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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
黒髪の姫君

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11/22

姫君は荷馬車に乗って――来るかな、普通?

(俺、普段はこんなに気にしてアル湖を見てたろうか?)


 本日、イアルはアル湖岸までを含めてこの家の周囲を警戒していた。


 西の辺境領は、湖の地である。

母なる大湖アルがあるからこそ人が住め、アル湖のおかげで作物が育つ。すべて湖ありきで成り立つ土地なのだ。


 だから当然、領都は湖岸にあった。

つまりはこの家の近くにも船を着けられる。


 イアルは、屋外の様子と同時にアル湖にも目をやらねばならなかった。

船着き場は少し離れているが、小舟なら来れる。不用意に近寄る船がないかを警戒していたが、さすがに暗くなればもう大丈夫だろう。


(――そろそろ、かな?)


 アル湖が夕陽に染まり、遠くに眺める領主館と領都の街並みが完全に宵闇に沈んだ頃。馬車は来た。あたりはすっかり暗くなっていた。


 えっ――


 エルンスト辺境伯家の紋章付きの馬車ではなかった。


 お館様は普段から馬車を使わず、何処でも身軽に愛馬を飛ばす方だから、最近では紋章付きの立派な領主家専用馬車はもっぱら来賓用と化している。

だが、それより幾段格式は下がるものの獅子の紋が入る、館の正式な御用に使う公用馬車ですらなかった。


(え? いいのか、これ…)


 来たのは荷馬車だった。なんというか普通の――普段、お館から平侍女がお遣いに行く時に使うような。いっそ今回は複数で出るから乗り合わせて空いてる大きめの馬車にしてもらう? みたいな、普通の平馬車ですらない。

 何なら幌屋根があるだけの、いわゆるホントの荷馬車なのだ。


(まさか、姫君を荷馬車に乗せて来たり…して、ないよな?)


 たとえ高貴の姫君でなくとも、少なくともまともな貴族はこんなのを用意したら激怒する。間違いなく。接待仕事に縁のないイアルでもそれはわかる。館の行儀見習いのお嬢様方なら絶対に乗ろうとしないだろう。

 ゼフィネさんの家に、館から定期的に物資が届くのは知っていた。時には夜でも荷が来ることも。ちょうど今みたいに。


(あれも何かの擬態だったのだろううか――)

 

 まるでよくあるお使いのように、さながらゼフィネさん宅に薪やら食料やらを大量に運ぶ時みたいに。ガラガラゴトゴト、いかにもいつもの補給便です、という体でその荷馬車は到着した。


「………」


 内心冷や汗ものでイアルが迎えに出るなり、横付けにした荷馬車からひらりと先に人が一人降りて来た。そして、速やかに荷馬車の幌をめくる。


 驚いた。整い過ぎたその顔は、館の小姓シャールだった。お館様気に入りの側仕えである。


 よく見ればフードを被った荷馬車の御者は、やはりお館様近習のイーサンなのだった。イーサンはフードを外し、素早く御者台から飛び降りるとサッとシャールの横に立つ。


 程なく、荷馬車の奥からローブを纏った少女が一人、スーッと降りて来た。

しずしずでも、おずおずでもない。スーッと、だ。


 どうやらこの少女が姫君らしい。


(別に、荷馬車でも怒ってない…のか?)


 ローブに隠れて、その表情はわからない。


 シャールが恭しく、馬車を降りる少女にエスコートの手を差し伸べた。

ここだけ見れば、お姫様とお付きの従者の典雅な一場面だ。肝心の姫君のお顔はよく見えないけれど。


 ただ、その顔は夜目にも白い。それだけははっきり見てとれた。

 背はそう高い方ではない。痩せているとまではいかないがほっそりした姿で、しゃんと背筋を伸ばした歩き方がとても端正である。


(少なくとも、怒ってはいなさそう…かな?)


 よかった。


 ――それになんだか、思ってたのとは違う気がする。


 イアルの知る唯一の姫君、先の奥方様とはまるで雰囲気が異なっていた。

 なんだろう。威圧感? いかにもな高飛車感? それとも高嶺感? そういうのが微塵もない。


 安堵しつつ、しかし今度は意識的に蓋をしていた憶測がモヤモヤと燻りだした。

それはたちまち妄想と化し、脳内で迷走を始める。

 この姫君に妖艶さは感じられない。むしろ清楚だ。可憐な感じさえする。

 イアルには女性の年齢はとんと見当が付かない。が、まだ十代とかじゃないのだろうか?


(けど。けど、この家に来るってことは、つまり…?)


 すぐにもう一台、荷馬車が着いた。

がっしりした体付きのそちらの御者の男も、すぐに降りて来た。

さっさとフードを脱いで、そのまま姫君に付き従う。


 ゲッ。こちらもよく見知った顔だった。


 ラウル。ラウルだ。


 騎士団長直属の手練れ、ラウル。

以前は副団長を務めていた。先の奥方様の離縁騒動で、理不尽なとばっちりを食ったうちの一人でもある。自ら泥を被り、あの後、詰め腹を切らされる形で副団長職から退いた男だ。


 だが、それは名目だけの降格なのを皆知っていた。


 役付きの副団長から騎士団長付の平、という体裁になっただけで、別に何処かの閑職に飛ばされたわけでも目下の誰かの管轄に移されたわけでもない。

 確かに騒動直後の一時期こそ謹慎となり、後に配置換えもされたのだが、ほとぼりが冷めるやすぐに騎士団へ呼び戻された。今も時々に小隊長を任され、状況次第では団長代理や副団長の真似事もする。


 つまり、以前と何ら変わらない。


 見かけ上は処罰を受けたという形にして、しっかりと実を取らせる――お館様らしいなさり様だ。実質的な待遇は変えないまま、陰では密かに報奨さえ与えたらしいとも聞く。


 お館様が、ラウルを切るわけがない――


 ラウルは騎士団長と同じく、お館様が家督を継ぐ前から従っている古参の配下である。そして、騎士団内では騎士団長と同等か、ある意味それ以上に一目も二目も置かれている存在なのだ。

 齢はイアルの父親程だが、寡黙で凄腕、しかも豪胆だった。

躊躇わずに人を斬れる。顔色一つ変えず、それこそ息一つ乱さずに。


(あのラウルが荷馬車の御者だとー?)


 覚えず、イアルは背筋が冷たくなった。


 ラウルはゼフィネさんとほんの一瞬目を合わせて、小さく会釈した。

ゼフィネさんはそれに目で応え、すぐさまにこやかに急の来客に向き合う。


「ようこそ。いらせられませ」


 それは、かつてお館で何度も客を迎え入れた頃のあの艶やかな声だった。


「さあ、どうぞ」





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