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変化した世界の、あずまのゆるい日常【短編】

掲載日:2026/09/13

 

 ―――世界が変わった。


 それはいつからだったのだろう。

 昨日なのか、それとも何十年も前なのか、よく覚えていない。

 人々が気がついたときには、そこに魔法があり特殊な力を持つ人もいた。

 世界中のあちこちには、ダンジョンができていた。

 そこから時折出てくる魔物も、今では珍しくない。

 魔法なんてものが突然現れて、空を飛ぶ人がいて、怪物が街に現れる。

 そんなものが日常になれば、普通はもっと混乱するだろう。


 ――でも。

 それほどでもない。

 人は慣れるもの。

 たぶん、それだけ。


 朝。

 玄関の扉を開けると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

「……ん」

 まだ、眠い。だけど、学校があるから仕方がない。

 鏡を見る。

 黒い髪。その内側に青がさしている。顔には右目を覆うバイザー。

 学校の制服は少し崩して、スカートの長さは少し短め。ボタンは二つ外しておこう。

 背中には小さな羽根と帯、そして折りたたまれた機械が腰についている。

 違和感しかないが違和感がない。困ったものだ。

 もう慣れている。これをつけたまま学校へ行っても、誰も何も言わない。

 スカートの短さとブラウスについてはたまに言われる。


 私は鏡から目を離した。

「よし……行ってきます」

 誰もいない家を出て、鍵をかけた。

 住宅街は穏やかに風が吹き静かに木々の葉が朝露が光っている。

 少し先では、近所の家から自転車を押して出てくる人がいる。

 犬の散歩をしている人もいる。

 向こうから、私と同じように学校へ向かう生徒が歩いてくる。

「おはようございます」

「おはよう」

 近所の人といつものやり取りをしながら、いつもの速度で歩く。


 あぁ、信号が赤になっちゃった。

 立ち止まり、空を見上げる。今日は晴れているし、雲も少ない。富士山も良く見える。

 ……いい天気。

 そう思ったときだった。頭上から、大きな音がした。

 ドンっと空気が震える。

 反射的に音のする側へ顔を向ける。

 上空、青い空の中。

 二人の少女が飛んでいる。

 一人が杖を掲げ、その先に光が集まる。

 次の瞬間、幾重もの細長い光が空を走った。

 もう一人が身体をひねって、それを避ける。

 長い髪が風になびく。

 そのまま空中で一回転して、手にした武器を振る。その瞬間、光が弾けた。

 そして、少し離れた場所に、また魔法が咲く。


「……今日は二人か」

 私はのんびりと眺める。

 どうやら魔法少女同士の戦いらしい。

 バイザーを通して魔法少女たちの情報や姿が克明に映る。

 朝から元気だね。私はまだ眠いよ。

 近くの人たちも空を見上げている。

 けれど、慌てている人はいない。

「あ、またやってる」

「昨日の人?」

「動画撮っていいかな」

「学校遅れるよ」

 そんな会話が聞こえてくる。一人がスマートフォンを取り出して、空に向けている。

 別の人は一度見ただけで、そのまま歩いていった。

 さすがに、ちゃんと撮れる距離じゃないと思うな。……撮れてたとしたらパンツ見えるだろうけど。

 あ、信号が変わった。人の流れが動く。それに合わせて、私も歩き出した。

 空ではまだ、魔法が飛び交っている。

 でも、もう見ない。

 学校に遅れるほうが困る。


 少し先に、コンビニが見えてきた。

 お店の入口に立てられたのぼりには、先ほどの魔法少女が描かれていた。

 そこには笑顔で商品を持っている。新商品の宣伝か。

 期間限定という文字が踊っていた。

 私は歩きながら、少しだけそちらを見る。

「期間限定かー」

 そういえば、友達が話していた気がする。

