第55話 またバズった(4回目)
「柊くんおはよー」
「ん、おはよう」
テストが終わったからか、はたまた夏休みが近いからかそのまた両方か。学校の多くの人が月曜なのにも関わらず明るい表情をしていた。
かくいう俺もその一人である。
「ねねねね、ヤバい事になってるよ」
「ヤバい事……?」
「昨日の配信のやつ……! 知らないの?」
七月さんが口に手を添えて小声で怖い事を囁いてくる。瞬間、俺の脳裏によぎったのは昨日のタケさんとの配信。
もしかして俺とあきななが同じクラスってバレた? いやでもそんな事を匂わせる発言はしていないはず……。
となると考えられるものは……俺とあきななの距離が近くて炎上したとかか?
女性vtuberや女性配信者の視聴者は必然的に男性が多くなる傾向がある。あきななもその例外ではない。
厄介な人やガチ恋勢がいるのかは分からないが、あきななは魅力的な人物であると俺も思っているからいてもおかしくはない。
そういう人達が一番嫌うのが異性との絡み。
多少距離感を保っていればそう簡単に目を付けられたり炎上なんかしないのだが、俺とあきななの距離感はそう言ったものではない。
結構仲が良いと自負しているし、見る人が見れば付き合っているのではと邪推してしまうのも無理はないのかもしれない。
実際学校でも光や海だけではなく、桃沢さんや小野さんにすらそう思われていたのだから。
心拍数が上がり、ゴクリと唾を飲み込むと俺は七月さんが向けてきたスマホの画面をのぞき込んだ。
【てぇてぇやり取りを無言で見守る後方腕組みおじさんwww】
その文言を読み切る頃には下の動画が流れ始めていた。
俺とあきななのやり取りが字幕と共に流れていく。
チラッと七月さんの方を見ると目が合う。七月さんは「いいから見て」と訴えるように俺とスマホを交互に見た。
その意図を汲み取り俺は画面に視線を戻す。
するとワイプが拡大され、トイレの為離席していたタケさんが戻ってくる姿が映しだされる。タケさんはイヤホンを嵌めるとハッと一瞬カメラに目線を送った後にニッコリとした笑顔で腕を組み、俺達の会話をうんうんと頷いて見守っていた。
そして俺達がタケさんに気付いてその後のやり取りまでが編集されていた。
動画が終わると七月さんは無言で少しだけ指を動かして画面をスクロールする。
「…………!?」
「あはは、これ凄いよね……」
そこに表示されていたのは7461いいね。リツニートも500を超えていた。
投稿時間を見ると俺達の配信が終わって直ぐにツニートされていたものでその編集の速さにも驚かされた。
俺は昨日小野さんと朝から遊んで夜はエテ配信をしたから疲れて配信の後直ぐに寝たので気が付かなかった。
それに朝もちょっと寝坊しかけてバタバタしてツニッターを見る暇もなかったのだ。
リアルタイムでいいねやリツニートの数字が増えていくのが見える。
「タケさんが引用リツニートしたことで一気に拡散されたみたい」
「ほら」とほっこり顔の絵文字だけで引用しているタケさんのツニートを見せてくれた。
俺と七月さんは顔を合わせると苦笑いする。
同じような光景を目にするのは四回目。バズる事は嬉しい反面、頻度が高い事が逆に怖い。
タケさんの影響力も大きい事には変わりないが、これからまだどんどん伸びていきそうな雰囲気がある。
「やばいよね……なんか最近上手くいきすぎてちょっと怖い」
どうやら七月さんも俺と同じ気持ちらしく、顔を引き攣らせていた。
俺も自分のスマホでさっきのツニートを改めて見る。こんな早くて丁寧な編集をしてもらったからにはいいねとリツニートをしないわけにいかない。
このツニート自体には俺を炎上させて陥れようとするような気持ちは感じられなかったので、他の人はどんな風に思っているのか気になりコメント欄や引用リツニートを少し覗いてみる事にした。
すると案外俺に対してのアンチのようなコメントは少なく、意外と受け入れられていた。
まぁそもそも、滅茶苦茶有名ってわけでもない俺とあきなながどんな関係であろうが関係ないみたいに思っている人が多いのだろう。
勿論あきななのかなりのファンっぽい人は少し嫌味の籠ったコメントをしていたけど。
それにこの切り抜き動画の一番面白いのはタケさんな訳で自然と注目もそっちに向く。
【後方腕組みおじさんリアルでやってる人初めて見たwww】
【おもろ過ぎるwww】
【たまにこっち見てくんのやめろw】
