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やさしさの宿るものたち  作者: なおパパ


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第3話 「包丁のきもち」

また、お立ち寄り頂き、ありがとうございます。

拙い文章ですが、お読みいただけると幸いです。

夕方の台所に、じゅうじゅうと油の跳ねる音が響いていた。

佐々木美幸は、フライパンの前で眉をひそめている。


「うそ……また焦げてる……?」


慌てて火を弱めるが、時すでに遅し。

フライパンの端は黒くなり、食材はしんなりと力を失っていた。


「はぁ……ほんと、料理って難しいなぁ……」


美幸はため息をつきながら、まな板の上の古い包丁に目を落とす。

結婚したときに母から譲り受けたもので、刃こぼれもある。

それでも、ずっと使い続けてきた大切な道具だった。


「今日こそ、美味しいごはん作りたかったのに……」


その言葉に、包丁の刃がかすかに光った。

光はふわりと揺れ、やがて小さな姿を形づくる。


精霊リンクが、包丁に宿ったのだ。


(……あ。ひかり……あったかい……

 このひと……がんばってる……

 “おいしい”……たべてほしい……って……

 うん……ぼく……てつだう……!)


リンクは幼い決意を胸に、包丁の中へすっと溶け込んだ。


美幸は気を取り直し、野菜を切ろうと包丁を握った。


「よし……今度こそ……」


その瞬間、包丁がぴくりと震えた。


(よし……! ぼく……がんばる……!)


美幸が切ろうとした玉ねぎは、

包丁が勝手に動いて、みるみるうちに細かく刻まれていく。


「えっ!? ちょ、ちょっと待って!?

 なんでこんなに細かいの!?」


(ちがう……? こまかいほうが……おいしい……とおもう……)


リンクは一生懸命なのだが、理解が幼い。


次に人参を切ろうとすると、

包丁が「こっちだよ」と言わんばかりに勝手に角度を変え、

サクサクと綺麗に形を揃えてカットして、

さらに、それらの人参は、自ら跳ねるように鍋へ飛び込んだ。


ぽちゃん。


「ひっ!? な、なんで勝手に入るの!?

 こわいってば!」


(ちがう……? なべ……はいったら……やわらかくなる……とおもう……)


美幸は半泣きになりながらも、

なんとか料理を続けようと奮闘する。


しかし、包丁は止まらない。


玉ねぎを切ると、なぜか甘い香りが広がる


じゃがいもが勝手に皮をむかれる


切った食材が次々と勝手に鍋にダイブする


台所は、まるで小さな嵐が起きたような騒ぎだった。


「もう……どうなってるの……!?」


(がんばってる……!

 おかあさん……よろこんで……くれる……はず……!)


リンクは必死だった。


しばらくして、玄関のドアが開く音がした。


「ただいまー!」


娘のひなたが元気よく帰ってくる。

その後ろから、夫の悠斗も顔を出した。


「美幸、今日のごはん……なんだかすごく良い匂いがするね」


「ママ、いいにおいー!」


美幸は、台所の惨状を隠すように慌てて鍋をかき混ぜた。


「え、えっと……ちょっと色々あって……」


(どきどき……どきどき……

 おいしい……かな……?)


リンクは包丁の中で小さく震えていた。


美幸は半ば覚悟を決めて、料理を食卓に並べた。


「……いただきます」


家族が箸をつける。


ひなたが最初に声を上げた。


「……おいしい!!」


美幸は目を丸くした。


「えっ……ほんとに?」


悠斗も驚いたように頷く。


「うん。すごく美味しいよ、美幸。

 今日のは……なんだか特別だね」


美幸はぽかんとしたまま、鍋を見つめた。


(よかった……!

 おかあさん……よろこんでる……!

 ぼく……すこし……やくに……たてた……?)


リンクは胸を張り、包丁の中で小さくガッツポーズをした。


-----------------


食卓には、湯気の立つ料理が並んでいた。

美幸は、まだ信じられないという顔で家族の反応を見つめている。


「ママ、これね、すっごくおいしいよ!」

ひなたは笑顔でスプーンを動かし続ける。


悠斗も、驚いたように何度も頷いていた。


「美幸、本当に美味しい。

 なんだか……いつもより優しい味がするな」


美幸は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


「……よかった……」


ぽつりと漏れた声は、震えていた。


(よかった……!

 おかあさん……わらってる……

 ぼく……がんばった……!)


包丁の中で、リンクは小さく跳ねるように喜んだ。


食事が進むにつれ、

美幸の目には、少しずつ涙が溜まっていった。


「ねぇ……二人とも……」


声を出した瞬間、涙がぽろりとこぼれた。


「私……料理、ほんとに苦手で……

 いつも失敗ばっかりで……

 でもね……美味しいって言ってほしくて……

 それだけで……頑張れちゃうんだよ……」


ひなたは椅子から身を乗り出し、

美幸の手をぎゅっと握った。


「ママのごはん、だいすきだよ!

 だってね、ママが作ってくれたんだもん!」


悠斗も、そっと美幸の肩に手を置く。


「美幸。

 いつもありがとう。

 君の気持ち、ちゃんと伝わってるよ」


美幸は、泣きながら笑った。


「……ありがとう……」


その言葉は、包丁の中のリンクにも届いた。


(“ありがと”……

 おかあさん……いった……

 うれしい……)


リンクは胸の奥がぽかぽかして、

自分の体が光に溶けていくのを感じた。


(もう……ぼく……おしごと……おわり……

 おかあさん……がんばれた……

 ぼく……すこし……てつだえた……)


光はゆっくりと包丁から抜け出し、

台所の空気の中へふわりと漂い始めた。


夕食後、美幸は包丁を洗いながら、ふと呟いた。


「この包丁……なんだか今日は、すごく頼もしかったなぁ」


その言葉に、漂っていたリンクの光が、

嬉しそうにくるりと回った。


(えへへ……

 また……だれか……たすける……

 つぎの……“がんばってるひと”……さがす……)


光はゆっくりと台所を離れ、

夜の家の中へと溶けていった。


その先に、また新しい“宿り先”が待っている。



お読みいただき、ありがとうございました。

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