 帰りに覚えていたら買おう。

 必ず。

 私はコンビニを通り過ぎる。


 その先の道は、少しだけ見晴らしが良くなっている。

 遠くの山まで見える、こういう景色は珍しくない。

 朝の光に照らされた木々。車の走る音、鳥の声。

 そして、その上空を、さっきの魔法少女が飛んでいく。

 ……まだやってる。学校とかいいのかな、確か下級生だった気がする。

 少しだけ首を傾けた。

 でも、私は静かに歩き続けた。


 学校。それから、今日はアルバイト。

 放課後はダンジョン調査の予定が入っている。

 それが終わったら帰宅してゲーム。気が向いたら配信でもしようかな。

 たぶん、そんな日になる。いつも通りの一日。

 私はいつもの通学路をいつもの速さで歩んでいく。

 髪が風に揺れる。バイザーの端に表示された時刻をちらりと見る。

「……うん。まだ大丈夫」

 少しだけ安心する。

 私はそのまま、学校へ向かっていった。


 * * *


 教室に入ると、私より早く来ていたクラスメイトが窓を開けていた。

 入ってきた風がカーテンを膨らませ、白い布がゆっくりと揺れている。

 それを横目に、自分の席に向かった。

 鞄を机の横に掛け、席に座る。

 背もたれに体を預けたところで肩を軽くたたかれた。

「やあ、アズっち。おっはよー!」

 横から元気な声が飛んでくる。

「ん。おはよう。ノノ」

 友達の野木柚乃(のぎゆの)……通称ノノだった。

 パーマも綺麗にかけて長い付け爪にメイクをばっちり決めている。

 まぁ、いわゆるギャルとかそんな子だ。


 私の机の横まで来て、鞄を置く。

「テンション低いなぁ、今日ちょっと眠そうじゃない?」

「……いつもだよ」

「あはは、それもそうだね!」

 からからと笑う。失礼な。

 ……でも、否定はできない。


 私は机の上に教科書を出した。

 そのとき、友達がスマートフォンを取り出した。

「そうそう、これ見た?見た?」

「ん?」

「昨日の……」

 画面を向けられる。

 空を飛ぶ少女。光る杖。派手な爆発。

 朝、私が見たものと似ている。というか同じ娘だ。

「これっ!これっ!昨日の魔法少女のやつ」

「……あぁー」

「めっちゃ伸びてる!」

 画面の下を見る。

 再生数はとんでもないことになっているし、コメントも大量についている。

 少しばかり羨ましい。私が配信してもそんなに伸びないのにな。


「……すごいね」

「でしょーっ?」

「うん」

「しかも、こっちの切り抜きもすごいよ」

 別の動画を開く。

 今度は戦闘の一場面。

 魔法少女が空中で回転しながら魔法を撃っている。

 光が軌跡を描いて、朝の空を横切る。


「ん……これ、撮った人すごいね」

「え、そこなの?」

「他に何かあるの」

「普通そこは魔法のほうじゃない?」

「……そうかな?」

「そうだよ」

 また笑われた。ほんとよく笑うな、この子。


「でも、確かに綺麗に撮れてるけど」

「ね」


 私はもう一度画面を見る。映像としては、かなり綺麗だった。

 画面を指でスクロールすると関連動画が次々と表示される。

 別の魔法少女。別のダンジョン。

 異能を使った料理。能力を使った掃除。

 どういう使い方をしているのか分からない能力で、ひたすら便利グッズを作っている人もいる。


「これ何の能力なんだろね?」

「私も分かんない。でも便利そう?いや、どうかな」

「うん」


 動画を少し眺める。

 異能というものも、こういう扱いだ。

 特別なもの。だけど、特別すぎるものではない。

 使える人は使う。

 使えない人は使わない。それだけだ。


「そういえば、アズっちも配信してるじゃん」

「……してるね」

「昨日の配信、見たよ」

「え……ほ、ほんと?」

「ほんと。ま、あたしが焚き付けたからね」


 少しだけ気まずい。

 私は配信では、あまり喋らない。

 ゲームをして、たまにコメントを読むぐらいだ。

