くさりやすいなつ
夏に成った。
暑いばかりで、なんてことは無い。差し障りの無い日常である。
近頃は頭の中がすっきりしていて、妙な妄想が溢れてくる事もない。
先程言った通り、暑いことは暑いのだが、逆に頭の中にある精神的な熱量はどんどん冷めて、今は指一本動かす事すら億劫だ。
物語は作れても、それを文章に書き下す気力がない。百歩譲って文章が思いついても、それを打ち込む気力がない。
詩についてだってそうだ。
気の利いた韻なんて、元から考える事は無かったけれど、一筋の、こうあるべき文字のベクトルとでも言うような、それが見当たらない。
書けないなら、書けないという事を書け、というのは、其処彼処で見かける言葉で、まあ、その通りにするのがいいのだけれど。
だからと言って、オチを付けたり、そういった作業は必要で。
歩いたり走ったり、緩急が必要だと言う事で外に出てみる。
河原で散歩なんて、どうだろうか。
多摩川上流を目指すのもいいかも知れない。
自発的に外出するなんて久し振りだな、と独り言つ。
河原へ行くまでの道程に、小学校があって、その外壁には生徒達の描いた花が色鮮やかに咲いている。
そこで、僕はある違和感に気付く。
先程から人の気配が、全くと言って良い程無いのだ。
平日のしかも真昼間だ。
少なくとも昼休みの間子供達は校庭で遊ぶ物ではないのか。
周囲に目を向ける。
人は居ない。
静けさが辺りを支配している。
いよいよ、おかしくなってきた。
僕の鼓動は早くなり、額を嫌な汗が伝う。
小学校の校門を乗り越え、校舎へ入る。
「すいません、誰か居ませんか?」
立ち並ぶ下駄箱に投げかけるも、帰って来たのは、エアコンの稼働音。
じりりと、
金属が引き摺り合わさり、鳴り響く。
継続的に不快感をもたらすそれを背にしつつ、来客用の受付に向かう。
窓口をノックして、声を投じる。
「ごめん下さい、」
返事は相も変わらず無く、僕は窓口から覗き込む。
若い中年男性の姿が視界に入り安堵する。
なんだ、人が居ないなんて事あるわけないじゃないか。
「あの、僕は卒業生で、その、」
ぼとり、と物が落ちる音がする。
男の顔から零れ落ちたそれは
眼球だった。
すぐさま男の眼窩から無数の幼虫が這い出してくる。細長く白い身体が互いに絡み合うようにして溢れる。
思わず悲鳴を漏らし、そして気付く。
エアコンの音が大きくなっている事に。
じりり。
引き摺り合わさり、擦れるような。
じりり。
まるで羽虫の。
刹那、視界は無数の蚊によって埋め尽くされた。
それにしたって暑いなあ。
蚊が血を吸う理由は子供の為だっけか。
あ、食卓に肉を出しっ放しじゃあないか。夏は食物が腐りやすいから、閉まって置かないと。
そんな事を、皮膚の内側幼虫が白く長い身体を絡まり合わせうねっている感覚と腐って行く身体で、考えた。