【この二人の絡みやっぱ好き】
【リアタイしてたけどまじで笑ったw】
【タケさんの方に注目しがちだけどあきらぎのやり取りが眩し過ぎて浄化される】
【この前のヴァルの人達じゃんw】
見ていて思わず笑顔になるようなコメントを眺めていると七月さんが「あっそれよりもさー?」と肩をツンツンと叩いてきた。
「ん?」
このバズってる状況をそれよりもで片づけるとは……もう七月さんは俺とは違う領域に達しているのかもしれない……。
「こはると本当にボーリング行ったの?」
「ん? うん。行ったよ?」
昨日も配信中にわざわざlimeで聞いてきたから答えたのにまだ信じていないらしい。
「ふーんそっか、私とのカラオケはいつ行ってくれるんですかねー」
「いやだから、もっと上手くなってからって……」
「その上手くなったらって、いつになるのやら……はぁ」
そう言われ俺は確かに……と納得してしまいそうになる。が、ほんとに歌える曲が少ないので普通にまだ待って欲しい。
「もう歌える曲ないからあとは七月さん歌ってて」みたいになってしまったら七月さんだって面白くないだろう。
折角なら楽しみたいし……それを口にして伝えるべきか迷っていると勢いよく扉が開かれた。
大きな音にびっくりして扉の方に首を回すと「おはよー!」と小野さんが元気よく教室の全員に聞こえるくらいの声量で挨拶をしていた。
みんなから返ってくる挨拶にニコニコと笑みを浮かべながら教室中を見渡し終えると、びたっと俺の方を見てきた。
「お、おはよう」
目が合って挨拶しないのもどうかと思い手を挙げて挨拶をすると小野さんは、目を見開き少し口を開け嬉しそうな顔で小走りに近寄って来た。
その様子はまるで子犬が飼い主を見つけた時の様だった。
近くまで来た小野さんは両手を上げてハイタッチを求めてくる。
それに応えるように反射的に手を挙げるとパチパチと何度も笑顔でハイタッチしながら挨拶をしてきた。
「ラギっちラギっちおはよーおはよー!!」
「う、うんおはよう」
あまりの勢いに気圧されながら再び挨拶をし返す。
なんだろう、犬耳を生やして尻尾をぶんぶん振っているように見える。
俺の後ろに隠れていた七月さんがひょこっと顔を出すとそれに気付いた小野さんは「あー! ななっちおはよー!」と七月さんともハイタッチしていた。
間に挟まれた俺は逃げる事すら叶わず窮屈な思いを強いられる。
ちょっと横にずれればいいのに俺越しでハイタッチする二人に眉を顰めた。
俺は座っていて小野さんは立っているので丁度の高さに胸があり気まずい。
小柄にしては普通に胸あるよなと一瞬思ったがやや前傾姿勢の小野さんの下着が見えそうになり、俺は急いで目を逸らす。
それに後ろからあと少しで抱き着かれそうな距離で七月さんの胸なのか何なのか分からないが、何かが当たっていて自分からは動けず妙な緊張が走る。
満足したのか小野さんが自分の席に向かうと、七月さんに背中を指でなぞられ、くすぐったさで背が伸びる。
「随分と懐かれてますねー?」
「なんか懐かれてますね……」
「柊くんって罪な男だよね」
「え? どゆこと?」
「分からないならいいでーす」
昨日の配信の時から少し様子がおかしい気がする。
正確には、俺が小野さんと二人きりで出掛けたと知ってからか。
もしかして嫉妬?なんてそんなわけないか。
そう自分に言い聞かせようとするが、あまり効果が無いのは分かっている。
俺はそんなに鈍感ではないから、多少なりかは好意を寄せられているのは分かる。
恋愛的な好きなのかは確証なんて持てないけど……。
罪な男と言われたけど、誰だって人に嫌われたくないだろ。嫌われるよりも好かれたい。
そう考えるのは普通なはずだ。
でも本当に好かれているのか分からないからいつも不安で、ついつい思わせぶりな言動をしてしまっているのかもしれない。
その後、授業中や休み時間になってもたまに小野さんとよく目が合うようになった。
目が合った瞬間小野さんはニコッと笑うと直ぐに目を逸らす。それの繰り返しだった。
たった一日遊んだだけでこうも懐かれるとは思ってなかったので俺も流石に困惑している。
仲良くなれた証拠ではあるのだろうが、如何せん話す時は前よりも距離感が近い気がする。
そんな様子を物珍しそうに見る女子達の視線や羨ましそうな目を向けてくる男子達。
多くの視線に晒され俺はいつもよりも疲弊していた。