 ノノには、ダンジョン配信すればいいのにとか言われてるんだけど。

「でも、もーっと喋るといいと思うよっ」

「……疲れる」

「ほら、出たー」

 ノノが笑った。

「でも、あれがアズっちらしくて良いよ」

「そう?」

「うん。なんか見てると落ち着く。それに変なところで死んだりするとか笑えるし」

「……それならいいけど……いや、よくないよ」

 私は机の上に頬杖をついた。


 まだ授業が始まるまで少し時間がある。

 あちこちでクラスメイトの話し声がする。

 笑い声。椅子を引く音。教科書をめくる音。

 窓の外から聞こえる車の音。

 どこにでもある朝の教室。


 そのとき、教室の前のほうが少し騒がしくなった。

「そういえば、今日来るんだっけ?」

「転校生?」

「うん、らしいよ。隣のクラスだって」

 何人かが話している。私はそちらを見る。

 どうやら今日から転校してくる生徒がいるらしい。

「へえ」

 それ以上は特に興味がない。

「ねえねえ、アズっちは気にならない?」

「ん……?」

「転校生っ!って、ぜーったい、興味ないでしょ」

「……まあ、うん」

「即答なんだ。あたしは気になるなっ、イケメンだったらどーしよっ!告ってみようかな?」

 思わず、くすっと笑ってしまう。ののはこういう子だった。大体彼氏いるよね……羨ましいような、そうでもないような。


 しばらくすると、先生が入ってきた。教室の空気が少しだけ変わる。

「おーい、席につけー」

 みんなが自分の席へ戻る。


 教科書を開いた。授業が始まり先生の声が教室に響く。

 黒板に文字が増えていく。

 ノートを取りながら頬杖をついて、窓の外を見る。

 青い空に白い雲。

 グラウンドでは、体育の授業で皆が走り、木の枝が風に揺れている。

 ……眠い。

 私は小さく欠伸をした。

 バイザーの表示が視界の端に浮かぶ。時刻を見とまだまだ授業は始まったばかりだ。


「はぁ……長い」


 小さく呟く。隣から、ののがちらっとこちらを見みて笑った。

 気にせず黒板へ視線を戻す。ノノは……見た目に反して授業は真面目に聞いてるんだよね。

 はぁ、早く終わらないかな。

 そして、退屈な午前の授業が終わり、チャイムが鳴った瞬間、教室の空気が緩んだ。


「疲れたー」

「まだ午前だよ」

「だから疲れたんじゃん」


 そんな会話が聞こえる。私は鞄から弁当を取り出した。

「お昼にしよっ!」

「うん」

 机を寄せて、蓋を開ける。

 いつもの昼食。特別なものはない。

 あるとしたら手作りぐらいか。


「それ何、何?卵焼き?可愛く切っててすごーい!」

「頑張った」

「一個ちょうだいっ!」

「いいよ」

 私は卵焼きを一つ渡す。

「じゃ、代わりにこれあげるねっ!」

 代わりに小さな唐揚げを一つもらった。

 食べる。きちんと下味が付いてる。


「……おいしい」

「ふふん、でしょでしょー?」

 昼食を食べながら、また話をする。

「そういえば、今日帰りどうする?カラオケに行く?」

「私はバイトが入ってるから」

「ダンジョンの?」

「そう。調査」

「大変だよねー、いっぱい歩くんでしょ?あたしならすぐ疲れちゃいそう」

「そうでもないよ」

「でも、魔物とか出るんでしょ?怖くない?」

「まあ、たまに出るけど……まぁ」

 私は少し考える。


「そうだね。慣れた」

「慣れるものなのかな」

「仕事だし」

「それもそっか。でも、戦うアズっちを配信したらかっこいいと思うけどなー」

「それは……慣れないから。ゲーム配信で我慢して」

「ちぇー」

 ノノが納得したような、していないような顔をする。

「帰りにコンビニ寄る?そういえば、新作スイーツ出てるの知ってる?」

「ノノはもう食べた?」

「食べた食べた!クリームたっぷりでふわふわでとってもおいしかった!」

「……ほう」

 私はスマートフォンを取り出して、商品を確認する。

