別れさせ屋、その実力は
ナーロッパのどこかの国のふわふわ貴族設定でひとつ。
お仕事ものが好きです。
「ねえ…」
あまいあまい、とろけるような猫なで声。
自分を最も魅力的に魅せる、斜め45度の上目遣い。…そんなことをする必要もないくらい、女の美貌は際立っていたけれど。
「わたしに何か言うことはなあい?」
「うん?いや、ええと……」
問い詰めるような、泳がせているような声に、何かあったか?と余裕そうな顔の裏で必死に考える青年。
けぶるような睫毛が瞬く。
「もう……」
かり、と小さな爪先が布越しに青年の胸を擽る。
あまい疼きに青年の目じりが垂れ下がる。
そこへ追撃の一声。
「いるんでしょう?彼女。聞いちゃった」
哀し気に下がった眉に男がいきり立つ。
「まさか!俺には君だけだ」
「ほんとう?」
「もちろん」
たしかにキミに出会う前は他の女と多少交流したこともあったけれど、全く本気じゃあなかった。俺の肩書にばかり寄ってくるような相手ばかりだ。
そんな言葉をつらつらと並べ立て愛を乞う男に、女はぐっとその身を押し付けるように抱き着く。
鼻腔を擽る甘い香りと感触に男が鼻の下を伸ばし、その手を女の背に回そうとしたとき。
女は赤い唇を耳元に寄せ囁いた。
「じゃあ、見せて?わたしを一番愛してくれるなら……」
湿った声が耳を打つ。
ゴクリ。
男の喉が動く。
「ど、どうすればいい…?」
跳ねる心臓と裏返りそうな声を抑えて、男が問う。
「そうね…」
つうと白魚のような指先が喉を這う。
びくり。
背筋に甘い痺れが走る。
「こっぴどく振って?もう二度と貴方に想いを寄せないくらい……」
「っああ。分かった」
瞬間。
パッと身を離して、2歩先で女が笑う。
手を伸ばせば掠めるくらいの距離。
「えへ。嬉しいっ」
先ほどまでの匂い立つような妖艶さはどこへ消えたのか。
あどけない少女の顔をして。
*
時は少し遡り、とある春の日。
カツン、カツン。
よく磨き抜かれた飴色の手すりを撫で上げるように手を滑らせ、靴音を鳴らして進んでいく。
品よくまとめられた邸宅の中、真っ赤なドレスが泳ぐ。
コンコン。
「仕事よ」
その声にベッドのふくらみが揺れ、中から少女が顔を覗かせる。
「…はあい。ご指名はもちろんわたし?」
「ええ」
ヒールの女が頷き、ベッドサイドのカーテンを開ける。
まばゆい光が差し込む部屋。
邸宅の規模からすれば小さくまとまった、しかし質の良い家具。丁寧に手入れされ、深みを増して光を弾く。
「今日の舞台は王宮魔法師や騎士団の若きエリートが来るらしいわ。ご令嬢たちはみんな特別に着飾って参加するでしょうね」
「ふうん」
もぞもぞとベッドから這い出し、ドレッサーの前に座る。
あどけなさの残る大きな目。
白い肌にはそばかすが散り、可愛らしい少女といった風体。
「ふわぁ」
小さくあくびをひとつ。
化粧水を含ませたコットンで軽く顔をふき取ったらゴミ箱へ。グレイアッシュの髪を梳り、慣れた手つきで編み込んでいく。
ドレッサーの前に並べた化粧道具たちがリズミカルにキャンバスを彩っていく。
幼いだけの少女からシャープな、けれど大人になる前の未成熟な輝きに満ちた美しい姿へ。
さなぎから蝶へと変わるように、美しく変態していく。
細い筆が繊細に目元を縁取り、きゅっと跳ね上がる。愛らしいまん丸からアーモンドアイへ。
「ご令嬢が何人いたって関係ない」
「そうね。その通りだわ」
女が持ってきた真っ赤なドレスを広げ、光に透かすように持ち上げる。
「だって」
「もちろん」
2人の声が重なる。
『貴女が/わたしが「一番美しい華」よ』
「んっふふ。と~ぜん!」
少女は鏡越しに目を合わせて悪戯っぽく笑った。
シーズンの最中。
若者たちの多く集まる、大きな社交パーティーにて。
「まあ……」
「うふふ」
「そうなんですの?」
期待を孕んだ少女らのざわめき。
