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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第一章 姫君の護衛騎士

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前侍女頭の隠居宅

 

 馬を休ませ、イアルはざっとゼフィネさんの家を外から見廻った。


(ホント、まるで隠れ家みたいだよな――)


 だが、別にゼフィネさんは隠れ住んでいるわけではない。

確かに隠居暮らしではあるけれど、館勤めをしていたことを特に隠してもいなかったし、前の侍女頭だったことも近所全般に知られていた。それなりに近所づきあいもある。

 ただこの家が、あたかも隠れ建つような印象を与えるだけのことなのだ。


 イアルは家とその周辺をおおよそ把握していた。概ね記憶通りだった。


 建物は母屋と納屋。


 こじんまりした母屋は農家風。だが本物の農家とは違って鶏の一羽もいない。

動物の類は、番をする犬さえ置いていなかった。だからだろうか。注意深く見れば小綺麗過ぎる。農家は擬態なのだ。


 納屋の方はけっこう大きい。

冬場にはこの中にまで薪を蓄えられるよう、物置としてそれなりの面積を確保してある。まだ今の季節なら、イアル一人くらいなら楽に寝泊りできる。


 敷地全体はまあまあ広く、屋外の庭も畑も以前と変わりない様子だった。


 草木が多い家である。

 母屋前と裏庭にはハーブ。ほぼ年中、何かが葉か花を付けるよう幾種類も組み合わせて植えてある。畑は家の前に作り、食べるだけの野菜を少々育てていた。

 母屋周りの植木は主にサンザシだ。

 年寄りが言う、花咲く魔除けの木。実用的な庭木で、実も採れるし、まず日除け風除けになる。サンザシの他にも、敷地入口には林檎の木。ちょっとの間なら、あそこに馬一頭繋いでおけたりする。


 また家を取り囲む木立は自生だ。

 だが明らかに人の手が入っている。樹々は目隠しの役目を果たし、一部は柵代わりもする。以前来ている時にも度々頼まれて、言われるままに枝葉を落としたのをイアルは思い出した。あの時は、家全体の目隠しにするための仕上げだなんて気付きもしなかった。


(ここって、実は一等地だよな…)


 特筆すべきは、豊富な水回り。


 お屋敷以外でこれだけ水源を確保できる家は、そうそうない。

 ここは湖から引く水路に近く、母屋の際まで家庭用水道を引き込んである。これだけでも家庭用としてはじゅうぶんなのに、ちゃんと自前の井戸まであるのだ。

 さらに自家内で湧き水が出ている。このまま飲める清水な上、一年中一定水温。冬場の水仕事だって格段に違うはずだ。取水口のすぐ脇が台所だから、どうやらこの家は湧き水ありきで設計されたらしい。

 

(考えてみると、凄え贅沢な造りなんだ)


 まだ屋内での点検もある。イアルは再び玄関から家に入った。




「さあ、お腹が空いたでしょう」


 先に食べておきなさいと、ゼフィネさんはすぐに夕餉を出してくれた。

以前と同じ台所のテーブル。家具も配置も同じだった。家にはまだ他に誰も居ない。


「いただきます」


 少し早いが、ありがたく御相伴に与る。

 ごく普通の家庭料理。アル湖で獲れる白身魚のスープと野菜の煮込みは、ゼフィネさんの夕食と同じものだろう。

 イアルには好ましい献立だった。こんなのが食べたくて、わざわざ町の食堂へいつも鍋が煮詰まる頃に行ったりする。

 決して悪くない。悪くないけれども、特に豪勢というわけではなかった。


 姫君に供する馳走ではない――と、思う。

 

(姫君のご到着は日没以降ということか…)


 たぶん夕餉は済まされてから来るのだろう。イアルはそう理解した。


(着替えとか。しとかなくていいのだろうか?)


 ゼフィネさんは平服だった。イアルも同じである。

 支給されたもので使用していいのは剣だけ。それ以外は身に着けるなと、騎士団長から固く言い渡されている。つまり、イアルが騎士であるのを伏せておくわけだ。


 どうやら姫君は秘匿された客人らしい――


 この家には秘密裡にお迎えする。で、ここに身を隠すのも内密なら、辺境伯家の護衛が付くのも機密事項。そういうことらしかった。


 名も知らぬ姫君の、何もかにもが内緒ごと。


(もしかして、西の辺境領に来たことさえも極秘なのか?)


 しかし。


(…お姫様の護衛騎士って、こんなんでいいのだろうか?)


 イアルの知る護衛騎士は少ない。数える程だ。しかもあまり心証が宜しくない。だが、腕や性質はともかく見栄えは良かった――と思う。


(きっと、本来はもっとこう…華やか? つうか、せめてもうちょい見た目はパリッとしてるもんだよな?)


 決して見目麗しくない。勿論、名家の子息でもないイアル。

おまけに、それが申し訳ないくらいの平服なのである。


(せめて騎士礼装とかならなあ)


 あれは一種の勝負服なのだ。西の辺境領では『騎士団の正装をすれば、どんな醜男も最低三割増しくらいはマシに見える』と言われている。

 イアルが着用しても「馬子にも衣裳だね」と婉曲に褒められるくらいだ。

何かと点の辛い、口の悪い幼馴染のあのイヴでさえそう感想を述べるのだから間違いない。


 なのに、今日に限って私服姿。普段以上にパッとしない平騎士。


 ――いいのか、こんなんで?




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