 写真が出てくる。これでもかというほどのクリームをクッキー生地とスポンジで挟んだケーキだ。

 期間限定らしく、間に季節のフルーツも色々入っている。

「これだよね?……買おうかな」

「そうそう、買って損はないよっ」

 得意げな顔をしないでよ。私より先に食べたというだけなのに

 昼休みは、そんな話をして過ぎていった。


 午後の授業が始まった。

 あぁ、とても眠い。昼食を食べた後だから、余計に眠い。

 先生の声が遠く聞こえる。

 私は頬杖をつきながら、黒板を見る。

 文字が増えていく。ノートを取る。また黒板を見る。

 あくびが出る。

 風が吹きカーテンが揺れ、窓から入ってきた光が机の上を少しずつ移動している。

 まだ時間がある。

「……長い」

 また小さく呟いた。

 今度は誰にも聞かれなかった。


 五時間目。六時間目。そして、最後のチャイム。

 あぁ、終わった。眠らないようにするので精いっぱいだ。

 教室の中が一気に明るくなる。

「やっと終わったーっ」

「部活?」

「今日は休みー!遊ぶぞーっ」

「いいなぁ、こっちは大会が近いから練習漬けだよ」

 私は教科書を片付け、ノートを鞄に入れる。

 机の横に掛けていた鞄を肩にかける。


「アズっち、帰りコンビニ寄る?新作を忘れないでよー?」

「覚えてるって……たぶん」

「あははっ、たぶんなんだ。でも、絶対気に入るから!」

 ノノに笑われる。でも悪意のない笑い方ならいいと思う。


 教室を出ると廊下の窓から、夕方の光が差し込んでいる。

 校庭では、これから部活動という生徒たちがいて、掛け声が遠く聞こえる。

 私たちは階段を下り昇降口で靴を履き替えた。

「じゃあ、また明日っ、バイバーイ!」

「ん。またね」

 手を軽く上げ友達と別れる。

 一人になる。

 学校を出る。

 何気ない、くだらない会話。

 つまらない授業。

 それが、私の日常だった。


 口元が、ほんの少しだけ緩む。


「……さて」


 今日はアルバイトがある。

 ノノとは反対の方向へ歩き出した。

 ダンジョン管理出張所へ向かって。


 * * *


 学校を出て北へ歩く。

 住宅が並び、帰り道の生徒がぽつぽつ歩いている。

 けれど、少しずつ人が減っていく。

 家と家の間隔が広くなり、畑が広がる。

 道路脇に雑草が増えてきた。……ちょっと邪魔。


 やがて、住宅の向こうに木々が見え始めた。

 私はゆっくり進む。肩に掛けた鞄が、歩くたびに小さく揺れた。

 山のほうから風が吹く。土と木の匂いがする。……流石に畑の臭いではない。


「……今日は涼しい」

 夕方の空は、朝よりも少し赤っぽい。多分、明日は晴れ。

 遠くには南アルプスの稜線。その手前には住宅街。

 街から少し離れるだけで、景色はずいぶん変わる。

 田舎とド田舎の中間あたり。


 たまに熊が出る。怖いから、狸ぐらいにしてほしい。


 山の坂道を上ると小さな建物が見えてきた。

 大きな看板もない地味な建屋。

 入口の横に古びた標識。

 ダンジョン管理出張所


 私は扉を開けた。

「こんにちは」

「お、外神さん。こんにちは、いつも通りだね」

 受付の職員が顔を上げる。

「学校帰り?お疲れさま」

「そうです。ありがと」

 用紙渡される。

「今日も前回と同じでいいですか?」

「はい」


 椅子に座り、申請用紙を見る。

 氏名。所属。学年。異能者クラス。調査区域。日付。

 いつもの項目。

 順番に記入していく。

 最後に異能者クラス。

 ……魔法少女。

 間違いじゃないけど、納得はしていない。


「書けました」

 用紙、登録カードと共にを職員へ渡す。

「ありがとうございます。……うん。問題ありません」

 職員が地図を指す。

「今日の調査区域は、ここからここまでの範囲になります。壁面の状態と魔力濃度、それから地脈の変化もお願いします。何か異常があった場合は、無理せず戻ってきてくださいね」

