リハルトとルーカス
【Side:リハルト】
久々に訪れた天界は、やはり微妙に居心地が悪かった。
家の地位が高いのは俺の所為じゃないし、勝手に組まれていた縁談にも興味が無い。
全く、妹の結婚話にかこつけて、俺を家に戻そうなんて考えが甘い。
俺は天界での生活には未練がないし、地上での生活が気に入っているんだから。
「それで、どうだったんだよ。久々の実家は」
「別に、なんら変わりは無いさ」
街外れに、一部では神秘の森と称される深い森がある。
森の中には、スポットライトのように日光が射し入る場所が幾つかあり、そのうちの一つに俺は小さなログハウスを建てて、のんびり喫茶店を営んでいた。
場所が場所だけに、一見さんはなかなかやってきてはくれない。
だが、それもまったくいないわけではない。
人伝に聞いて来店する客もいれば、森に迷って勝手に辿りつくような客もいる。
そして閉店間際のこの時間に、俺の前に座っている男――は、紛れも無く後者の客だった。
「しっかし、リハルトの妹ってんなら、どれだけ美人さんなんだか。一度お目にかかってみたいもんだぜ」
「…そう言うお前はどうなんだ。たまには帰っているのか」
「んー、まぁぼちぼち」
「嘘を吐け」
店内に幾つかある出窓にカーテンを下ろしながら、俺は即答で短く返す。
手の中のグラスを揺らしながら、男は肩を震わせて笑っていた。
ちなみにうちは喫茶店だが、手作りの果実酒なども少しだけなら置いてある。
「閉店だ。帰れ」
既に他に客は無い。
元々、夜に来店する客は決まっていたようなものだったが、今夜は特に少なかった。
俺はカウンターでちびちびとグラスを傾ける男の横に立ち、あっさり出口を指差した。
「俺ァ客だぜ」
「一杯で何時間も粘る客は迷惑なだけだ」
「…相変わらず辛辣だねぇ」
言うなり男は、残りの酒を一息に飲み干し、横目に俺を見上げてくる。
「常連には優しくしておくが吉だって、知んねーのか?」
「ツケでしか代金を払えない客など、来てくれなくて結構だ」
溜息を吐きながら、今度は顎で扉を示す。
まぁ、確かに客商売でこの態度はどうかと思うが、それも相手がこの男だからだ。
「はー、怖ぇ怖ぇ」
おどけるように肩を竦めて、やっと男は席をたつ。
珍しくもそのまま扉の方へと向かうその背中に、俺は片手を差し出して、
「700リネだ」
本日の請求額を短く告げる。
が、男は肩越しに片手を挙げただけで、
「ツケといて」
振り返ることなくそう残し、眠そうに店を出て行った。
...end