第3章 ― 痛みを伴う愛
私は家を出た。
持っていったのは、着替えの服だけだった。
私は物に執着することがほとんどない。私の愛情は、いつも人に向けられていたからだ。
だから、すべてを置いていくことに痛みはなかった。
両親の思い出は、誰にも奪えない場所にある。
――私の記憶の中に。
雨は止んでいた。
湿った冷たい空気が残っていた。
私たちは手をつないで、彼らの家までほぼ二キロの道を歩いた。
彼が私の手を取ったわけではない。
私が彼の手を探したのだ。
それはただの仕草ではなかった。
静かな願いだった。
温もりを。
支えを。
少しでも心を落ち着かせてくれる何かを。
彼が私の指をしっかりと握り返したとき、
私ははっきりと感じ取った。
彼は私を支えようとしていた。
私が一人ではないと、信じさせようとしていた。
壊れかけた少女を守りたいという、
ただそれだけの誠実な優しさ。
それだけで十分だった。
乱れていた私の心臓の鼓動が、
少しずつ別のリズムを取り戻していった。
私は彼にそっと触れた。
胸に手を当てる。
まるで、その温もりに錨を下ろすように。
数日ぶりに守られていると感じた私は、
無防備な笑みを浮かべた。
自分の行動が、どれほど過剰に見えるかは分かっていた。
それでも――
それは本物だった。
私は彼を必要としていた。
そして、それを彼に気づかせた。
__________
ナラとアサコが玄関で待っていた。
私たちの姿を見ると、ナラは嬉しそうに駆け寄ってきた。
だが母親のアサコは、
私が夫の手を握っていることにすぐ気づいた。
彼女は丁寧にお辞儀をした。
私は心からの感謝を込めて微笑み、同じように頭を下げた。
ナラは勢いよく私を抱きしめた。
あまりにも早かった。
私は――
離せなかった。
必死に保っていた力が、すべて崩れた。
私は彼女をさらに強く胸に引き寄せ、
そして泣いた。
荒々しい涙だった。
胸の奥から溢れる、本物の涙。
私たちの間の沈黙を引き裂くような泣き声だった。
「大丈夫よ、落ち着いて……もう大丈夫」
背後から、やさしい声が聞こえた。
アサコだった。
彼女は私を優しく抱きしめた。
私は知らなかった。
自分がこんな抱擁を必要としていたなんて。
彼女の腕の中で――
私はやっと息をすることができた。
まだ震えていた私の顔を、彼女はそっと拭ってくれた。
「中に入りましょう」
彼女は私の腕を離さないまま言った。
「ナラから聞いたわ。あなたにはたくさんの愛が必要なんでしょう?」
— 私は……
私は小さくつぶやいた。
— たくさんの愛を、あなたの家族から吸い取ることになります。
— それが……申し訳ないです。
「吸い取る?」
彼女は驚いたように笑った。
「面白い言い方ね」
そして続けた。
「でもナラは言っていたわ。
あなたも同じだけ、愛を返してくれるって」
私は少し戸惑った。
私の必要としているものを、
誰かが批判もせず理解することは、とても珍しかった。
そしてアサコには強さがあった。
強さと優しさ。
そのバランスが、
私はもっと彼女に好かれたいと思わせた。
__________
彼女は私にジュースの入ったコップを渡してくれた。
そしてナラを見た瞬間、
私の体の奥から熱が広がった。
私の飢えた視線に気づいたナラは、
何も言わず私をソファへ引き寄せた。
自然な動作で、私を抱きしめる。
両親はもちろん驚いた。
それでも、受け入れてくれた。
「スープを作るわ」
アサコが言った。
「ちゃんと食べてないでしょう」
— 食べています……
私は答えた。
— でも栄養失調は病気のせいなんです。
— どれだけ食べても、関係ないんです。
「じゃあ、愛情があなたにとっての食べ物なのね」
川浦さんが言った。
私はうなずいた。
「生きるためには、触れ合いが必要なんだな」
