悪役になりたくなくて失言いたしました
アルベール王国は温暖で肥沃な中原地帯にある。
戦争なども遠い昔で、度々耳に届くのは遠く離れた帝国や辺境の国々の小さな争いばかり。
だからこそ、アルベール王国には色々な国から人々が訪れる。
その最たる場所が、スプリーン学園。
今、私がいる場所。
そして目の前に繰り広げられる光景は。
物語でよくある、一人の可愛らしい女生徒に群がる男達の図。
私の婚約者である第一王子イディオットがその筆頭で。
確かに見目は麗しい。
金髪碧眼の、いかにも王子です~~という容姿だ。
対する子爵令嬢(養女)はサロップ・コナス。
蜂蜜色の髪に、淡い青の瞳。
可愛らしい容姿と、淑女らしくない言動が、一部男子生徒の心を掴んでいる。
そのどれもが高位貴族だったりするのが笑えない事態を生んでいた。
いや、本当に、私自身はどうでも良いと思ってる。
思っているのに、第一王子の婚約者という立場が、無視を許さない。
今までは、見て見ぬ振りをしてきた。
だって恨まれたくないもの。
面倒だし。
よくある物語や劇で出て来る悪役の悪役令嬢とか、悪女とか、何だかそういった曖昧に嫌われる物体にはなりたくない。
それは勿論、彼女を巡る令息達の婚約者達も一緒だ。
下手に手を出せば、評判が下がってしまう。
正直に言えば、勝手に裏でこそこそ恋愛でも何でもしてほしい。
私を巻き込まないでよ、と思っている。
婚約者が大好きな女性なら涙するだろうけど、そんな立場も暇もない。
ただ、目の前で繰り広げられる茶番は、どうしたものか。
物事を考えられない阿呆なのか、それとも傲慢さか、他の意図があるのか。
婚約者からは何も言われていないので分からない。
学園時代の思い出にキャッキャウフフしたいというなら、それでも良いのだけど、場所と時間は弁えて欲しい。
夜会では身分の差もあるし、子爵令嬢と被る事はないから、同行を奪われる事態にはなっていないし。
イディオットは政務を丸投げにしてくる事も無かった。
むしろ女遊びなどよりも、職務放棄であればどれほど対処が楽だったか。
「何をそんなに見ている。何か言いたい事でもあるのか?ブランシュ」
名前が呼ばれた。
ご指名だ。
私もそろそろ動かないと、周囲の令嬢達の目や陰口も厳しくなってきていたのだから仕方ない。
悪役になりたくなくて、皆が皆動けない分、私に非難が集まっていたのだ。
何でと言いたいが、未来の国母かもしれない者なので仕方ない。
うん、仕方ない。
私は一歩前に踏み出した。
奴らもきっと物語や劇で学んでいるだろう。
『嫉妬深い』だとか『心が狭い』だとか難癖を付けようと待ち構えている。
だが、私もその辺りは履修済み。
「ええ。少々お耳が痛くなる事を申し上げるかもしれませんが、お許し頂けまして?」
一応、断っておかないとね。
不敬だの何だの引っくり返されたくないし。
「良かろう。申してみよ」
余裕に満ち満ちた王子の言葉に私は頷いて淑女の礼を執る。
「では。ここは学び舎にございます。身分の差は問わないと校則にもございます通り、色々な人々とお関わりを持たれるのは問題ございません。寧ろ、推奨すべきかと存じます」
イディオットはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
認めたと思ったのかしら?
違うのだけど。
令息達もニヤニヤしていて、失言を待ち構えているし、その愚か者達の婚約者達は緊張に蒼褪めている。
「ですが、男女の別は弁えて頂かないとなりません。特にサロップ・コナス嬢、貴女は婚約者のいる殿方への距離が近すぎますので、ご配慮頂けないかしら?」
餌に愚者達が食いつく前に私は次の餌を投入した。
「イディオット殿下であれば、好きになさって構いません」
何かを言おうとした者達がぴたりと止まる。
口も表情も、固まった。
それは、そうかもしれない。
不敬どころか私は第一王子の人権さえ無視してしまった。
嫉妬してないよ、と言いたかったのだ。
決して邪魔はいたしませんという意味だった。
一番立ち直りが早かったのは、私の言葉を受け取ったサロップ嬢だった。
可愛らしい顔に怯えを添えて、たどたどしく聞き返す。
「え……でも……イディオット殿下はブランシュ様の婚約者では……?」
「確かにそうですわね、今は」
未来は変わりますもの。
彼が婚約破棄する!と言い出したりすれば貴女へと変わるかもしれませんし。
私の言葉に、さらにサロップ嬢は困惑した表情を浮かべる。
圧をかけたつもりはなかったのに。
私は親しみを込めて、微笑みを浮かべた。
「私にとってイディオット殿下は何の価値もございませんの。ですから、自由になさって構いませんわ。その代わり、他の方とは適切な距離を保ってくださいましね」
自由に恋愛すればいい。
私は別に構わないのだ。
ただ、他の令嬢達の手前、釘を刺すところは差しておかないと、またやってもいない事で文句を言われたくない。
本人に言え!と言いたいところだが、そう上手く対処できないだろう。
困惑したままのサロップ嬢が立ち直る。
「ひ、ひどいですっ!殿下をそんな風に言うなんて」
え?そっち?