「了解」

 職員が少しだけ私を見る。

「あと、今日は少し深いところまで行くので、気をつけて」

「……はい」

 私は立ち上がり、許可証を受け取った。

 更衣室へ向かい、専用装備に着替える。


 そう、異能の力に目覚めた時に私には専用装備があった。

 黒い杖にコート。そしてリボンの髪留め。


 それゆえに魔法少女というクラスに指定されてしまった。全くもって納得いかない。

 制服の上にコートを羽織り、オレンジ色のリボンを留め髪を軽く整える。

 黒い髪の内側から、青い色が少し覗く。

 バイザーはそのまま。

 背中から生えた白い翼と黒く帯のような翼らしきものがコートの隙間からのぞかせる。

 そして、最後に機器武装のハードポイントを確認する。

 問題ない。真っ黒い1メートルぐらいの棒もいつも通りだ。


 出張所の裏手へと回る。

 山の斜面に、大きな穴。

 風穴に重なるようにして出来たダンジョンの入口。

 柵。そして、管理端末と警告表示が設置されている。

 私は許可証を取り出し端末へかざす。

 電子音。

 《認証しました》

 柵の一部が開く。


 中へ入ると数歩進んだところで、外の音が急に遠くなった。

 虫、鳥、風、そして道路を通る車の音。

 そういったものが薄れていく。

 代わりに聞こえてくるのは、自分の足音。

 靴底が岩を踏む音。

 少し遅れて、ぽつりと水滴が落ちる音。


 ダンジョンの中は薄暗い。けれど、完全な暗闇ではない。

 壁面に埋まった鉱物が、淡く青白い光を放っている。

 私はバイザーを調整した。

 視界が少し明るくなる。

 足元。壁面。前方。

 異常なし。


 私は端末を取り出し、調査用の地図を表示する。

 前回の記録と現在地を照合する。

 ダンジョンは時々形を変える。そこが普通の洞窟とは違う。

「……ここ」

 現在地を確認し記録開始。

 歩き出す。

 最初の調査項目は、通路の形状。

 地図と実際の通路を見比べる。

 幅。高さ。分岐。壁面の傾斜。

 少しでも変化があれば記録する。


 次に壁面。私は手袋をした手で岩肌に触れる。

 ざらざらしている。

 湿っている。

 大きな亀裂はない。

 小さな亀裂を一つ確認。

 端末に記録する。

 《壁面状態:軽微な亀裂》

 撮影し位置情報を記録する。


 次は魔力濃度の計測。端末のセンサーを壁へ向ける。

 数値が表示される。

「……少し高い」

 前回よりわずかに上昇している。でも、基準値の範囲内だね。

 そのまま記録する。


 私は歩く。

 歩いて。止まって。そして確認する。

 また歩く。


 このダンジョンの調査というのは、思っていたより地味だ。

 職業探索者のように魔物を探しているわけでも宝物を探しているわけでもない。

 変化がないことを確認する。

 変化があれば記録する。

 それが仕事。危険性が低いし、その割にはバイト代も高いから、私にはありがたい。

 黙々と続けるとしばらく歩いたところで、通路が二つに分かれた。

 地図を見る。

「うーん……右か」

 右の通路へ進む。

 途中、少し狭く壁が近い。

 翼を小さくし、肩を少し内側へ寄せて歩く。

 今度は先ほどより天井も低い。冷たい。水滴が頭に落ちた。

 しばらくすると、開けた場所に出た。


 ふぅ、と一息つく。恐らく、私向けにルート指示したのだろうけど、異形化しているせいで、

 通り辛い場所が時々あるんだよね。

 すこし大きな空洞だ。天井は高い。

 しかし、壁面には細い亀裂がいくつかある。

 私は端末を向け記録。

 魔力濃度。問題なし。

 地脈。こちらも大きな変化はない。


 私は少しだけ周囲を見回した。

 ――静か。何もいない。

 そのまま次の通路へ向かおうとした。そのときだった。


 ずしん。


 足元が僅か揺れた。

 私は立ち止まる。

「……ん?」

