レンとサラ
【Side:レン】
「ちょ、お前! ちゃんと真っ直ぐ飛べって!」
水鏡に手を翳した途端、そこに映ったのは空を飛行中のカヤの姿だった。
彼は、魔法使いとしてのレベルは相当高いはずなのに、箒に乗るのが本当に下手で、いまだってうっかりすると映っている範囲からすぐにいなくなってしまう。
高度の上下や、スピードの緩急が激しすぎるからだ。
「……相変わらず箒と格闘中か。まったく進歩しないな」
呆れるような心地で呟くと、私は漆黒の長衣を引きずるようにして部屋を出た。
陽光が差し込まないよう、窓と言う窓には射光カーテンが引かれていて、邸の中はどこも真っ暗だ。
その代わり、どこの壁にも等間隔に凝ったデザインの燭台がとりつけられている。
廊下を歩くと、石畳に硬質な靴音がよく響く。微かな風の動きに、蝋燭の火が揺れていた。
「おはようございますレン様。お食事になさいますか」
広すぎる邸の中では、人とすれ違うことすら難しい――はずなのだが、唯一雇っているメイドのサラは、私が部屋を出ればいつもどこからかすぐに顔を出す。
耳が良いからだろうか。彼女の正体はうさぎだから。
「ああ…では、今日は青にする」
「かしこまりました」
彼女と共に向かった場所は、アトリウムの併設された屋内テラス。
人口太陽は例のカヤが作ってくれたもので、私には害がないように設計されている。
植物には有効とのことで、庭園には色とりどりの薔薇が咲き乱れ、私はその一角に咲く青薔薇の傍へと足を止めた。
「全く、こんな部屋が作れるのに、どうしてあんなに飛翔が下手なのか…」
呟くと、背後でお茶の用意をしていたサラがくすくすと笑った。
「今日は、何かお買い物を頼んでいらっしゃいましたよね」
「ああ…でもあの様子だと、届いた頃には原型を留めていないかもしれん」
宣告水鏡で垣間見た彼の姿を思い出し、私は小さく肩をすくめた。
彼がたまたま遠方の港町まで買い物にいくと言うから、それならとついでに頼んだのだ。
近場ではなかなか手に入らないものなのだが、あそこなら交易も盛んだし在庫があるかもしれない。
「何を頼まれたのですか?」
テーブルに戻ると、手にしていた数本の薔薇を彼女に渡す。
彼女はその花びらを丁寧に抜き取って、入れたばかりの紅茶に浮かべた。
「…それは届いてのお楽しみだ」
「あら…そうなのですか? では、そうなるよう心から祈っております」
「ああ、それがいい」
…頼んだのは、鈴だった。ガラス細工の、澄んだ音を立てる小振りな鈴。
一度目にしただけだったが、きっと似合うと思うのだ。
いつも俺の傍で柔らかに微笑んでくれる、目の前の少女に。
そうすれば私も、すぐに彼女の居場所を見つけられるかもしれない。
この広い邸のなかでも。
猫に鈴をつけるようだと思われるかもしれないが、それを彼女が笑って許してくれるなら。
その気持ちに甘えさせてもらおうと思う。
...end