第4話 「ノートのすみっこで」
お立ち寄り頂き、ありがとうございます!
第四話「ノートのすみっこで」
教室の窓から差し込む午後の光が、
黒板のチョークの粉をきらきらと照らしていた。
高橋空は、授業の声をぼんやりと聞きながら、
ノートの端に小さな落書きを描いていた。
丸いキャラクター。
笑っているような、泣いているような、曖昧な表情。
─……どうせ俺なんて
心の奥でつぶやいた言葉が、
ノートの紙に落ちるように染み込んだ。
その瞬間、ページの隅がふわりと光った。
光は小さく震え、丸い輪郭をつくり、
やがて小さな妖精の姿になった。
精霊リンクが、空の落書きノートに宿ったのだ。
(……あ。ことば……おちた……
このひと……かなしい……
“じぶんなんて”……って……いってる……
ちがう……よ……)
リンクは幼い手をぎゅっと握りしめる。
(ぼく……いってあげる……!
そら……がんばれ……って……)
リンクは決意したものの、
どう励ませばいいのかは、まだよく分かっていなかった。
翌日。
空はいつものように授業中、ノートを開いた。
「……え?」
昨日描いた落書きのキャラクターが、
ほんの少しだけ笑っているように見えた。
(えへへ……すこし……わらった……
そら……みて……)
空は目をこすった。
「……気のせい、だよな」
ページをめくると、
ノートの端に小さく震える文字が浮かんでいた。
『がんばれ』
「……は?」
空は思わずノートを閉じた。
(そら……がんばれ……!
がんばれ……!)
リンクはページの中で、
一生懸命に文字を押し出していた。
休み時間。
空は机に突っ伏しながら、ノートをそっと開いた。
昨日書いた「自分なんて…」の文字が、
いつの間にか変わっていた。
『じぶん、すき?』
「……なんだよ、これ……」
空は戸惑いながらも、
胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。
(そら……すき……?
そら……いいこ……
そら……がんばってる……)
リンクの幼い声は、
空には聞こえないはずなのに、
どこか心に触れてくるようだった。
その日の放課後。
空は部活の選抜メンバーに落ちたことを知り、
校舎裏のベンチでノートを開いた。
「……やっぱり俺なんて……」
その言葉が落ちた瞬間、
ノートのページがふわりと震えた。
空は驚いてノートを見つめる。
ページいっぱいに、
たどたどしい文字が浮かび上がっていく。
『そら
がんばってる
そら
すごい
そら
すき』
空は息を呑んだ。
「……なんだよ……これ……」
でも、涙がこぼれそうになる。
「……俺……そんなに悪くないのかな……」
ページの隅で、リンクは小さく跳ねていた。
(そら……きづいた……?
そら……すごい……
ぼく……しんじてる……)
空の胸の奥で、
何かがゆっくりとほどけていくようだった。
--------------------------
空はノートを閉じ、しばらくじっと手のひらを見つめていた。
胸の奥が、じんわりと温かい。
─なんだよ、これ……
──でも……なんか……悪くない
自分を否定する言葉ばかりだった心の中に、
小さな光が差し込んだような気がした。
ノートのページの隅では、
リンクが小さく跳ねながら見守っていた。
(そら……がんばれ……
そら……すごい……
そら……だいじょうぶ……)
翌朝。
空はいつもより少しだけ早く学校に着いた。
教室に入ると、クラスメイトの一人が声をかけてきた。
「おはよ、空。昨日の数学、難しくなかった?」
いつもなら、
「……別に」
とそっけなく返して終わりだった。
でも今日は、胸の奥でノートの文字が浮かんだ。
『そら すごい』
空は、ほんの少しだけ勇気を出した。
「……あー、うん。
俺も、ちょっと分かんなかったとこあってさ。
……お前、どこまでやった?」
クラスメイトは驚いたように目を丸くしたが、
すぐに笑って返した。
「お、空が話しかけてくれるなんて珍しいな。
一緒に見てみるか?」
「……うん」
それだけの会話。
でも、空にとっては大きな一歩だった。
(そら……すごい……!
そら……しゃべった……!
えらい……えらい……)
ノートの中で、リンクは嬉しさのあまり
くるくると回っていた。
放課後。
空は机に座り、そっとノートを開いた。
ページの隅には、
昨日より少し大きな笑顔の落書きが描かれていた。
「……なんだよ、これ」
空は照れくさそうに笑った。
「……ありがとな」
その言葉は、ノートの中のリンクに届いた。
(……!
そら……“ありがと”……いった……
うれしい……)
リンクの体が、ゆっくりと光に溶けていく。
(もう……ぼく……おしごと……おわり……
そら……じぶんで……あるける……
すごい……すごい……)
光はページからふわりと抜け出し、
教室の空気の中へ漂い始めた。
空は気づかないまま、
ノートをそっと閉じた。
「……俺、もうちょっと……頑張ってみるか」
その小さなつぶやきは、
リンクの光にとって、何よりのご褒美だった。
(そら……がんばれ……
ぼく……つぎ……いく……
つぎの……がんばってるひと……さがす……)
光はゆっくりと教室を離れ、
次の“宿り先”を探す旅へと向かった。
お読みいただき、ありがとうございました。