 もう一度。


 ずしん。


 今度は、はっきり聞こえた。そして、バイザーに熱源反応。

 何かが歩いている。私は通路の奥を見る。

 暗闇の中から、巨体が姿を現した。

 サイか象のような体。太い四本の脚。

 岩のような硬い外皮に覆われ、太く長い尻尾。

 そして、頭部から長く伸びた一本の角。

 バイザーの視界に表示が浮かんだ。


 《対象を検知》

 《種別:大型魔獣》

 《名称:一角グラン》

 《予想危険度:B+》

 《推定全長:5.2m》


「……一角グラン」

 危険度B+かぁ。あぁ、なるほど。だからここ広いんだね。

 ここのダンジョンでは多少珍しい程度の大型の魔物。

 でも……今回は、調査の邪魔になるだけだった。

 一角グランがこちらを見る。

 鼻から大きく息を吐き、低い唸り声あげる。

 私の事をどう見てるのだろうか?餌か無害な小物かそれとも――


 ため息をつきながら端末を見る。

 調査データは、まだ途中。でも、このままでは進めない。

「……邪魔だね」

 端末をしまう。

 一角グランが地面を蹴り、その巨体が一気に迫ってくる。

 速い。

 私は横に軽く飛びると同時に大きな角が、目の前を通り過ぎる。

 風圧で髪が揺れた。

 身体をひねりながら、折りたたんだ機械の足を展開しバランスをとる。

 翼を大きく広げ自立型飛行ユニットをハードポイントから解放。

 黒杖を、軽く魔物の身体へ当てる。

 衝撃。

 巨体が横へ吹き飛び岩壁にぶつかり、鈍い音が響く。

 地面が揺れた。

 それでもなお、一角グランが起き上がろうとしている。

「……まだ」

 私は自立型飛行ユニットに搭載された砲を構える。

 魔物が頭を上げる。

 角がこちらを向く。

 私が手を伸ばす。

 次の瞬間、砲弾が放たれ魔物の身体を貫いた。


 動かない。


 バイザーに表示が浮かぶ。

 《対象の活動停止を確認》

「……終わった」

 私は周囲を見る。

 壁面には亀裂と私が打ち貫いた砲弾による穴が開いていた。

 まぁ、問題なし。

 地形。問題なし。

 …………調査を続けよう。翼をたたみ、機械の足も飛行ユニットも小さくまとめる。


 端末を取り出し討伐記録を登録する。

 位置情報。種別。名称。危険度。討伐時刻。

 必要な項目を入力する。

 あぁ、一角グランも持って帰れば臨時収入にはなるか。

 黒杖で、収納空間を展開し、一角グランを放り込む。

 引っ張って持って帰るのは無理。あの狭い道が通らないもんね。

 そして、調査を続けた。その後は特に何もなかった。

 壁面の状態を確認する。魔力濃度を測る。

 地形の変化を記録する。地脈の流れを確認する。

 裏世界との境界値も記録する。

 数字が端末に並んでいく。

 その一つずつ確認していき、予定していた範囲を歩き終えた。

 最後に地図を確認する。抜けはない。


「よし……終わり」

 私は来た道を戻る。

 入口へ近づくにつれて、外の空気が少しずつ戻ってくる。

 虫、鳥、風の音。――そして夜の空気の匂い。

 ダンジョンの外へ出た。もう真っ暗だった。

 出張所へ戻る。


「おかえりなさい。無事なようですね。調査はどうでしたか?」

「ただいま。問題ないです」

 この出張所は24時間三交代勤務だそうだ。

 お疲れ様です。公務員なのに大変だね。

 私は端末を机の上に置く。

「あぁ、途中で一角グランが一体出現しました」

「ああ、たまに出るんですよね。大丈夫でしたか?」

「はい。一応、確保してきました。あとで解体所に持っていくので追加査定お願いします」

 職員は端末の記録を確認する。

 地図。壁面。魔力濃度。地脈。

 それから一角グランの討伐記録。

「……はい。問題ありません」

「じゃあ、終わり?」

「終わりです。お疲れさまでした」

「お疲れさまでした」


 一角グランを出張所から少し離れた解体所の冷凍庫へと収める。