同じ人を好きでいて欲しいのかしら?
涙を流してやめて!という女性から奪いたいというご趣味なの?
「殿下は文武にも優れ、礼儀作法も完璧で、容姿も麗しゅうございますわ。王国中の女性の憧れと言っても過言ではありませんものね」
「そ、そうです、よね……」
私が褒め称えると、文句を言ったサロップ嬢も彼女を応援しようとした側近達も止まった。
「だからといって、わたくしもそうだという訳ではございませんの」
改めて、二人の障害にならない事を宣言しておく。
どれだけ素晴らしかろうと、どれだけ世の女性の関心を集めていようと、関係ない。
愛し合う二人の邪魔はいたしません。
だから、巻き込まないで。
好きに恋愛して、側妃になるならなるで構わないし、何なら婚約を解消して頂いても問題ない。
あ、その辺も言っておかないと。
「殿下から許可を頂いたので、色々と本音を申し上げましたが……婚約について変更がございましたら、どうぞ父の方へご連絡くださいませ。わたくしは二人の恋路を邪魔する野暮はいたしません。では、ごきげんよう」
よし。
よしよし!
これで注意もしたし、邪魔しない宣言も出来たから、嫉妬とは無縁だわ。
私は改めて淑女の礼を執ると、最後にサロップ嬢に声をかけた。
「精々お励みなさい」
応援しているわね!
あとは好き勝手やって頂戴。
私は皆が彫像の様に固まって立ち尽くしている中、公爵家の王都邸へと帰還した。
馬車の中でも、侍女のミミが嬉しそうに目を輝かせて今日の話をしていたが、私室に戻っても他の小間使い達相手に語っている。
きっと晩餐の時にはお父様もお怒りになるでしょうね。
それは仕方ない。
親達が必死で繰り広げる派閥争いやら何やらを、ぶち壊しにしてしまう可能性があるのだ。
ただ、その政争を一番考えていないのは令息達である。
こちらが何かしたところで、公爵である父やら、王子の父である国王やらが出てくれば、私達の茶番など論の外。
踏みつぶされて終わり、だ。
逃亡も出来ないわけじゃないけれど、難易度は高い。
救ってくれる王子様なんて、そう簡単には見つからないだろうし。
大体、こういう事があった時に近づいてくる人なんて碌なものじゃないと私は思っている。
怪しさ全開でしょう。
たまたま、小さい頃に出会って~とかあるけれど、縁戚関係でもない限りは難しい。
大事に育てられた深窓の令嬢に出会いなどないのですよ。
触れあう殆どの人が女性。
一定以上の爵位の家門の令嬢なら護衛騎士も女性だし、特別な仕事をしている訳ではないので執事もいない。
女主人なら、家政の事で色々と執事と話す事もあるだろうけど、殆どそれも部屋付きの侍女や侍女長を通すだろう。
美男子の従僕達はいるけれど、食事の時に給仕されたり、荷運びを見るくらいで言葉は交わさない。
こちらも、出会いを探しているわけじゃないからいいのだけれど。
何にしても、結婚を決めるのは親達だ。
いっそ、恋愛出来る環境にいる人々が羨ましい。
父のお叱りの声がかかる前に、侍女長がいつになく慌てた様子で私を呼びに来た。
「お嬢様、イディオット殿下が……」
日常服に着替えて執務をしていたが、私はそのただならない様子に顔を上げる。
「どうしましたの、そんなに慌てて」
死んだのかしら?
