表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やさしさの宿るものたち  作者: なおパパ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/7

第1話 「言霊のズレた応援」

初めて、小説なるものを書いてみました。

つたない文章ですが、生温かい目で見守って頂けると幸いです。

夏の風が、少し冷たい。

 北海道の港町にある高校の教室では、放課後のざわめきがゆっくりと消えていき、窓の外からはカモメの声が聞こえていた。


美咲は自分の机に座り、深く息を吐いた。

 吹奏楽部の大会まで、あと二週間。

 後輩ができて「美咲先輩」と呼ばれるようになったのは嬉しい。

 でも、その嬉しさの裏側で、胸の奥がずっとざわざわしている。


――失敗できない。

 ――先輩として、ちゃんとしなきゃ。


そう思えば思うほど、手が震える。


美咲は震える指先で、小さなメモ用紙を取り出した。

 そして、ペンを握りしめるようにして、たった一言を書いた。


「頑張れ」


自分に向けた、ささやかなおまじない。

 でも、その文字を見つめていると、胸の奥から別の声がこぼれそうになる。


――本当は、逃げたい。


美咲はその声を振り払うように、メモを机に置いた。


その瞬間。

 教室の空気が、ほんの少しだけ揺れた。


ふわり、と。

 目には見えない、小さな光の粒が漂っていた。

 それは風に乗るように、ゆっくりとメモの上に降りていく。


精霊・リンク。


いつ生まれたのかも、どこから来たのかも分からない。

 ただ、世界のどこかで誰かの想いが生まれるたび、ふわりと漂い、何かに宿る。


リンクはメモの上に触れた瞬間、そこに込められた気持ちを感じ取った。


(がんばれ……?

でも……こころ……にげたい、って……いってる……)


リンクの声は、幼い子どものつぶやきのようにたどたどしい。


(えっと……がんばって……にげたい……?

そうか……!

みさき、にげるの……おうえん、してる……!)


リンクは満足げに、メモの中でぽよんと跳ねた。

 美咲のために、全力で“逃げる準備”を手伝おうと決めたのだ。


だが、その決意が、後に美咲をさらに追い詰めることになるとは、

 リンクはまだ知らない。



-----------------



翌日の放課後。

 吹奏楽部の練習が始まる少し前、美咲はフルートケースを抱えて部室へ向かっていた。


昨日よりも気持ちを切り替えようと、心の中で何度も言い聞かせる。


――大丈夫。

 ――頑張れる。


そう思った瞬間、フルートケースの留め具が「パチン」と外れた。


「えっ……!」


ケースの蓋が勝手に開き、フルートが滑り落ちそうになる。

 美咲は慌てて両手で受け止め、胸を押さえた。


「なんで……ちゃんと閉めたはずなのに……」


美咲の背後で、誰にも聞こえない小さな声が跳ねていた。


(みさき、にげるじゅんび……できた……!

おと、でなくなる……れんしゅう、できない……!

えへへ……よかった……!)


リンクはメモの中で満足げに揺れている。


美咲は気を取り直し、部室へ向かった。

 しかし、練習室の前に着くと、鍵が見当たらない。


「え……鍵、どこ……?」


顧問の先生がいつも置いている棚を探しても、鍵はない。

 部員たちも首をかしげる。


「今日、誰か持っていった?」

「いや、見てないよ」


美咲は焦りを隠せなかった。


その頃、棚の裏側では、目に見えない小さな手が鍵をぎゅっと抱えていた。


(みさき、れんしゅう、できない……!

にげるじかん、ふえる……!

りんく、えらい……!)


リンクは自分を褒めていた。


その日の練習は、別の部屋を借りて行われた。

 しかし、美咲の周りでは不思議な現象が続いた。


譜面台に置いた楽譜が、突然ふわりとめくれる。

 電気が一瞬だけ消える。

 フルートの頭部管が、なぜか逆向きに置かれている。


「なんで……なんでこんなに上手くいかないの……」


美咲は唇を噛んだ。

 後輩の視線が気になり、胸がぎゅっと締めつけられる。


リンクはその様子を見て、さらに張り切った。


(みさき、かなしい……

もっと……にげるの、てつだう……!

りんく、がんばる……!)


その“頑張り”が、さらに美咲を追い詰めていく。


そして、数日後の放課後。

 美咲は部室で一人、フルートを磨いていた。


大会が近づくほど、胸の重さは増していく。

 後輩の前では笑顔を作るけれど、心はどんどん疲れていた。


「……どうして、こんなに上手くいかないんだろう」


美咲がつぶやいた瞬間、窓がカタリと揺れた。

 風が吹き込み、机の上の譜面がふわりと舞い上がる。


「あっ……!」


美咲は慌てて追いかけ、廊下へ飛び出した。

 そして、譜面を拾って部室に戻ると――


そこには、先輩が一人で片付けをしていた。


「……先輩?」


美咲の声に、先輩が振り返る。

 優しい笑顔だった。


リンクはメモの中で、満足げに跳ねていた。


(みさき、にげる……?