 流石に、この時間だと誰もいないね。まぁ、監視カメラ付きだし悪さをする人間は……いるかもだけど関係ないか。


 更衣室で装備を脱ぎ着替え、髪を整える。

 バイザーもいつもの状態に戻す。

 鞄を肩に掛ける。

「暗いですから、気をつけて帰ってください」

「はい」

 出張所を出る。


 夜風が頬を撫でた。

 山道を下る。

 今日の仕事は終わった。

 あとは帰るだけ。


「……お腹すいた。あぁ、そうだ。コンビニに行こう」


 * * *


 山道を下っていく。


 空はすでに群青色の帳を落とし、暗闇へと沈み始めていた。

 山から望む市街地は白く輝き、山々は夜空よりも濃い青のシルエットを描いている。

 街灯もないこの道からでは、星もそれなりに綺麗。

 風が吹くたびに、葉が擦れる音する。


 すこし早足になる。急ぐ理由は――そう、コンビニ。

「……お腹すいた」

 さっきから、そればかり考えている。

 ダンジョンの中では気にならなかった。

 調査をしている間は、仕事のことだけ考えているから。

 終わると急にお腹が空く。出張所から家までの間にコンビニがあるのは、とてもありがたい。

 学校。仕事。

 今日はそれだけだった。


 朝から歩いて、授業を受けて。

 そして、放課後に山まで来て。

 ダンジョンを歩いて、魔物を倒して帰る。


 あれ?考えてみれば、結構歩いている。

 運動部並にエネルギーを使ってるのではないだろうか。

 少しだけ肩を回すと、関節が小さく鳴る。

「……疲れた」

 疲れたと言っても、歩けないほどではない。

 むしろ、いつも通り。

 家まではまだ少しある。


 南へ向かって歩いていく。

 山道を抜けると、住宅が少しずつ増えてきた。

 道路を走る車。

 ジョギングしている人。

 犬を連れて歩いている人。

 公園では、子どもたちがまだ遊んでいるようだ。帰れ。

 さっきまでダンジョンにいたのが嘘みたいだった。


 でも。

 こういう景色も、いつものもの。

 少し歩いたところで、見慣れた看板が目に入った。

 コンビニ。のぼりが立っている。そう、あれだ。新作スイーツ。

 忘れてなんかない。ノノだって言ってたし、美味いらしい。


「……寄ろう」

 自動ドアの前に立つ。

 すぐに扉が開いた。


 《いらっしゃいませー》

 明るい声が脳内に響く。

 店内は明るく照明が少し眩しく感じる。

 冷蔵ケースの低い音。

 商品の並んだ棚。

 レジの向こうから流れてくる店内放送。

 私は入口で一度立ち止まって、それから店内を歩く。

 飲み物の棚。お弁当。おにぎり。パン。

 そして……スイーツ。

「あった」

 昼休みにノノと話していたものがあった。

 新作の期間限定スイーツ。

 透明なケース越しに見る。

 写真で見たものと同じ。

 思わず手に取る。よかった、売り切れてなかった。

「……買おう。あとは適当にジュースと……」

 冷蔵ケースを開くと冷気が手に当たった。

 適当なものを一本取る。

 最後に、ホットスナックのケースを見る。

 黄色っぽい照明の下に、いくつかの商品が並んでいる。


 私は少し考えた。

「……ファムチキ」

 これも買おう。


 商品を持ってレジへ向かう。

 レジの店員がこちらを見る。

 《いらっしゃいませ》

「……こんにちは」

 私は商品を置く

「……あと」

 《はい?》

「ファムチキください」

 《はい。少々お待ちください》

 店員が保温ケースへ向かう。


 その後ろ姿を見る。

 人間の姿ではない。いや、コンビニでアルバイトしているなら人間なんだけど

 灰色がかった皮膚に尖った耳。

 額には角が二本。目の形も、少し違う。

 そして何より口が無かった。

 ああ、だからテレパシーで会話してたのか。……食事とかどうしてるんだろうね?