いえ、死んだらもっと悲壮な顔をしていてもおかしくないわね。
「先触れもなしに門の前にいらして、お嬢様にお会いしたいと」
何かしら。
婚約についての話は父にと言ったのに。
面倒な。
「約束もなく、訪問すれば会えると思っているのなら、随分軽く見ていらっしゃるのね」
言えと言われて言いたい事は全て言い終わっている。
何か言いたい事があれば、あの場で言えば良かった。
今更尋ねて来て、内々に何かを話そうとしているのかもしれないが、巻き込まれるのは御免だ。
「お帰り頂いて。予定があるのでお会いする時間はないと伝えて頂戴」
「はい、畏まりました」
私の言葉を聞いて落ち着きを取り戻した侍女長は、颯爽と歩き去った。
私はそのまま執務に戻る。
婚約者の座から降りない限りは、婚約者としての仕事は全うしなくてはならない。
王妃殿下と共に行う公務も多いし、慈善事業については手を抜けないのだ。
晩餐の席に呼ばれて、晩餐用の衣装に着替える。
誰に見せるわけでもないけれど、これは礼儀作法の一つだ。
晩餐室では奇妙な沈黙が流れている。
壁際に立つ執事や従僕達も、給仕達も緊張した面持ちで。
私は自分の席に着いた。
母は静かに微笑んでいる。
兄達は気まずい顔。
父は困惑した顔で、怒ってはいないみたい。
「本日、学園で騒動があったようだな」
開口一番その事に触れられて、私は思わず眉を顰めそうになる。
やっぱり、そうなるわよね。
騒動があったというか、起こしたというか。
元凶は私ではないけれど、原因は私だ。
「ええ、少々釘を刺さなくてはならぬと思い至りまして」
先にちゃんと気持ちを伝えておかないと、彼らの混沌とした恋愛事情に巻き込まれるかもしれないもの。
ただでさえ、最低限の付き合いしかしていないイディオットに、変な絡まれ方をされるのも嫌だし。
「釘を………」
父は何だか奇妙な絶句をする。
何なのかしら。
足りなかったのかしら?
でもまずは、父がどれくらい事情を知っているか確認しないと。
間違った材料で判断されては堪らない。
「イディオット殿下を中心にした、とある状況はお父様達も勿論ご存知ですわよね?」
何だか嫌味みたいになってしまったけど、別に責めている訳ではない。
ただ、この期に及んで知らぬ存ぜぬと言われないようにだ。
令嬢達と私が出来るだけ近づかないように足踏みしていたのだから、状況は悪化していたし。
察した令息の親達が先に動くべきだと思う。
「ああ、知っている。……子爵令嬢に王子殿下や令息達が熱を上げていると。若き日の過ちとして見過ごしてきたが……」
まあ、ありますわよね、そういうの。
だけど、その過ちの結果のしわ寄せを被るのは嫌ですわ。
だって、自分が楽しくてやらかしたのならまだしも、何も良い事なんてないのに代償だけ払わされるなんて。
私は、はしたなくも溜息を吐いた。
盛大な抗議である。
「若き日の過ちは結構ですけれど、その過ちが罪も無い令嬢達に降りかかる事は御考慮頂いているのかしら?女性の名誉は何よりも大事にされて然るべきもの。それを泥に踏みつけられるのは我慢なりません」
令息側の親は良いわよね。
殿方も全般的にそういう思考に偏りがち。
私達令嬢は、一歩でも誤ったら人生詰みますわよ。
うっかり誰かと二人きりになっただけで、貞節が疑われるし。
それに、令息達もその親も若き日の過ちだからと笑って済ませばいいと思ってるのかしら?
過ちまくって死んでくれるなら、こちらも無傷で済むからいいですけど。
「ええ、全くその通りですわね」
母が合いの手を入れる。
私の銀髪も濃い桔梗色の瞳も母譲りだ。
女性同士、その点はとても深く分かり合えると思う。
「だが、相手はイディオット殿下なのだぞ。今日もわざわざ足をお運びになられたのに、面会を断るなど……」
先触れも無しに来られて、ホイホイ公爵家の門を潜れると思わないで頂きたい。
私はイラっとした。
多分、顔にも出ていたと思う。
「たかが王子如きが公爵家を軽んじるなんて事、許されるとでも?」
公爵家の威厳を見せつけようとして、私は王室の権威を無視してしまった。
軽々しく扱われるべきじゃないって事なんだけど、これでは不敬まっしぐらだ。
私は言い直す事にした。
「尊敬できる王族の方はいらっしゃいますが、ご自分の事も儘ならず、他者に責を負わせるような人間に払う敬意などございませんわ」
よーし、これでよし。
個人に転嫁した。
王族全体が駄目という暴論からは抜け出したわ!