シルクと宝石、白粉に頬紅。
そこかしこに着飾った美しい華が咲き、新たにやってくる馬車からまた一輪と加わっていく。
ほのかな熱気と言い知れぬ陶酔に包まれる会場。
普段は静謐な雰囲気で満ち満ちている大聖堂は今夜、ダンスホールとなって真逆の顔を見せる。
社交界の華たちが待ち望む「お目当て」の一団が来れば会場はさらに熱さを増し、華々しい喧噪が広がる。
「ん~」
そんな彼ら彼女らの姿を俯瞰するように、上階のギャラリーから覗く影。
「今夜の標的は……」
オペラグラス越しにぐるりとホールを見渡す。
彷徨う視線がある一点でぴたりと止まる。
「はい発見。……王宮魔法師団の若きエース。貧乏伯爵家の五男坊ながら、慣例的に入れられた寄宿舎でとびきりの魔法の才を発揮。めきめき頭角を現した次代の顔の一人」
優秀な兄らへの反骨心からか、同年代の学友たちにも心配されるほど研鑽に費やした真面目な学生時代。
しかし副団長のスカウトによる鳴り物入りでの入団後は、期待の大型新人だと先輩たちに可愛がられ…。
「その結果が女遊び、か。…悪いこと覚えちゃったんだなあ~。しかも、宰相閣下溺愛の末娘にまで手を出して……」
依頼書とともに提供された、標的の調査書。
その内容をあらためて読み、相違ないことを確認してくるりと丸める。
「ファイア」
白い指先から小さな火が放たれ、調査書を燃やし尽くして消える。
「異世界転生。しかも魔法のある世界なんて最高だと思ったけど、コレだもんなあ~。最初はほんと、絶望したっけ……」
懐かしい。
寒さと空腹を堪える日々。知識も、環境もない。何もない自分。
異世界転生に夢を見なくなったのは、かなり早かった。
「ま、だからこうして成功してるんだけど」
この程度の極小魔法しか使えないわたしだけれど、構わない。
わたしの武器は魔法じゃない。
真っ赤なドレスが翻った。
ステンドグラスが吊り下げられたシャンデリアの光に照らされ、宝石のように輝いている。
会場の奥。
その神秘的なまでの光の空間に、鮮烈な赤が舞う。
「誰かしら」
「さあ?」
「見たことないわ」
「でも……」
高く結い上げられた黄金の髪。
影を落とす長い睫毛。
抜けるような白い肌に薔薇色の頬。
「すごく…」
「ええ。とっても…」
この会場で一等澄んだブルーの瞳が瞬く。
「綺麗…」
「美しすぎる…!」
みずみずしい唇を緩めてにっこりと笑えば、会場中の視線が釘付け。
圧倒的な美しさと、誰も正体を知らないというミステリアスさ。
近寄りがたい完成された美しさに会場全体が呑まれた時。
彼女に見惚れた一人の少女の手からふっと力が抜け、手に持ったグラスを取り落とす。
「あっ」
パリン、と澄んだガラスの音がして静寂が一気に破られる。
「大丈夫?」
ざわめきを取り戻したホールで、己の失態に慌てる少女。
グラスの破片を何とかしなければと思わずしゃがみこもうとしたその小さな手を取って笑いかける。
「ひゃいっ!」
「危ないわ、離れましょう」
「は、はひ…」
至近距離で浴びた美貌に言語能力すら失う少女の手を引いて、割れたガラスの破片から遠ざける。
片づけるために使用人を呼ぼうと視線を会場の方へ向けた時、とある青年が割って入った。
「失礼。自分が片づけましょう」
そう言ってサッと腰に差した短杖を振り、触れることなく硝子を包んで片づける。
「ありがとう」
「いいえ。王宮魔法師団の一員として、当然の行いをしたまでです。レディ」
「まあ…」
撫でつけた暗い茶髪に、きりりと精悍な顔立ち。
かっちりと身を引き締める白いコートと革ベルト。地位を示す金の徽章。
美貌の令嬢と若き天才の邂逅に周囲もうっとりとため息をこぼす。
「…素敵な魔法使いさん。すこしお話したいわ」
「よろこんで」
*
「はい。依頼完了」
*
