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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第一章 姫君の護衛騎士

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9/14

お迎え準備


 (家の中って、こんな風になってたのか…)


 心尽くしの夕餉を済ませた後、ゼフィネさんが家の中を案内してくれた。

日没まで、まだ少々間があった。


 イアルがこの家を隅々まで見るのは初めてだ。

 大まかな間取りには見当が付く。しかし、これまで母屋には殆ど立ち入ったことがない。何度来ても、自分からは母屋に入らなかった。他の者は知らない。だが、イアルはあえて意識的にそうしていた。

 自分はあまり神経細やかな人間ではないと思う。それでも、不用意に詰めてはいけない距離はわかる。

 ゼフィネさんの閑静な隠居宅へ許しもないのに度々訪ねて来たり、無遠慮に懐に入ろうなんて真似は、イアルは絶対にしなかった。


(居間は、前と一緒だな)


 居間には入れてもらったことがある。急に冷え込んで、暖炉で火を熾すついでに暖を取っていきなさいと勧めて貰った時だと思う。でもそういうのは例外だ。薪割も力仕事もほとんど外仕事だから、天気の悪い時以外はたいがい外で昼を食べた。休憩には納屋を借りていた。何かと気楽だったし、身体を伸ばして昼寝も出来る。だから納屋の方は、棚にある物の位置まで詳しく知っている。


(今回も、俺は納屋泊まりでいいんですけど)


 後で毛布だけ出してもらおう。そう考えていたのだが。


「あなたには、ここで寝泊まりをお願いするわね」


 意外にも、イアルにもこの同じ母屋内で寝起きするようお達しだ。

 

(ええ…っ)


 母屋は二階建てである。

 一階が玄関、湧き水が使いやすいよう勝手口に続きで設えられた台所。さっき夕餉を食べた調理台を兼ねた大きいテーブルが置いてある。普段の食事はここで摂るのだろう。

 中央にある居間が一番広い。廊下の突き当りが階段で、その脇に納戸程の面積の小部屋があった。幸か不幸か、なんとそこをイアルの宿直室に指定された。


(そりゃあ護衛だから、いざという時に近い方がいいけど―)


 広いお屋敷ではない。それだと、普通の家での同居みたいになってしまう。


(お姫様と一つ屋根の下で暮らすって…許されるのか、そんなこと?)


「狭いと思うけれど、しばらく辛抱してちょうだいな」


 普段から物入れではなく予備室として使われているのだろうか。

 確かにあまり広くはない。イアルに宛がわれた仮の(ねぐら)は納戸に毛が生えたくらいの空間だ。が、ちゃんとドアが付いて独立した造りになっている。きちんと準備もされていた。寝床も藁敷きではなく、ちゃんとまともな寝台だった。シーツも枕も清潔で、急拵えにもゼフィネさんが綺麗に片付け、整えてくれたのがわかる。椅子もあって、クッションまで置かれていた。誠にありがたい限りだった。


(俺の部屋より、全然いいや)


 騎士団独身寮の殺風景な自室よりも、ずいぶん居室らしい雰囲気。

窓こそないが、不足があるとすればそれくらいだ。


「いえ。じゅうぶんです。ありがとうございます」


 とりあえずイアルは自分の荷物をここへ置いた。


「では、二階へ行きましょうか」


 


(ちゃんと室内とか見るのも、初めてなんだよな…)


 ゼフィネさんはスイスイ先へ進んで行く。まだ戸惑いが残るイアルに対して、ゼフィネさんは良くも悪くも事務的だった。


 イアルへの御用命も急だったが、ゼフィネさんへの姫君預かり依頼も急なことだったらしい。

 ゼフィネさんの説明はごく簡潔だった。今日の今日。夜が明けるなり、イーサンが馬を飛ばして頼みに来た。家宰殿の采配らしい。


 今朝一番で? こっちもたいがい無茶ぶりである。 

ヒドイ話だ。けど俺だけじゃなかった。


「だから、色々間に合わなくて」


 ゼフィネさんは困ったように微笑んだ。


「あなたにも不自由を掛けるけれど。ごめんなさいね」

「――いえ、俺は全然」


(だけど、姫君はいいのだろうか…)


 どんな姫君なのかはわからない。

 大体、イアルは姫君の名前すら知らないのだ。


(姫君の扱いって、色々と気を遣うものなのでは?)


 実は館には、現在も妙齢のお嬢様方が複数いる。いることはいる。

 しかし、彼女等には姫と呼んでもよさそうな要素は皆無だ。あるとすれば、年齢的なことだけ。あらゆる観点で、色んな意味であれは対象外だった。 

 いずれ貴族や裕福な家の娘達。いいとこのお嬢様方だ。だが現状『行儀見習い』名目で侍女未満の待遇で上がっている以上、館では彼女等を姫と呼んだりはしない。イアル達騎士団にとっても彼女等は姫君ではなかった。

 はっきり言うと、イアルなんかはそもそも警護対象外だと思っている。いっそ、騎士道精神の埒外に置いといてもいいんじゃないだろうか。


 イアルの知る姫君と言えば、一人しかいなかった。


 大公家から輿入れされた、先の奥方様。離縁されて今はもういない、お館様の前妻である。


(まさか、ああいう「お姫様」じゃないよな…?)


 もしそうなら、俺なんかの手には負えるまい。


 考えただけでイアルは胃が痛くなる。

 まさかあんな姫君はもう来ないとは思う。思うが…そう思っていいよな?

 きっと来ない。来ないはず。来ない。来ないで。来るなよ。どうか来ないでください。お願いします。とても俺では護衛の任は務まりません。


 辺境伯家の大多数の者達にとって、あの大公姫は未だに禁忌の存在なのだ。

三年経った現在でも、誰もが先の奥方様の話をするのを憚っている。家宰殿は未曽有の大厄災みたいに思っているだろうし、現侍女頭のサルダーニャなど、それこそお名を聞いただけで眼が吊り上がるらしい。きっとゼフィネさんだって同様の心証だろう。

 だから姫君ネタ全般が何んとなしに振りにくい。

気にはなるのに、イアルまで迂闊にこの家においでになる姫君のことを聞けずにいた。




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