カヤとアキ
【Side:カヤ】
俺の箒の先では、よく一匹のリスが遊んでいる。
バランス感覚が良いから落ちないけれど、本当によく落ちないものだと思う。
だって俺と箒との相性は最悪なんだから。
「――ぎゃ!」
ガクンと急に高度が下がり、うっかり空中に取り残されそうになって、慌てて柄を両手で掴む。
俺は魔法使いなんだけど、飛翔魔法の中では一番レベルが低いとされる、箒による飛行が苦手だ。
箒で飛ぶのは、ほとんど勝手に血が作用して飛ばしてくれるはずなのに、これでは、俺が自力で飛んでると言うより、空飛ぶ箒が俺を引きずってると言った方がそれっぽく見える気がしないでもない。
「お前…今日は人の荷物持ってんだからな!」
リスがいるのは柄の先で、荷物はそこから下にぶら下がっている。
俺は、久しぶりに少しばかり遠出して、港町まで行って来たのだ。
「ちょ、おい! 少しは俺の言うことを聞けって――!」
今度は一気に上昇して、さっきのと合わせ、気圧の変化に頭がくらくらしてくる。
今日はいつもにまして、箒の機嫌が悪いみたいだ。
「アキ? ちゃんといるか?」
荷物のことばかり気にしていると、気がつけば目の前にいたはずのリスの姿がなくなっていた。
俺は慌てて名前を呼んで、出来る範囲をきょろきょろと見回す。
「わぁ! ちょ…っ大丈夫か!」
すると彼(アキという名のリス)は、俺のローブの裾に爪が引っ掛かっただけの状態で、いまにも落ちそうになっていた。
俺は慌てて片手を伸ばし、彼を引っ張りあげると、とりあえず俺の肩――は止めて、フードの中へと避難させる。
全く、こんなことなら、箒なしで飛んでいけば良かったと思う。
俺は一応箒がなくても、変化の魔法で鳥の姿になれば空は飛べるんだから。
とは言え、実際にはそれも難しい話…。
変化後の姿は小さいし、下手をしたら他の動物に襲われる危険が伴ってしまう。
そして何より、長距離を一気に飛ぶのは無理でした。燃料(魔法力)切れになる。
「帰ったらちゃんとブラッシングしてやるから…頼むから静かに飛んでくれ」
宥めながら、柄の部分をそっと撫でると、漸く箒は少し大人しくなった。
「あ、もうすぐそこじゃないか」
そうこうしているうちに、買い物を頼んできた相手の邸が見えてきた。
俺はどうにか箒に下降を促し、邸の前に華麗に降り――ようとして、結局途中で落っこちた。
「…いっ…ツ――……」
腰をさすりながら、呼び鈴を鳴らすと、間もなく可愛らしいメイドさんが顔を覗かせる。
中へどうぞと言われたけれど、俺はそれを丁重に断って、とりあえず約束のものを彼女に差し出す。
依頼人は彼女ではないけれど、特に問題はないだろう。
ああ、あと、中身は恐らく無事――だとは思うけど、まぁ壊れていたら修理は無料で承りますからと、一応それも伝えるように頼んでおいた。
そして代金は改めて貰いにきます、とも。
「ほら、帰るぞ」
俺はフードにちゃんとアキがいるかを確認してから、再び箒に跨った。
家までは遠くない。だけど、箒を置いて帰るわけにもいかない。
転移魔法で飛ばすことはできたけど、そんなことをしたらまた機嫌を損ねてしまうだろうから、結局俺は箒の機嫌をとりつつ、暮れ始めた空へと飛び立つのだった。
次の着地こそ、ふわりと優雅に降り立てるようにと願いながら。
...end