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隔離病棟にて

まさか、思いもよらなかった。看護する側から、看護される側になるとは。

躁鬱病だと診断された、が私の見立てでは至って正常である。まあ、自らの視点とは著しく信用に欠ける物であるから、判断材料として相応しく無いかもしれない。

それを棚に上げたとしても、些かこの対応は眼に余る。

突然病院にとは……。

私は今まで自分の所属する病院を『クロ』だと思っていたが、この病院の現状と照らし合わせると、限りなく色が薄まってくる。嫌いだったあの院長先生の冷徹な眼もそことなく色を帯びて





私の仕事場は(此処もまた)山の間にある。バス内より確認できる富士山がやたらとはっきりしている、ああ絶景かな。

「それでは宜しく御願いします」と頭を下げる紳士淑女はどういう訳か皆さん





退屈だ。

もう何万と読み返した本を捲る。気に入った箇所は特に念入りに読む癖が有る為暗唱出来るように成った。

もし外に出る許可がでたならカツフエに行こう。それはカツフエと云ふ名を与へるのも考へものに近いカツフエだつた





太鼓の音と腕が絡まり耳のミミズと愛の中へ。





自分の脚にひっかかり転ぶ。カアニバル。夢にでも出て来そうな異相の老人が話し掛けてきた、「娘さん娘さん、

残念ながら、私は女ではないのです。だから尻を触るのを止めなさい蹴りますよ





そもそも、女装癖が身に付いたのはいつ頃からだったか、記憶に在るのは小学生。喜んで着せていた親も親だと思うのだが、そう言えば私の親も身形の良い紳士淑女というような雰囲気が





ふんいき、ふいんき





チョコレイトクッキーバリバリムシャムシャ、ムシャバリバリ。




嫌いじゃないよ、そういうの。




何年前の新聞だよそれ。砂嵐見たって番組流れないよ、楽しいかい?





アリスが兎の穴に落ちて、私は非常に喜んだ、がしかしそれは一時的な物でしかなくいつか覚めると分かっていても、求めてしまう夢のような物。

とはいえやはりそれは物語の始まりでありんす





皮膚が冬の乾燥に耐えきれずひび割れている。覗き見える肉は死人の色だ。痛みを感じる冷たさを感じる。それが脳裏に焼き付いてクッキーを食べる。チョコレイトクッキーだ。乾いた粉の塊に薄くチョコレイトがコーティングされている。かじる度、粉が舞う。紺色の服に付く、小麦色の粉は酷く目に付く。艶やか黒髪が一本風と共にやって来る。黒々とした双眸が無邪気に歪む。音*全楽さんお早う御座います*確かにそれは此方側に向けられついるのだろうが、それに対しての応を持ち合わせていないらしく、此方は眼の向こう側のその先を見る。喉の奥がかさつくので咳き込む。音*大丈夫ですか*矢張り眼は綺麗で濁りなく此方の姿を映しているのだが、そう言えばこういったコミュニケーション不全はどこからきているのかというと、幼い頃の鮮やかな原風景、風船。彼方のベビーカーに結びつけられている風船が欲しくて泣いた。親はその意図を汲んだようで、どこからか風船を貰ってきたのはいいが、結局彼等は買い物に行くためその風船は何処か遠くに往ってしまった。欲しかっ

たのは風船ではない、此方のベビーカーに結びつけられた風船なのだ。そこから、コミュニケーションに対する絶望のような物が生まれて、ほんのり赤く染まった柔らかい頬を見つめていても、何処にも行けない事はどうやら分かっているようなので、ひび割れた手は懐の中に入り込みクッキーの袋を掴み出す。あげよう。どうぞ。召し上がって。音*有り難う御座います*小さな左手がその口に添えられる。粉は舞うが、左手はせき止める。小さい手が小さい口を抑えているのだ、上品に。カリカリカリ。懐からもう一枚。これは此方の口に。バリバリムシャムシャ。





知らない人間は、「知らない」という点に於いて、知っている人間より勝っている。逆もまた然り。

知っている人間は「知らない」状態には無い為、「知らない」を知る事が出来ない。逆もまた然り。

全ての人間はオンリーワンで特別なんだ、凄いんだ。其れだけなのに、矢っ張り蛇の道はHeavyです。





芸術。芸術。永遠の芸術。美しい美しい。





彼女に硫酸を浴びせられて、僕の顔はとても、かっこよくなった。痛かったけどね。

だから僕は気にしていない。あれは僕が悪かった、本当にそう思う。

とかなんとか言っても、結局ネタばらしをしてしまえば、彼女はもう死んでしまった、らしい。

なんでも、自殺だとか。

ああ、辛いな。苦しいな。だって今でも好きだから。

ナミアミダブツ。成仏してください。





酷くもたついた、キレのない金属音が心地良く鳴る。扉はゆっくりと傾く。音*お邪魔、します。*ああ、いいよ。別に必要ない。慣れてきてもまだ右手がクッキーを探し始める。音*でも……*食べ終え空になったクッキーの袋が掴まる。ああ、居ないよ。うん多分。大分前から。音*それって、*(息をはっと飲む音)*ごめんなさい*頭は下げられたので、髪が垂れる、眼は見えなくなる。それは違うって。分からないけど、健在している。二人とも。音*え?じゃあどうして*帰って来なくて。要らなくなったからだろうか。恐らく。音*なんで、助けを求めなかったのですか*別に食料はまだ有るし、困ってはいない。棚の中にカップヌードルが礼儀正しく右に倣っている。音*でも、それはおかしいです*珍しく眼が合った。すぐ、すれ違った。





芸術家には、一種の熱が必要で、それは自らの身を焦がすような物で。

その熱だけに意味を見出すような、そんな。芸術を造る機械になるような、そんな、生の焔が必要なのだ。

僕は気付いてしまった。

その、熱が。

僕には





無い。未だにチョコレイトクッキーが。

買いに行かなければな、と思う。しかし私の外出は許可されるのだろうか。





「ワタシは、世界に成りたい」

彼女はその信念を音にした事が嬉しくて仕方がないようだ。

「せっかく教えたんだから、オマエも教えてよ」

僕の信念か。

まぁ、話しても問題あるまい。

それに、本当に彼女は嬉しそうだった。きっと音にする事は、大切な事なのだ。

「僕の信念はこの妹を





愛しているんです。

その言葉は音ではなかった。「僕」の中に入っていた。眼は輝き今にも溢れそうだった。顔を近付ける。勿体無い。口を付けてすする。うん、濃厚な感情の味。うしし。





彼女は僕の言葉を聞き終わると、口を噤んだまま、フン、と鼻で笑った。

また、何かに苛立っているかのように、乱暴にフォークを掴み。皿の上の頭へと突き立てた。それを口元まで運ぶと、ひとかじりし、叫んだ。

「甘っ!」





音*別にいいです。あなたになら。*その言葉は酷く熱を奪った。僕はなんだか、冷めてしまった……





熱を保つのは難しい。





熱力学第三法則を叫べ。





たぶん、収束だ。誰かの愛





白いベッドに横になって、白い天井を見つめていると。

脇から私の妄想が溢れてきて絡みつく。非常に鬱陶しい。身動きがとれない。苦しい。あ、灯油だ。燃えろ。

収束している。

収束。

愛。


ああ、僕の

ぼくの

いとおしいひと。

聞いてください。

聴いてください。





きけよ。


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