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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
18話
92/103

柔らかな身体と硬い核

 


 松明の火がゆらゆらと揺れていた。


 炎の揺らぎは壁に大きな影を作り、洞窟の凹凸を歪ませて見せる。

 暗い岩肌はところどころ湿り、光が触れるたびに鈍く反射した。


 その足元で、踏み潰された不定形の塊がもぞもぞと動いている。


 森オオカミより小さい。

 バケツほどに大きいスライムだった。


 さっきエルネが踏みつけたそれは、潰れた形からゆっくりと元の形へ戻ろうとしている。

 切り裂かれたゼリーのような身体が、互いを引き寄せるように寄り合い、形を繋ぎ直していた。


 不思議な光景だった。



 エルネは片手にロングソードを構えている。

 剣先は少し上を向いている。



「やぁ!」



 掛け声と同時に、刃が振り下ろされた。


 鋼が空気を裂く音がする。



 スパッ。



 軽い手応えの音がして、スライムの上部が真っ二つに割れた。


 しかし、それで終わりではない。


 振り下ろした勢いのまま体を流すことなく、エルネは慌てて体の軸をずらして勢いを殺した。

 一歩を強く踏み込み、足で地面を捉え、体勢を立て直す。 


 だが――



 スライムは、まだ動いている。



 割れた身体がゆっくりと寄り合い、繋がり始めていた。



 まるで粘土が形を取り戻すように。


 ロングソードの刃をものともしていない様子に、エルネは眉を寄せる。


「うわ、きもちわる」 



「エルネさん、スライムは内部にある魔石……核が弱点です。それを取り除けば倒せます」




 私がそう言うと、エルネは首をかしげた。



「核?」



 片手に持つ松明をスライムへ近づける。


 炎の熱が近づくと、スライムは身をよじるように波打った。

 それでも再生は止まらない。


 切断された断面が、ゆっくりと溶け合うように繋がっていく。


 ただし、さっき飛び散った粘液はそのままだった。

 周囲の地面に散った飛沫が、本体へ戻る様子はない。




「ここ? これですか? 先輩?」



 エルネが指さす。



「真ん中の、粒みたいな……」


「はい、それです」


 私は少し離れたところからそれを見ていた。


 スライムは危険な魔物ではない。

 だからこそ、私は戦いに加わるより周囲を確認する。


 松明の光で薄暗く照らされる天井。


 そこに張り付いた影の塊がないか、目を凝らす。


 スライムの脅威はそこだけだ。


 上から落ちてくること。


 それ以外に危険はない。




 ――バルクとロニオはそう言っていた。




 あの二人は、ロングソードで器用に核を抉り出していた。

 刃を差し込み、ひねるようにして、簡単そうに。



「スライムの核を集めるんでしたよね?」



 エルネが確認する。



「はい。その核を七個、取り出して集めます」




 エルネはそれを聞いて、戦う構えを解いた。


 スライムの前にしゃがみ込み、ロングソードを振り下ろして切り分け始める。


 だが―― 



 切る。


 くっつく。


 切る。


 くっつく。


 その繰り返しだった。



「うまくいかないよ〜!」



 エルネが情けない声を上げる。



「先輩も手伝って〜」



 どうしよう。



 魔法で吹き飛ばせば、スライムは弾け飛ぶ。

 そうなれば核を探すのはもっと面倒になる。


 かといって、バルク達のように剣で抉り出す技量もない。


 私がロングソードで同じことを出来るとは思えなかった。 


 それなら。 


 私は腰のナイフを握った。




 私が剥ぎ取る。


「エルネさん、松明をスライムに近づけてもらえますか?」



 ロニオが言っていた。


 スライムは火の熱を嫌うと。


 火で動きを鈍らせれば、再生も遅れるかもしれない。


 確信はない。


 私はスライムの前にしゃがみ込んだ。


 表面は水を含んだように光っている。

 松明の炎を反射して、緑色の光が揺れていた。


 近づくと、生臭い匂いがする。

 少し腐ったような、湿った匂い。




 ぬちゃり。



 切られた部位が、ゆっくりと繋がる音がする。




 ……これは生き物なのか。




 ふと、そんなことを思った。




 顔もない。

 足もない。

 内臓も、脳もないだろう。


 見て分かる構造は、ほとんど



 体と核だけ。



 不思議な存在だった。



 私はレザー手袋越しに、スライムの表皮へ手を押し当てる。


 柔らかい。


 肉よりもずっと柔らかい。




 青光りするナイフを逆手に持つ。


 そして――


 突き立てた。




 ぬるり、と刃が沈む。




 肉を刺したときの抵抗より、はるかに軽い。


 私は刃を引いた。


 核の真上を、真っ直ぐに裂く。




 手の側面に、スライムが触れる感触。


 柔らかな粘土のような触感が、小指に触れる。

 ぬめりが手袋に絡みつく。




 もう一度。




 ナイフを突き刺す。




 引き下ろす。




 裂け目が深くなる。



 そして――



 核が露出した。



「先輩! 核が見えてます!」 


 エルネの声。



 私はナイフを持たない手でそれを掴んだ。


 引く。



 ……うまく取れない。



 核の下部に、スライムの肉が絡みついている。


 私は素早くナイフを差し込み、切り離す。




 ぬるり、と外れた。



「一個目ですね!」


 エルネが嬉しそうに言う。


 私はそれをエルネに渡した。


 そこで初めて、自分が息をしていなかったことに気づく。


 深く、息を吐いた。


 ……なんだろう。



 捌く作業なら、ホーンラビットの方が楽な気がする。


 時間をかければ、ちゃんと捌ける。


 でもこれは違う。




 バルクのやり方は簡単そうに見えた。


 でもやっぱり、出来ない。



 こんなに汚れるなら――




 魔法で吹き飛ばして、飛んだ核を探す方が楽かもしれない。




 私は手袋についた粘液を払うように、腕を軽く振った。

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