食べられる側の話
トカゲの口に咥えられたスライムは、抵抗らしい抵抗も見せず、その形をあっけなく崩した。
ぐ、と押し潰された瞬間、内側に溜まっていた体液が破れるように弾ける。
ピチャ、と湿った音がして、飛び散ったそれが足元に落ちた。
思わず一歩引きそうになる。
けれど視線は逸らさない。
トカゲはそれを気にも留めず、地面に押し付けるようにして器用に口へ運んでいく。
顎の動きに合わせて、喉がゆっくりと膨らみ――そして、呑み込んだ。
噛み砕くというより、押し込むような食べ方だった。
私はエルネと並んで、その様子を見ていた。
やがてトカゲは、満足したように低く喉を鳴らし――動かなくなった。
先ほどまでの執着が嘘のように、ただそこに あるだけ の存在になる。
「スライムを美味しそうに食べてるけど、スライムって美味しいの?」
エルネが、ぽつりと呟いた。
視線はトカゲのまま。
けれどその声は、どこか呑気だった。
「おいしくないと思う」
即答した。
味がするとは思えない。
見た目からして、水に近い。しかも、澄んだ水ではない。
緑色で、どこか濁っていて。
地面を這い、汚れを取り込んでいるそれは――飲むなら泥水と変わらない気がした。
「だよね〜」
分かっていたように笑う。
エルネはくるりとこちらを向いた。
「先輩!これじゃあ、み〜んなトカゲに食べられます!集めなきゃ」
そう言って、松明を片手に、もう片方の手でナイフを握りしめる。
そのまま先を照らしながら歩き出した。
私は、その手を見た。
――ロングソードは、抜かれていない。
ほんの一瞬だけ、思考が止まる。
けれど。
結果として、何も起きていない。
問題もない。
小さく息をついた。
先ほどまで感じていた、あの得体の知れない緊張は、もうどこにもなかった。
私は一度だけ、足を止める。
トカゲを見下ろした。
危険な魔物。
そう思っていた。
けれど実際は、本当に無害で、無関心で。
ただスライムを食べているだけの存在。
もし――これが討伐依頼の対象だったら。
私は、どうしていただろう。
……考えるまでもない。
何の感情もなく、討伐していた。
理由はある。
依頼だから。危険かもしれないから。報酬が出るから。
それだけで十分だった。
「……」
杖を向けることすらせず、私は視線を外した。
エルネの背中を追う。
揺れるランタンの光。
松明の火が、壁を歪ませる。
二人分の足音が、洞窟の奥に吸い込まれていく。
けれど。
結局、見つけたスライムは――一匹で最後だった。
それ以上は見当たらない。
気配もない。
「……ここまで、かな」
自然とそう口にしていた。
無理に探しても意味がない。
いないものは、いない。
逃げるわけじゃない。
ただ、場所を変えるだけ。
それだけの判断。
来た道を戻る。
その途中で――気づいた。
岩陰の奥。
暗がりの中から、ぬめる影がひとつ。
そして、もうひとつ。
トカゲが現れる。
どれも同じだった。
スライムを見つければ、ただ噛みつき、押し込み、呑み込む。
それだけを繰り返している。
不思議だった。
天井に張り付いていれば、スライムは襲われないはずだ。
それなのに、落ちてくる。
――ああ。
そういうことか。
トカゲの動き。
体温。振動。
それに反応して、スライムは落ちてきている。
襲うために、捕らえるために。
けれど、結果は逆だ。
落ちた瞬間に食べられる。
「……」
少しだけ、考える。
なんというか――皮肉だ。
狙っているはずなのに、狩られている。
強いつもりで、弱い。
あるいは、その逆もあるのかもしれない。
けれど、それだけでは説明がつかない。
ジャイアントバットがいない理由。
それには、まだ繋がらない。
「分からない……」
思考は、そこで途切れた。
隣で、エルネがこちらを見る。
もっと奥に行こうとか、探そうとか。
そう言い出すかと思った。
けれど。
「うん、わかった。それじゃあ、外で探すの?先輩」
あっさりとしたものだった。
私は少しだけ、意外に思う。
あれだけ中に入りたがっていたのに。
「そうします」
短く答える。
洞窟の入口が、近づいてくる。
その途中で。
足元が、ぬるりと滑った。
「あっ――」
思わず体勢を崩しかける。
トカゲの這った跡のあの粘液。
振り返ると、エルネも同じようにバランスを崩していた。
「わっ、危なっ」
二人して、少しだけ笑う。
転びそうになりながら、なんとか踏みとどまる。
ただ、それだけのこと。
大きな成果も、戦いもなかった。
だけど、ここには確かに知らなかったものがあった。




