眠れぬ夜と姫君が謎
(あいつ。シャールがあんなことを言うから――)
昨夜、イアルはほとんど眠れなかった。
日頃は寝不足とは縁がない生活を送っている。
物心ついてこの方、快眠人生だ。眠れぬ夜を数えたことなどない。子供の頃には、空腹でいつまでも目が冴える時期もあったと思う。だが成長してからはよく動きよく食べ、よく寝ている。
『どこまで脳筋なの? アンタ、ちゃんと頭使ってる?』
イヴにはよく呆れられる。
失礼な。俺にだって悩みくらいはあるよ。だが、騎士団の仕事は体力勝負だ。
鍛錬もある。だから普段は横になるなり爆睡してしまう。夢も見ない。二十年余りのこれまでの生涯で、悶々と思い悩む夜を過ごしたのは、たぶん二回だけである。
どちらも比較的最近。ここ数年のことだった。
どうやら失恋というのを経験したらしいあの日、苦い感傷を噛み締めながらふて寝した。寝つきは悪かったけれど、気が付いたら朝だった。寝落ちしたのだ。
それと、正騎士昇格は果たしたものの、同時に第四隊配属が決まったあの夜。
最初の時より後の方がキツかった。イアル的には後者の方が堪えたはずである。
依然イアルは第四隊にいる。まず感じた安堵の気持ちは徐々に薄れて、忸怩たる思いだけが残った。そしてそれは今も現在進行形で続いているのだ。
(なんで。あんなこと教えるんだよ……)
昨夜は、ホントに眠れなかった。
しかもモヤモヤは消えていない。昨夜からの煩悶はどちらの時とも違っていた。
せっかくもう飢えないですむ境遇になれたというのに、まさかまたも自分に眠れぬ夜が訪れようとは。
(面接とかだったら――)
たいてい、日帰りなのでは?
けど、姫君は当面この家でお過ごしになる予定なのだ。
なんで? どうして? ここに――もしかして、そうなのか?
ゼフィネさんの家は、今でも定期的に辺境伯家館と往き来がある。
実用的な物資の補給便も来るし、イアルみたく騎士見習いの少年達も時々に手伝いに来る。
そして肝要なのが、不定期に寄越される妙齢の女性達。これが問題なのだ。
若い娘が何の用でこの家に来るのか。それくらいイアルだって知っていた。
ゼフィネさんによる最終面接のためだ。
これさえ通過したら、お館様付の侍女になる。つまりは、側女の候補に。
『お館様の、オンナ』
シャールは確かにそう言った。
あれでなかなかに底意地が悪いところがあるシャールは、故意に事実でないことを告げてイアルを惑わすことがある。
けど。だけど。いくらなんでも、お館様をネタにしてまで性悪を言うだろうか。
(全然、そんな風には見えない――)
黒髪の姫君。これからイアルがお守りするお姫様。
どちらかと言えば清楚可憐で、絶対にまだ十代だと思う。
(どんな顔して接したらいいんだろう……)
体を張って守る相手を、色眼鏡で見たくない。
雑念だらけの護衛騎士なんて、役に立つはずがない。それにこれから、一つ屋根の下で短くない時間を共有するのだ。
イアルの煩悶は堂々巡りで、とても出口が見付かりそうになかった。
午後になって、姫君の決して多くはない荷が届いた。
それでイアルは、昨夜はほぼ身一つで到着されたのだとあらためて思い至った。
(いったい、どうなってるんだ⁇)
当面、イアルの疑問は解消しそうになかった。




