さく呟く本格的に眠りにつくことにした。明日への希望を託しながら。
彼女は産まれながらにして綺麗で可愛くて、成長するにしたがいその魅力は増していった。しかし、彼女が小学生と同等その年齢の時、その容姿を誉めるものは誰もいなかった。彼女は孤独だった。父はいず、母は見たことも無かったのだ。彼女は一つの卵子から特殊な遺伝子を組み込むことによって産まれた……人造人間なのだ。つまり、彼女がこの世に生を受けた瞬間から人生は決められたのだ。彼女を作った組織、堕天使の為に戦うということを。堕天使幹部は三人いる。もう一人は死んでしまったので現在は二人だが、この幹部三人は全員戦うことを約束され産まれた人造人間なのだ。彼女達は特異な存在。珍しい魔法を扱えるもの潜在的な能力がたかいもの、過去には様々な動物の遺伝子を組み入れ複合生物と呼ばれる人道に反した者を造り上げた事もある。しかし、現党首である人物は人造人間を生成したがらない。幹部が、つまり生きている人造人間が二人しかいないというのは過去最低人数だ。しかも、その二人は現党首が党首の座につく以前に造り上げられたものなので実質党首は人造人間を造った事は無いのだ。
そういった理由もあり彼女は―――色欲望の宣告者は常に一人だった。それが普通で人の命を奪うことで価値を見出だせられる日常を繰り返していた。それが異常な状態であるということを知らずに。
彼女にとって自分の命等どうでもいいのだ。死にたいわけではないのだが生きたいわけでもない。だから、反動の大きな魔法を躊躇なく使える。自分の人生が狂っていることを幼いころから知ってしまったのだ。
人間は自分に関連する不幸なことがあったとき誰かを恨まずにはいられない。彼女だってそうだ。しかし彼女は誰を恨み妬むべきかを知らない。だから、自分に嘘をつき他人を傷つけることで精神のバランスを保っているのだ。それが今の彼女、夜の魔女を造り上げたのだ。救いの手など無かった彼女にとって唯一無二の手段なのだ。
―――ここからが。
「「俺達の」」
「わたし達の」
「僕達の」
「「「「全力での戦いだ!!」」」」
―――ここまでは只の、前奏曲。
「私が」
「あたしが」
「私が」
「「「サビまで奏でてあげる!!」」」
―――それが。
「「「「「「「夢を叶えるためだから」」」」」」」
「ここは、俺達にまかせろ!!」
「お前らはさっさとミントさん見つけ出してこい」
「いいわ。あなたたちの相手はあたしがしてあげる。すぐ、終わらせてあげるわ」
僕は二人の大切な悪友を信じてミントの元に駈け出す。
「大丈夫。こいつはわたしがやる。わたしじゃないとダメなの」
「あっそ。流石に堕天使で天使の名を持っていた人と元神から授かりし光の元所有者相手じゃ面倒だから、一人ずつ倒してあげる」
彼女の考えなら絶対失敗はない。僕は彼女に頷きかけてその場を去った。
「なぜ、私をおいかけるの?さっさと殺せばいいじゃない」
「なぜって……僕は、僕はミント。お前が好きだからだよ!!」いつかの告白に僕は答えた。ずっと、僕は彼女のことが好きだったんだ。
次回クリアライフ5―――絆―――お楽しみに。
「魔力塗り替え!!」




