ゲーム制
夏、集会。私達を殺菌消毒する太陽。日差しが、痛い。だって、私は菌だから。
体育祭の用意だとかで、広い校庭の中、わざわざ群れて、蒸れた。
もし隣に座っているのがブタゴリラだったなら、その汗臭い臭いに耐え切れなかっただろうが、居たのは、私の数少ない友人だった。感謝。
その友人と、他愛のない話をしていた。火葬怖い、とかなんとか。
私は、髪を切るのが面倒臭いので、伸ばしていた。首までかかって、非常に鬱陶しい。
ああっ、暑いよ、溶けるよ、死ぬよ、殺すよ、殺されたよ、と叫びながら、一週間に一度ぐらいしか洗わない頭皮を掻き回し、フケを飛散させる私。
それに比べて、よく手入れされ艶やかな黒髪の友人。白い肌はほんのり赤く色づき、汗一つかかない。林檎のようなその頬は、明らかに熱中症、さもなくば恋の病。
大丈夫?と、私が問いかけても、彼女から返ってくるのは、燃やされるー、ボク、まだ生きてるのにー、といった火葬場の夢。
私も大概だが、彼女の方がより悪質だと思う。
二人して狂って、ハイになりつつ灰の話に移行。
体育座りを崩した彼女の格好は、エロい。無自覚なのが、破壊力にかけ算されている。
灰になっても、お湯をかけて三分で復活ー、とか呟くインスタント彼女を眺めていると、ふと、鼻を刺すレモンの香り。
そう言えば、彼女の母親はアイスティー(レモン)、父親はヴィジュアル系だった。まさにサラブレット、っと。
「えー、では、体育祭でも全力を尽くして…」
ハゲの声。セミ、ミンミーンミン。あ、セミかと思ったら隣に生息する友人の鳴き声だった。
「それでは、皆さん、組ごとに別れて下さい」
赤組、白組、青、緑、どれだっただろうか。悩んでいると、友人から、全楽は何組?と尋ねられた。
ああ、辛い。
何組?
問い詰められて、ぐずぐず。脳みそに藁でも詰められたみたいだ。
えー、分からないと申しますか、私の預かり知らぬ所と申しますか、部下に至急問いただしておりまして云々。
分かんないなら、歌を歌えばいいよー。
コイツは何を言っているのか、と彼女のリスみたいな丸い目をみていると突如。
「僕らーはかがーやくたいよーうのよーうにー」
成る程。しかし私には意味がない。歌ってないから。
とりあえずは友人について行こう。ところで、あなたは何組ですか?
勿論、ボクは……
トラックに裂断された女性の腹から飛び散った内臓の色、組。
内臓が黒いか、赤いか、議論をヒートアップさせながら、体育館に向かう道中。
一人のヤサ男(野菜男)に呼び止められる。
「全楽さん、僕と同じ、白組だったよね」
え?違いますけど。
「そうだった?あれ、見間違いかな?」
そうですよ。私は、ショットガンの銃口を頭に突きつけ自殺した妊婦の脳髄液(のうずいえき?そんな物は無い、はず)色、組です。
「それって、白いと思うよ」
赤に決まってら。
「そう?残念」
てやんでい、べらんめえ、と江戸っ子風味で野菜男を追い返すと、友人が何かいいたげにこちらを見ている。
仲間に入りたいのかい?と問うと、彼女は、一言。
いいの?
私は、野菜苦手なんだ、と答えた。
赤組の名簿が次々に読み上げられ、順々に整列させられていく。
友人も名前を呼ばれたが、私の名前は呼ばれなかった。
「はい、そこ、関係ないなら出て行く」
厳し過ぎやしませんか?
「関係ないのが居ると、整列させるの面倒臭くなる」
でも、私、何組か分からないと見せかけて、分かってます、すいません。
「さっさと行け」
ふと、列に並ぶ友人に目を向けると、潤んだ目をこちらに向けている。私も思わず手を伸ばす。まるで二人は離れ離れになる恋人のよう。ああ、ロミオ。あなたは何故ロミオなの?
