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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第三章 訳アリの姫君

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ひまわりの花束

 「シャールが参りました」


 宣言通り、使いにはシャールが来た。

翌日早速の初回便は、姫君の身の回りの品だった。目立たないように設えていたが、馬車は館の公用車。昨夜の荷馬車とはエライ違いである。


「とりあえず当座のものを。不足の分は、おいおいお届けに参ります」


 颯爽と現れたシャールは、玄関に出たゼフィネさんに愛想よくそう告げた。

そしてイアルには無言で運び込めとばかりに顎をしゃくったので、さすがにイアルもカチンと来た。とは言え、他には誰もいない。それにシャールの細腕では、馬車から荷を降ろせないだろう。


 シャールは後ろ手に何か持っていた。


「お館様からです」


 家に入るなり、シャールはそう言って小さい花束を姫君に差し出した。


 ――え。


 それは黄色いひまわりの花束だった。小さめの花を幾つもまとめて、イアルが名を知らない青い小花を取り合わせてある。結わえるリボンも濃い青色だ。


「え。……私、に?」


 ひまわりは西の辺境領の花である。


 辺境領の南部には広大なひまわり畑が広がっている。花の季節ともなれば視界は一面黄金色で埋め尽くされ、歩こうが走ろうが、見渡す限りその光景が果てしなく続くのだ。それはさながら壮観な花の海だった。


「嬉しい……ありがとう」


 姫君は本当に嬉しそうだ。花束を受け取って、愛おしそうに頬を寄せる。


 とても可愛らしい花束だった。

 花はごく小ぶりで、色も盛夏のものよりずっと淡い。どこに咲いた花だろうか。南部に限らず、ひまわりは領のあちこちで植えられている。領主館の庭にもあったのだろうか。


(こんなの……よく今時分に見繕えたな)


 栽培品種である南部の大きな花々は、ずっと前に咲き終わっていた。花は摘まずに立ち枯れの状態で種を熟成させ、その種から主に油を搾る。これが古くからの領特産品だ。だが、その種の収穫までも済んだはずだ。今時分は食用に取り分けた方の種を、乾かしにかかっている頃だろう。


 割と遅くまで花を咲かせておく畑も、あるにはある。が、それは続けて作る麦の肥やしにするためだ。だからこの時期には、咲き残った小さな花まで余さず土中に梳き込んでしまった後なのだ。


 つまり季節からして、これは心尽くしの花だった。


(最近じゃあ、花束用のひまわりなんてのもあるんだろうか?)


 辺境領ではひまわりは人気の花だ。ある意味、特別な花。平民層では定番の、愛の花なのである。

 花束に贈るひまわりの数にも意味があるのだそうだ。イアルは詳しくなかったが、騎士団の同僚が求婚の際には絶対に十一本で作ってもらえと力説していた。

確か、十一本だと「最愛」になる。他は知らない。


 ――あれは何本なんだろう? けっこう数ありそうだけど?


 だが、領外の人にまでこの花束の値打ちがわかってもらえるのだろうか? 


 花園に咲く花ではない。愛らしくとも畑の花。作物の花だ。贅沢な華に分類されることはない。

 お姫様なら、薔薇とか百合とかもっと豪華な花を貰い慣れているだろうし。


(けど。ホントに喜んでるような―)


 昨夜の枕元のラベンダーといい、姫君はこういうささやかな心遣いを解して、喜んでくれる気質なのだろうか。なら何となく、イアルはこの先姫君の護衛をやっていけそうな気がする。しかし。


 お館様から――お館様から? 


 お館様。こんなこと、なさる方でしたか?


 お偉い身分でもお館様は情も実もある方だ。イアルはそう思っている。

思いはするが、とてもこんな細やかな心配りをなされる方とは思えない。


(うーん。マジかな? お館様からじゃない……よな。たぶん)


 姫君は、大事そうに花束を抱きしめていた。それを見て、あえて詳細は追及すまいとイアルは決めた。


 当の姫君には、生まれて初めて見るひまわりの花だった。

郷里では育たないからだ。だが、ひまわりの隙間を埋める小さい青い花については身近だったので、その名もよく知っていた。

 勿忘草。これも季節外れの花だった。


 シャールが、じっと姫君の様子を見ている。

ゼフィネさんは、少しだけ優しい目になって花束と姫君とを見守っていた。

 きっかり十一本あったひまわりは、黄金の花。陽光降り注ぐ西の辺境領の色であり、お館様の鬣のようなブロンドと獅子のような瞳の色だ。

 そして勿忘草とリボンの青は、エルンスト辺境伯家の色だった。

それは辺境領を抱く母なる湖、霧深き大湖、青く深きアルが湛える水の色。

かつて領主家が花嫁に迎えた、湖水の乙女の色である。



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