仮証とオレンジジュース
私は冒険者ギルドの隅、壁際に置かれた長椅子に、寝そべるように横になっていた。
返り血は小川で洗い流した。
けれど、完全には落ちきらず、革の縫い目や袖口に、うっすらと赤が残っている。
頭には包帯。
左の腿には、きちんとした添え木。
身体は痛む。
けれど、それ以上に――気分が、ひどく沈んでいた。
失敗したからじゃない。
反省しているからでもない。
原因は、胸元に下げた冒険者証。
……仮証。
それを言われたのは、門兵だった。
街へ戻る途中、呼び止められて、口酸っぱく叱られた。
なぜ止まらなかった。
あの中年冒険者がいなければどうなっていたか。
それに、その冒険者証はな――。
思い出すだけで、眉間に力が入る。
愚痴みたいな説教が、延々と続いた。
ギルドに戻ってからも同じだった。
受付のお姉さんは、門兵ほど怖くはなかった。
表情も穏やかで、声も柔らかい。
でも――言われた内容は同じ。
「これは仮登録証なんです。後日、試験日に持ってきてくださいね」
そう言って、銀貨を渡された。
九枚。
本来は、銀貨一枚でよかったのだと。
若くて可愛い子が、危険な仕事をしなくてもいいから――試したのだと。
……なんか、嫌だ。
胸の奥に、言葉にできないモヤモヤが溜まる。
気遣われたはずなのに、尊重されていない気がした。
ドン、と。
隣に、誰かが腰を下ろした。
顔を向けるまでもなく分かる。
あの、Dランクのおじさんだ。
手には、ジョッキ。
それを、私の方へ差し出してくる。
「お前が倒したゴブリンの成果物だ。おこちゃまにぴったりなジュースだ」
上体を起こし、受け取る。
なみなみと注がれた、オレンジジュース。
甘い匂いが、ふわりと鼻をくすぐった。
「まぁ、なんだ。無事に帰ったことに、乾杯でもするか」
コンッ。
軽く、ジョッキが当たる音。
彼は豪快に飲んだ。
私は――口をつけなかった。
水面に映る、自分の顔を見る。
包帯。
少し疲れた目。
「あんな弱い魔物……」
思わず、口からこぼれる。
「私の魔法に、怖がってたし。全然、勝ててた。勝ててたの」
自分に言い聞かせるように。
おじさんは、こちらを見て。
「ああ、そうだな」
ただ、それだけを言った。
否定もしない。
肯定もしない。
私はジョッキを握ったまま、黙り込む。
甘いはずのジュースが、
なぜか、まだ飲めなかった。
――仮証。
その二文字が、
胸の奥で、いつまでも引っかかっていた。