彼女はゆっくりと口を動かし、
ごめん、と。
私は、少し、眠くなった。
白組の集合場所は、空き教室か、校門前。
恐らく、校門前だろう。と、目星をつけたのはいいが、生憎私は方向音痴。信じられないかも知れないが、ダンジョンの中では簡単なこの廊下でさえ、私を迷わすのに充分だった。
「やあ、全楽さん。また会ったね」
声の主は野菜男。薄ら笑いを浮かべて私に近付いてくる。
「迷っちゃった?僕が案内しようか?」
いえいえ、結構です。後ずさり。扉にぶつかる。理科室だ。
「全楽さん?」
扉を素早く開けて、中に滑り込む。鍵を閉める。
――全楽さん、僕は仲良くしたいだけなんだ
響く声。
嫌な、予感がした。
「ここなら、誰にも邪魔されない」
後ろを振り返ると、野菜男が居た。
「あなたの事が好きで好きで好きです」
鍵を閉めたのに、と考える暇もなく、野菜男が風船のように膨らみだす。皮袋の中で何かが蠢いている。気持ちが悪い。
「好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きすきですきですきですきでですきでずぎてすきすきてすすきででスキデスキデスキキデスギデスキデズキテスキデ」
彼の皮膚は弾け飛び、中から大量の虫が出てきた。
野菜じゃなくて、虫か。いや寧ろ、虫が野菜を食らい尽くしたか。
虫が泉のように沸いてくる。
逃げ道はある、がしかし、鍵を開けている間に、虫男と『仲良くする』事になるだろう。
でも、大丈夫。
これ、ゲーム制だから。
私はATKだけは高いし。
装備を木刀に変え、扉に叩きつける。
道は開いた。さぁ、ベストを尽くせ。
全力回避で、逃げ出して、辿り着いた先は空き教室。目的地とは違うけど、まぁ、いい。
すいません!
「あ、全楽さん。遅いですよ。もう白組の説明は大体終わっちゃいましたよ」
あれ、合ってるね。
ラッキー、だ。何もかも終わり良ければ全て良し。
それとも、これもゲーム制の影響なのか。
「全楽さんの為に少し省略しつつ、説明をおさらいしましょう」
えー?とか、あ?とか、そこら中から飛ぶブーイング。
私は頭を下げねばならないのだろうか。しかし、分かってくれ諸君、私もブーイングをしたい側なのだ。
今まで腕組みをして黙っていた生徒が突然、そのブーイングを止める程の大声で、先生、俺、帰っていい?と一言。
「えーと、竜くん。それは、ちょっと……」
彼は、先生を値踏みするかのような目で睨み付ける。
先生、ゲーム制がなんだか分かってるよな。
その時、私は彼が何をしたか、理解するのに長い時間を要した。
彼はクレイモアを装備し、それで先生を突き飛ばした。先生は窓を割り、外に落ちていった。
うわ、やっちゃった。ほら、見て、新入生ドン引きしてる。
声の方向を向くと、隣に友人が居た。
あれ?なんでここに?
いや、全楽が心配で見に来た。
わーありがとう、本当に、大変だったんだよ、と虫野菜男の説明。
ところが、彼女はどうも反応が薄い。
何か言いたい事でも、あるのかね?
すると、彼女は目を逸らしてポツリ。全楽が断ったのが、全ての元凶じゃない。
ああ、そうかもしれない。
いや、多分、そうだろう。
私が野菜苦手なのが悪いのだ。そういや、友人は野菜大好きだった。
二人で、何とも言えない微妙な気分に成りつつ、ぼんやり、騒動を眺める。飛び交う怒号、血、人。
あ、よく見たら生きてる、先生。
そりゃ、そうだよ。殺す訳ないじゃない。
いや、でも、あの竜とか。
何?気に入ったの?竜君は競争率高いよ。それに妹が好きらしいし。
そんな事は無い。
あの竜はいつか当たり前のように人を殺す。その妹の事だって、本当に愛しているかどうか。
だって、あの目。
爬虫類の目。
私の目。
その日、お母さんが迎えに来た。タクシーに乗って。
お母さん、曰わく。
月は何処までも付いて来る。お母さんのストーカー。
確かに、窓から空を見上げれば、どこまでも月。薄ら笑いを浮かべて。
月は狂う。赤い空を泳ぎ。引き裂き。
と、そこで、タクシーの運転手。全楽、お母さんは頭がおかしいんだ。まともに聞いちゃいけないよ。
なんだ、この運転手、馴れ馴れしいな。
そう思って名前を確認すれば、
私の
名字。
私は、酷く眠くなった。
「ってな感じの、夢、見たんだよ」
と運転席の竜に語る。
竜は、「ひでー、オレはそんな男じゃねーよ」と車を停める。
竜と出会ったのは、今朝だった。
昨日は山に足を運んだ。一昨日は海に足を運んだ。今日は、どうしようか、と手を焼いていたら、竜が現れ、「胴も」と挨拶をした。だから、今は頭だ。
車を降り、空を見上げる。
「あ、月」
「なんだか、月がデカいな」
「月はストーカーなんだよ」
「へー」
竜は右手で掴んだ、彼の妹の頭を月に向けて、掲げ、
「月!そんなに愛してるなら直接言え!」
月に、投げた。
それでも、月は卑屈に笑い、頭を受け取ると、去っていった。
私の考えていたよりずっと、彼は妹想いだ。
「そういや、全楽、お前って誰だっけ?」
「私は誰だろう?」
「お前の母親って誰だっけ?」
「誰だろう?」
「お前の父親は?」
「誰だろう?」
「兄は?」
「竜」
私は、眠りについた。