— 触れ合いだけじゃありません。
私は静かに訂正した。
— 愛が必要なんです。
アサコは、もう一度私に近づいた。
数秒間、私を見つめてから――
静かに言った。
— 娘とあんなふうに抱き合っているのを見るのは、少し不思議ね。
私は視線を落とした。
— ごめんなさい……でも、ナラの抱擁だけでは足りないんです。
アサコは後ろに下がらなかった。
ただ深く息を吸い、腕を広げた。
それはシンプルな仕草だった。
でも、私にとってはとても大きな意味を持っていた。
私はナラの腕の中から離れ、
まるで長い冬のあとに家へ戻る人のように、アサコの抱擁へ飛び込んだ。
彼女の肌を探した。
首筋。
生きている温もり。
彼女は動かなかった。
ただ静かにそこにいてくれた。
私の体が落ち着きを取り戻すまで、
ずっと。
でも一瞬、鋭い恐怖が胸をよぎった。
もしこの感覚に慣れてしまったら――
私の体は、もう二度とそれ以下では生きられなくなるのではないか。
やがて私は離れた。
頬が熱くなっていた。
アサコは夫を呼んだ。
「あなた、見て。
もうこんなに顔色がよくなってるわ。目も生き生きしてる」
「早いでしょう?」
ナラが誇らしげに言った。
「明日には、もういつものヨーコに戻ってるよ」
「ごめんなさいね、ヨーコ」
アサコは言った。
「でも、本当に驚いたの」
— ありがとうございます……
「あなたの肌、とても柔らかいわ」
彼女は少し照れながら言った。
「つい、守ってあげたくなる」
そして続けた。
「ナラの言っていたことが分かる気がする。
あなたを抱きしめると、何か感じるの」
彼女は小さく笑った。
「なんだか気持ちいいの。
離れたくなくなる」
ナラは、部屋を明るくするような笑顔を浮かべた。
たった一時間。
それだけで、私はもう回復していた。
__________
夕食のあいだ、私は自分のことをできるだけ話した。
「つまり君は、人に好かれる方法を学んだんだね?」
川浦さんが尋ねた。
— はい。
— そして、私に必要なものを与えてもらうようにします。
アサコは少し眉をひそめた。
「それって、人を利用しているみたいに聞こえるわ」
— 実際、利用しています。
私は迷わず答えた。
— 私の望みは、あなたたちの愛です。
— 私はあなたたちを愛したい。
— そして、それが必要なんです。
彼女は、少し笑ってしまった。
「あなたは本当に正直ね」
そして言った。
「あなたの世界は、全部“愛”を中心に回っているのね。
それ以外は重要じゃない」
私はうなずいた。
「でも、考えてみれば当然よね」
アサコは続けた。
「みんなそうして生きている。
ただ、私たちはそれをもっと複雑にしてしまうだけ」
__________
スープはとてもおいしかった。
これまで食べたどんな料理よりも。
そして――
ナラと抱き合って眠れるという考えは、
どんな薬よりも私を救ってくれた。
「今日は二人で一緒に寝なさい」
アサコが決めた。
「明日、大きなベッドを考えましょう」
川浦さんも同意した。
私はカードと銀行の明細を彼に渡した。
— 暗証番号は裏に書いてあります。
— 好きに使ってください。
彼は金額を見て、顔色を変えた。
「これは……大金じゃないか。
こんなふうに渡すべきじゃない」
— 私は、あなたたちに自分の人生を預けています。
私は静かに言った。
— それに比べれば、このお金は大したものじゃありません。
ナラは私を部屋へ連れて行った。
寝間着姿の彼女を見た瞬間、
私の体は本能的に温かくなった。
彼女は腕を広げた。
私はその中へ入った。
嬉しさで涙がこぼれた。
そして――
数秒で眠りに落ちた。
私は、誰かに属したまま眠った。
どこかに帰る場所を持ったまま。
ついに――
家を手に入れた。
家族を。




