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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第一章 姫君の護衛騎士

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ゼフィネさん


「こんにちは。イアルです、お邪魔します」


 まずは挨拶。イアルは母屋まで歩き、当たり前に玄関から女主人に声を掛けた。


「ああ、いらっしゃい。さあ、どうぞ」


 迎える方もあっさりしたものだ。


 ゼフィネさんの家は久し振りだった。

一時期、騎士見習いのイアルはしばしばこの家を訪れていた。

薪割だとかの主に力仕事を手伝いに来ていたのだ。もう何年も前になる。

あの頃イアルはまだ十代の少年で、ゼフィネさんの方は当時からまったく変わっていない気がする。上品で、優し気で。物腰も柔らかで。


「先に馬を繋いできます」


 家主のゼフィネさんに断りを入れてから、イアルは家の裏手に回った。

勝手知ったる家ではあっても、年配女性の一人住まいだ。予めイアルの来訪は伝えられているのだろうが、黙って裏でゴソゴソし出したらまるで不審者である。

 それに隠居したとは言え、ゼフィネさんはかつてお館の侍女頭だった人だ。

無礼は許されない。


(あ、今のは『ご無沙汰してます』とか言うとこなのか)


 自覚しているが、どうもイアルは言葉が巧くない。

 あまり気が回る方ではないし、機転も利かない。

愛想もよくない方だと思う。その上に座学も決してよろしくなかったのに、自分が割にすんなりと正騎士に昇格出来たのは、ゼフィネさんが口添えしてくれたからではないか。


 イアルはそう考えることがある。


 勿論、騎士団の人事なんて侍女頭だったゼフィネさんの裁量範疇ではなかった。エルンスト辺境伯家内の指揮管理命令系統はくっきりはっきりしている。

第一、ゼフィネさんはとうに勤めから退いていた。

 ただ、なんとなくイアルはそんな気がしている。



『あなたは口数こそ少ないけれど、きちんと仕事をこなしてくれる』


 物心ついてからこの方、イアルはあまり人から褒められた記憶がない。

だが不器用な騎士見習いだった少年のイアルを、ゼフィネさんは何かにつけ理由を拾っては褒めてくれた。


『それに、とても仕事が丁寧だわ』


 ゼフィネさんは些細なことでも労ってくれた。優しい人だと、イアルは思った。


『誰でもそうではないのよ。あなたが来てくれて、とても助かっているの』


 ゼフィネさんの言葉はあながちお世辞でもなかったらしい。

誰でもよかったわけではないようだ。実際にイアルを寄越すよう度々名指ししてくれた。

 薪割りでも他の頼まれごとでも、口ばかりで手を動かさない手合いには、二度とゼフィネさん宅での手伝いは回ってこなかった。

 簡単な作業だと軽く見て、やっつけ仕事で済ませるような連中にも、見習いのまま勤めを終えたのが幾人もいた。ここでヘタを売るようなヤツは、ほぼ確実に館からいなくなるのだ。

 あれは、ゼフィネさんの目で冷徹に弾かれたのだろうとイアルは睨んでいる。


 

 ――同じようなことを、最近誰かに言われたような。


 馬の鞍を外しながら、ふとイアルは思い出した。


『お前は口下手で要領も悪い。だがその分、黙々とお役を務める』


 ああ。騎士団長だ。


 館を出る直前、騎士団長も諭すようにイアルに畳み掛けた。

 馬に水と飼葉をやりながら考える。どうやら、口と仕事が堅いのがイアルの最大の長所ということらしい。


 ――けど、なんで? それだけで俺? 


 イアルの疑問は解けない。


 やっと、やっとお館様が俺を呼んでくれた――


 それが嬉しくて、つい柄でもない護衛を即諾してしまった。

だが、人選についてはまるで腑に落ちない。

 寡黙で腕が立つ。

 それだけなら、別にイアルでなくともよい。エルンスト辺境伯家は誉れ高い武門の名家だ。剣だけなら、騎士団にはイアルと互角以上に使える猛者が幾人もいた。何もイアルである必要はない。


『それに、イアル。お前は生真面目で勤勉、何より義理堅い忠義者で、かつ勇敢な騎士だ。なあ、そうだろう?』


 騎士団長はダメ押しのように言った。


(あ。―そこ、か?)


 そうだ。その通りだ。

 俺は、クソ真面目とバカにされるくらいに融通が利かず、囃されても嘲られてもお館様が決めた命令には愚直に従う。だからこそ、文句の一つも言わずもう三年近くも第四隊にいるのだ。


 そしてイアルは、お館様に死ねと言われたなら死ぬ。どんなに理不尽でも、黙って死ぬ。とうに命は差し上げた。この身一つでお仕えする。既に心は決めてある。


 ――ああ。コレ、はなから断れないヤツだったのか。


 ここまで考えてみて、やっとイアルは悟った。


 お姫様の護衛騎士。絵に描いたような騎士の仕事。そこへ、なんで自分が推されたのか。無骨で無粋、こんな不出来な若造が。


(ヘタすりゃ、死ぬ。…そういうことだよな?)


 イアルはイアルなりに腹を括った。


(なのに――その行先が、どうしてゼフィネさんの家なんだ?)


 なんでだ? どうして? なんで、この家に?


 そこだけはわからない。

単なる用足しならば、たまたま暇だったイアルをまたゼフィネさんから呼んでくれたのだと思える。

 しかし、寡黙はともかく「腕が立つ」のをご所望だ。


 イアルが知る限り、ゼフィネさんの隠居宅こそは最も平穏に思える場所だった。

いや、平穏であってほしい場所。平穏でなければならない場所、か。


『あまり詳しいことは知らん方がいい。聞かないのがお前の身のためだ』


 騎士団長は最低限の指示しかしなかった。

姫君の護衛だと告げたきり、それ以上はその姫君について何ら説明しようとしなかった。肝心の護衛する対象について、一切他の情報をくれない。氏素性、身分はおろか名前すらも教えてくれないのだ。


(――けっこうな無茶ぶりだよな、騎士団長)


 だが仕方ない。わからないことをあれこれ推量するのは得意ではない。


(俺はやるべきことをやるだけだ)


 イアルは馬の体を拭いて、ポンポンと首を撫でてやった。



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