ふう、危ない、危ない。
「……では、婚約解消を望むか?」
「望んで良いのであれば、是非」
私は父の問いかけに即答した。
後半食い気味だった事は否めない。
だって、挟まりたくないもの。
真実の愛などという幻想に浸った人達の間に割り込んだら殺されてしまう。
命か尊厳あたりが。
「分かった。そうしよう」
「わたくしも賛成いたしましてよ」
嬉しそうに母も付け足した。
満足そうな笑顔だ。
まあ、どうせ次の相手も親が決めるでしょう。
私の意見も少しは反映されたので、私も満足。
やっと緊張が解けたのか、長兄が少し微笑みながら聞いてきた。
「そういや、今日お前が帰った後の出来事知っているか?」
「?存じ上げませんが」
言いたい事だけ言って、脱兎の如く逃げたので。
周囲の皆さんは、私と目を合わせる事も避けていたものね。
次兄と三兄も揃って含み笑いをしている。
一体何が起きたのかしら?
「お前が王子に釘を刺した後、令嬢達もお前に倣って自分の婚約者に釘を刺したらしい」
私の釘は、嫉妬だと言われないように、婚約者を投げ与えた事でしょうか。
つまりは。
「皆様も、婚約を解消する流れになるのでしょうか」
「かもしれん。何せ婚約者自身が『わたくしの婚約者もどうぞお好きになさって』と言っていたそうだからな」
三兄は令嬢の口真似までして、大笑いしている。
変な趣味があるのではないでしょうね。
思わず半眼になってしまう。
ともあれ、皆さんも堪忍袋の緒が切れてしまわれたのでしょうね。
最初に切ったのは私ですけど。
でも、あれは不可抗力。
「わたくしも釘を刺したくて刺したというよりは、殿下に名指しで言いたい事を言って良いと半ば強制的に言わされましたのよ。令嬢方もわたくしが動かない事に痺れを切らしていたのかもしれませんわね」
直接的に文句を言われた訳ではないけれど、嫌味といえなくはない言葉を沢山言われたわ。
『イディオット殿下は、あのような奔放な女性がお好みなのですかしら?』
と言われれば、表向きは殿下への批判に聞こえる。
でも『あの色惚け女をそのままにしておく気?』という意味も、確実に込められているのだ。
割合は置いておくとしても。
『殿下を甘やかしていらっしゃる』『お心が広くていらっしゃる』
なんて、一見誉め言葉のようでいて、貶しているのだ。
中身はどれも一緒で『さっさと対処しろ』である。
本来なら製造元へ訴えるべき問題ではあるが、婚約者の責務の内だと私も思う。
相手の親に言って対処して貰えという人もいるけれど、じゃあその「言いつけるべき相手」がいなくなったらどうするのでしょうね。
次期国王となった後も、その人達は誰かに叱って貰いなさいと言うのかしら。
結局のところ、一番近くに居続ける者の責任となっていく。
親や周囲がどうしてもと強要すれば、殿下との婚約は続行されるだろうし。
父や母は解消に賛成しているので、出来れば穏便に解消して欲しいものだわ。
「後継問題になるか、政争になるか分からんが、まあいいだろう」
父が裁定を下す。
その辺は親の領分だ。
私の意志は変わらない。
休んでも良いと言われたけれど、私は普通に登校した。
その後どうなったのかも気になったし。
父も元気に登城したから、きっとこの後両陛下と話し合いでもするだろう。
けれど、昨日面会を断ったイディオット殿下が現れた。
横には例の子爵令嬢もひっつけて。
「随分と偉そうだな」
は?お前には言われたくない。
「どういう意味で仰っているのか、分かりかねます」
私は笑顔のまま答えた。
何言ってんの?本当に。
「私の気を引きたいとはいえ、昨日の罵倒に面会拒絶。お前は自分を何様だと思っている」
「つまり殿下は今、ご自分の立場を笠に着て、わたくしを押さえつけていらっしゃるのですね?」
問い返せば、うっとイディオットは言葉に詰まった。
サロップ嬢がそう吹き込んだのだろう。
奪い合いをして勝ちたい性分の女性にありがちなのよね。
私がどうしても殿下が好きで、気を引きたくて冷たくしたなんてありえない事を吹き込むなんて。
だから、身分差を盾に取られた被害者面で話を開始する。