「で、その類まれなる美貌の美女に誘われた彼はホイホイついていって…? 男心をくすぐる手練手管で若き天才はあっという間に骨抜き。あとは可愛らしいわがままで他の女との関係を断つように仕向けたら……」
「宰相の愛娘には自分から別れを告げてくれるってわけ」
それも彼女側に一縷の気持ちも残さない、ばっさりと容赦のない言葉と表情で。
「それで、最後はいつも通り煙のごとく消え失せるってわけね」
「突然現れた謎の美女は突然消えていなくなるの~」
ふ、小さく笑う。
黄金色の付け毛を外し、ドレスを脱ぎ捨てる。
化粧を落としたら、そこにいるのは真っ赤な口紅の似合う傾国の美女ではなく…。
「所要期間はおよそ2か月。…かなりのスピードね」
「当然。だって彼、休みはぜーんぶわたしに使ってくれたから」
「さすがね」
「それにわたしのために結構散財もしていたし…。これに懲りたら真面目に働くでしょ」
わざと高い買い物をおねだりはしなかったけど、合わせたらそれなりの額になるはず。
そう呟けば頷きが返ってくる。
「そうね。…あなたの望み通り、もらったプレゼントはもう一人の依頼人でもある彼の上司経由で返金したわ。チャラとは言わないけれど、それなりになったはず。真面目に働いているのを確認したら渡すって言っていたわ」
ついでに悪い遊びを教えた先輩たちの矯正もね。
女がそう補足すれば、
「そっか。なら、よかった」
と少女も笑った。
「で」
その目の前、ドレッサーの上にこつんと小さなガラス瓶が置かれる。
「これは依頼主からよ。達成報酬とは別に、早期解決報酬ですって」
「わあ…!」
持ち上げて光に透かせば、中の液体がとぷんと揺れる。
「ご実家の伝手で手に入れた、ジュエルフラワーから作る新作の美容液だそうよ。発売されたらまた購入希望のご令嬢やご婦人で店はいっぱいでしょうね」
ジュエルフラワーの美容液!?
そ、そんなの絶対効果もお値段もたっかいやつだ…!
「やった…!」
目をキラキラさせて喜ぶと苦笑される。
「あなたの商売道具だものね。ええ、若いうちからちゃんと手入れはしておいた方がいいわ」
「はあい」
酷使した肌の手入れを終え、そばかすの可愛らしい少女に戻って笑う。
大きく口を空けた、からっとした屈託のない笑顔。
「今日もわたしは完璧だったでしょう?だってわたし、自慢の義娘だから!」
満面の笑みを浮かべる少女に、女も頬を緩める。
きつく吊り上がった目が柔らかく下がり、気の強そうな美女から優しげな母親の顔になる。
「そうね、私の自慢よ。ユイ」
くしゃくしゃと髪をかき混ぜられる。
「わ、ちょっとお…!」
きゃらきゃら笑いながら身をよじる。
無遠慮に見えて、その実、とてもやさしい手を捕まえて頬を寄せる。
ああ、あったかい。
そばかすの少女。
甘木ゆい、あらため、ユイ・ベルベット。
異世界転生歴15年。
お義母さんの娘として、異世界でただ一人の「別れさせ屋」やってます!
別れさせ屋、今回の依頼は。
「ふむふむ。
依頼主はさるやんごとなき身分の方。というか、我が国の宰相閣下。
依頼内容は、閣下の溺愛する末娘に悪い虫がついてしまったのでその排除。
なるほど~。
事前情報によると、相手の男が王宮魔法師団の新人と判明。
その素行は…ありていに言って若気の至り。誰しも通る道。らしいのですが……。
うーん。
とはいえ、よくない感じで弄んでいるようで今回の件以外にも過去泣かせた女性は数えるほど。
お義母さんが所属元である魔法師団にも内密に確認を取ったところ、そろそろ灸をすえるべきとのことでそちらからも併せての依頼受諾。
アフターフォローはそれぞれの依頼主におまかせするとして、標的の好みのタイプは……。
はっはあ、わかりやすい面食いのようで。それなら最上級のイイ女に化けて逆に手玉に取っちゃいましょう!
おまかせください!わたし、コードネーム「悪役」令嬢、ですので!」