 私と同じ異形の異能者。

「……お」

 一瞬だけと思った。

 でも、それだけ。

 店員は慣れた手つきでファムチキを袋へ入れている。

 《お待たせしました》

「うん」

 商品と一緒にレジへ置かれる。

 会計金額が表示される。

 私はスマートフォンを取り出し電子決済で支払いを済ませる。

 《袋、どうします?》

「お願いします」

 《分かりました》

 商品を受け取る。


 スイーツ。

 飲み物。

 ファムチキ。

 袋の中で、ファムチキの入った袋だけが少し温かい。

 《ありがとうございましたー》

「……ありがとうございました」

 自動ドアが開く。

 外へ出る。

 夕方の空気が戻ってきた。

 少し涼しい。


 このままじゃ、ファムチキが冷めた上にスイーツが熱で台無しか。

 袋からファムチキを取り出し、片手に持つ。

 手にファムチキの熱を感じながら少しかじる。

「……おいしい」

 夜だし、誰もいない。歩きながら食べてもいいか。

 少しはしたない気もするが許容範囲内。


「今日も普通の一日だった」

 何が普通なのかは、よく分からない。

 店員が異形だったことも。

 魔法少女が空を飛んでいることも。

 ダンジョンで大型魔獣を倒したことも。

 全部、今では日常の中にある。


 でも――

 ファムチキを買って食べながら帰る。

 それは、たぶん普通だと思う。


 家が見えてくる。

 家々の窓から明かりが漏れている。

 どこかから夕飯を作っている匂いがする。

 自転車が一台、私の横を通り過ぎる。

 私は少し端へ寄る。


「……ただいま」

 家の扉を開ける。

 返事はない。

 私は靴を脱ぎ、揃えて置く。

 鞄を置く。

 部屋へ向かう。今日はもう、外へ出る予定はない。

 制服のままソファへ座る。

「……疲れた」

 ファムチキの袋をゴミ箱に放り投げ、ポリ袋をテーブルへ置く。

 飲み物を一口。

 それから、買ってきたスイーツを見る。

 昼休みにノノと話していたやつだ。

 ずっと頭の片隅にあった。パッケージを眺める。

「……これか」

 蓋を開ける。

 甘い匂いがする。

 スプーンを入れる。

 一口。

「……ん」

 甘い。悪くない。

 もう一口。

 私はソファに座ったまま、ぼんやりと今日一日を思い返す。

 朝。学校。

 友達と話して。

 授業を受けて。

 放課後。

 ダンジョンへ行って。

 調査をして。魔物を倒して。

 帰りにコンビニへ寄った。


 特別なことは、何もない。


「世界が変わっても」

 私はスイーツをもう一口食べる。

「たぶん、私の日常はこんなものだ」


 窓の外を見る。

 遠くの空に、小さな光が一つ浮かんでいる。

 また、誰かが飛んでいる。

 特に気にしせずスイーツを食べる。

 ……また買おう。ノノが絶賛するわけだ。

 少しだけソファに身体を沈める。


「……今日は、もういいや」


 ゲームをするのも。

 配信をするのも。

 明日のことを考えるのも。

 今日は、もういい。

 そのまま目を閉じる。


 学校へ行って。仕事をして。

 コンビニに寄って。家へ帰る。

 それだけ。

 世界が変わってしまっても。

 魔法があって。

 異能があって。

 ダンジョンがあって。

 魔物がいて。


 ――それでも。


 こういう一日が続いていく。

 そんな一日だった。


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