「昨日の件は、殿下が名指しでわたくしに心の裡を語らせたのでしょう。罵倒ではございませんわ。お二人の仲を心より祝福しておりますの。お会いしなかったのは、執務で忙しかったからでございますわ。先触れもなく、予定を開ける準備もさせず、突然押しかけられても迷惑だとお分かりにならなくて?」
正論が正しいとは限らないけど、正論は大事だ。
周囲の人々に、どちらがより正しいと示すことが出来る。
けれど、サロップ嬢はそうもいかない。
「迷惑だなんて、ひどいですっ!」
「でしたら、貴方がお相手をなさって。それともわたくしの執務を貴女が肩代わりしてくださるの?」
感情論でこられても、時間がないのは事実だ。
実際には会いたくなかっただけだとしても。
「え……いえ、私には無理です」
「無理な事を仰っているのはお分かりになるのかしら?それに王子殿下のお相手をなさるのでしたら、サロップ嬢、貴女ももっと勉学に励まないとなりませんわ。周辺国の言葉も少なくとも五か国は学んだ方が宜しくてよ」
「ええ……??」
困惑したように私とイディオット殿下を見比べてるけど、これは事実だ。
可愛らしく誤魔化そうとしても無駄。
「それに殿下、気を引きたいと仰いましたけど。わたくしは傲慢ではないので、突然訪ねた相手に面会を断られたら『気を引こうとしている』とは判断致しません。無作法を責められている、もしくは大事な用事があると判断いたしますけれど」
淡々と伝える。
嫉妬ではないのだと、叫びたい。
全く愛なんてないのに、愛を土台にして戦いを挑んでくるのはいい加減やめて欲しい。
「だが……」
言い淀んでイディオット殿下はサロップ嬢を見る。
サロップ嬢は息を吹き返した。
「素直になれないだけじゃないですか!本当は嬉しいのに、断って焦らせたりして!婚約者を好きにしていいなんて言って、嫉妬していないと思わせたいだけですよね?」
決めつけも甚だしい。
というか、どうしてもそこに持って行きたいのだろう。
私が何故かイディオット殿下をこよなく愛するあまり、気を引こうとして色々と仕掛けた、と。
けれどそんな事をしても、イディオット殿下の心は私の物よ!と自慢したいのだ。
「昨夜、父から殿下との婚約解消を望むかと問われて、望むとお伝えしましたの。それ以上でも以下でもございませんわ。サロップ嬢はわたくしが殿下を好きでないと何かお困りになるの?そんな事はないと安心出来たかしら」
イディオット殿下の顔が蒼褪めた。
「そ、そんな事ありません……」
サロップ嬢は困った様に、でもどこか嬉しそうにイディオットの服の裾を掴んで身をくねらせた。
どうやら分かって貰えたことに私は安堵する。
ちゃんとした価値観で話してもらわないと、大変困るのだ。
外国人とお話しするより大変かもしれない。
「サロップ嬢、最後に一つ言わせて貰いますけれど。貴女が死ぬほど大事に思っているものを、他の皆が欲しがると思わない事ですわね。わたくしの要らないものでも、貴女は大事にして下さるのだから嬉しくてよ」
感謝を伝える。
嫉妬も二人の真実の愛の障害にはならない事も分かって貰えたと思う。
全く、これだから価値観の違う人間同士の会話は大変なのよね。
私は出来るだけ親しみを込めて二人に微笑んだ。
淑女の礼を執って、さっさとその場を離れる事にする。
結局、私とイディオット殿下の婚約は円満解消となった。
王太子の最有力だったはずの殿下が、限りなく王太子の座から遠のいたらしい。
代わりに最有力となった第二王子との婚約が降りかかって来たけれど、それは仕方ない。
父や兄が言っていた通り、学園でも婚約解消と新たな婚約が相次いでいる。
更に、後継変更も同時進行で行われた。
サロップ嬢の周囲からは殿方達が潮のように引いて行ったらしいけれど、殿下とはどうなったのかしら?
まあ、もう二度と関わりたくないから放っておきましょう。
あとは、第二王子殿下が真面な人だといいなと祈るのみだわ。
第二王子は多分大丈夫……でもその前に高位貴族の令嬢達からは避けられて、低位貴族の令嬢に群がられて勘違いした第一王子がまた現れそうな予感。決定的な罪は犯していないので、王位争いから脱落したのみで、将来はきっと臣籍降下です。




