呻くより、泣け。大概にして王子様とは斯く在るべきだ。
辛気臭い面を上げ給え。どうにもならない事をどうにかしようとするな。コンクリートの地面ばかり見つめていても仕方あるまい。空は蒼く広いのだ。
とはいえ、君のような阿呆は呻く事しか出来ないに違いない。限りない嘆きから逃れる事が出来ないなら、せめて、泣きたまえ。
大声で、空に向かって。
「雨上がりのな。コンクリってさ、いいニオイがするのな」
王子様は仰います。けれど、私には、少し理解させて頂く事が出来ませんでした。ので、問います。
「どんな匂いです?」
「食パンにさバターをまんべんなく塗ってさ、ペタペタ。こんがり焼くの。でさ、トースターから取り出すと、部屋の中一杯にいいニオイが広がるのね。あ、パン喰いたい」
私は王子様の話を拝聴しているだけで、素敵な匂いが広がる感覚を想像する事が出来て、それはとても素晴らしくいい気分でした。けれど、王子様は切なそうな、苦しそうな、哀しい表情をなさっています。
「あのさ、」
「どうなさいました?」
王子様は、一息ついて、両手で顔をお隠しになると、仰いました。
「泣いて、いい?」
その嗚咽は、遠い国にいらっしゃるお母様に向けられているようで、王子様のお心を想うと、私の胸はちくちくと痛むのでした。