あれ……せんぱい、いる……

んー……まあ、いい……!

みさき、えがおに……なる……!)


この偶然の出会いが、美咲の心を救うことになるとは、

 リンクはまだ知らない。



-------------------



部室の空気は、夕方の光で少しだけ金色に染まっていた。

 窓から差し込む光が、先輩の横顔を柔らかく照らしている。


「美咲、どうしたの? こんな時間まで残ってたのか?」


先輩はフルートのクロスを畳みながら、優しく声をかけた。


「あ……いえ、その……譜面が飛んじゃって……」


美咲は胸の前で譜面を抱えたまま、視線を落とした。

 言い訳のような言葉が口から出たけれど、本当は違う。


本当は、誰かに聞いてほしかった。


先輩は美咲の様子を見て、そっと手を止めた。


「美咲、ちょっと座ろうか」


促されるまま、美咲は椅子に腰を下ろした。

 先輩は隣に座り、少しだけ身体を向ける。


「最近、元気なかったよね。どうしたの?」


その一言で、美咲の胸の奥がじんわりと熱くなった。

 張りつめていた糸が、ぷつりと切れる。


「……先輩として、ちゃんとしなきゃって思うんです」


美咲は震える声で言った。


「後輩ができて……“美咲先輩”って呼ばれるのが嬉しくて。

 でも、嬉しいのに……怖いんです。

 失敗したらどうしようって。

 みんなの前で、恥ずかしいところ見せたらどうしようって……」


言葉が止まらなくなった。

 涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえる。


先輩は静かに頷きながら、美咲の言葉を受け止めていた。


「美咲、その気持ち……すごく分かるよ」


「え……?」


「僕もね、去年まったく同じだった。

 後輩ができて嬉しいのに、責任が重くて、

 “ちゃんとしなきゃ”って自分を追い詰めてた」


先輩は少し笑った。


「でもね、美咲。

 先輩とか後輩とか、そんなの関係ないんだよ」


美咲は顔を上げた。


「僕たちは、同じ音楽をやってる“仲間”なんだよ。

 誰かが失敗したら、みんなで支えればいい。

 美咲が一人で全部背負う必要なんて、どこにもないよ」


その言葉は、夕陽よりも温かかった。


「……でも、私……頑張らなきゃって……」


「頑張らなくてもいいよ」


先輩は優しく微笑んだ。


「逃げなくてもいい。

 無理しなくてもいい。

 美咲の音は、美咲のままでいいんだよ」


美咲の胸の奥に、ふわりと風が吹いたような感覚が広がった。

 張りつめていた心が、ゆっくりとほどけていく。


「……先輩……ありがとうございます……」


涙が一粒、静かに頬を伝った。


その様子を、机の上のメモの中からリンクが見ていた。


(みさき……にげない……?

でも……えがお……

えがおなら……いい……

りんく……しごと、おわり……!)


リンクは満足げにぽよんと跳ね、

 夕陽の光に溶けるように、ふわりと漂い始めた。


次の“宿り先”を探しながら。



------------------------



翌朝。

 港町の空は、昨日より少しだけ明るく見えた。

 美咲は学校へ向かう道を歩きながら、胸の奥が軽くなっているのを感じていた。


先輩の言葉が、まだ心の中で温かく灯っている。


――頑張らなくてもいい。

 ――逃げなくてもいい。

 ――美咲の音は、美咲のままでいい。


その言葉を思い出すたび、肩の力がふっと抜けた。


放課後の部室。

 美咲はフルートを取り出し、深呼吸をした。


「よし……今日は、自然に吹いてみよう」


後輩たちが「先輩、こんにちは!」と元気に挨拶してくる。

 美咲は、昨日までよりずっと柔らかい笑顔で返した。


「うん、今日も一緒に頑張ろうね」


その声は、無理をしていない。

 自然で、あたたかい。


練習が始まると、美咲のフルートはいつもより伸びやかに響いた。

 音が震えない。

 息が詰まらない。


後輩が驚いたように言った。


「先輩、今日すごくいい音ですね!」


「えっ、そうかな……? ありがとう」


美咲は照れながらも、心の中でそっと思った。


――あ、私……逃げなくていいんだ。


その気づきが、美咲の音をさらに優しくした。


部室の隅。

 昨日まで美咲のメモに宿っていたリンクは、

 もうそこにはいなかった。


リンクは、夕陽の光に溶けるように漂いながら、

 校舎の廊下をふわりふわりと進んでいた。


(みさき、えがお……

よかった……

つぎは……だれ、たすける……?)


幼い声が、風の中に溶けていく。


リンクは今日も、誰かの小さな願いを探して漂う。

 人が気づかないところで、そっと寄り添うために。




お読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