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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
17話
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剣の重さ

バルク視点

 


 ギルドのテーブル越しに、俺はそいつを見ていた。


 リュシアの後ろに半分隠れるように立っている新人。

 名前は……確か、エルネだったか。



 視線は自然と腰に向く。



 冒険者ってのはそういうもんだ。

 武器を見る。装備を見る。立ち方を見る。



 それだけで、だいたいのことがわかる。



 特に俺やロニオみたいな近接職なら尚更だ。


 剣を扱う者は、他人の剣に目が行く。

 癖みたいなもんだ。



 そして――


 俺は覚えていた。


 登録試験で見た、あの剣の振りを。


 乱雑で、大振り。

 勢い任せ、力任せ。


 剣に振られているような、不格好な一撃。


 素人丸出しの振り方だった。



 だが――まあ、それは別に珍しくもない。

 誰だって最初はそんなもんだ。



 問題は、そこじゃない。



「……なあ、ちょっと見せろ」



 俺が言うと、リュシアは少し考えたあと、エルネの剣を受け取った。

 そしてテーブル越しにこちらへ差し出す。



 俺はそれを受け取り、テーブルの下へ引き寄せる。



 椅子に座ったまま、股の間で剣を抜いた。


 鞘から滑り出した刀身を見て――


 思わず口から言葉が漏れた。


「……こいつはスゲェや」


 悪い意味で、だ。



 刀身はくすんでいる。

 刃は何度も研ぎ直され、痩せて短くなっていた。


 本来のロングソードなら、もっと幅がある。

 もっと重さがある。


 だがこれは――


 軽い。


 軽すぎる。


 しかも、刀身が痩せすぎて鞘と微妙に合っていない。


 中古品だ。

 しかも、かなり使い込まれたやつだ。


 ああ、昔、同じような剣を握っていた奴を思い出す。


 横からロニオが覗き込む。


「……繋ぎで使うにはいいが、これは細すぎるな」


 淡々とした声で言う。


「いつ折れるか、わかったもんじゃない。これで肉を断つにしても、相当な技量が必要になる」


 俺は鼻で笑った。


「お前がそこまで言うなら……じゃあ、ナイフの方がマシか?」


 ロニオは少し考えてから答える。


「そいつが折れるくらいなら、ナイフの方がマシだろうな」


 ロニオが言うなら、そいつは大体正しい。


 俺は剣を鞘に戻した。


 そして顔を上げる。


「おい」


 視線はエルネに向ける。


「リュシアの後輩。こっち来い」


 新人は少し戸惑った顔をした。

 それでも、おずおずと近づいてくる。


 俺は脇に置いていた自分のロングソードを手に取った。


 そして――


 放り投げた。


「ほら」


 エルネは慌てて両手を伸ばす。


 剣を受け止めた瞬間――


「うっ!」


 体がぐらりと揺れた。


 重心が崩れ、二、三歩後ろへ下がる。


 その様子に、思わず口の端が上がる。


「抜くな」


 俺は言った。


「そのまま構えてみろ」


 エルネは驚いた顔をしていたが、言われた通り柄を握る。


 重たそうに腕を上げて――


 ぎこちなく剣を構えた。


「こ、こう……ですか?」


 エルネの腕が震える。


 ……なっちゃいねぇ。


 剣先はだらりと下がっている。

 脇は開きっぱなし。

 立ち方も不安定。


 まるで子供だ。


 可愛いくらいの、ズブの素人。


 だが――


 スタートラインなんて、誰だってこんなもんだ。


 俺は立ち上がり、鞘でその剣先を持ち上げた。


「なっちゃいねぇ」


 そして、鞘で肘を軽く叩く。


「脇を締めろ」


「いたっ!」


 次に膝を叩く。


「両足はしっかり地面につけとけ」


「ぃやっ!」


 叩かれた足が一瞬引く。


 だが、すぐに踏み直した。


 エルネは俺を睨んでいる。


「俺を見るな」


 低く言う。


「前向け。顎を引け。真っすぐ前を見ろ」


 エルネの視線がゆっくり前を向く。



 ぎこちない。

 だが――


 少しだけ形になった。


 俺は身を乗り出す。


「よーし」


 小さく頷く。


「その姿勢、覚えろ」


 そして続ける。


「様んなってる女は、凛として綺麗なもんだ」


 エルネは少しだけ目を瞬いた。


 俺はそのまま言葉を続ける。


「……それと」


 剣を見る。


「その剣の重さ、忘れるなよ」


 声が少し低くなる。


「その重さがお前の命を預ける重さだと思え」


 ギルドの喧騒が遠く聞こえる。


「扱いやすいだ。軽いだ。安いだ」


 鼻で笑う。


「そんなもんで命は預けるもんじゃねぇ」



 俺は一歩近づき、エルネの構えていた剣を抜き取る。


 そして元の位置に彼女の剣を返した。


 椅子に座り直し、背もたれに寄りかかる。


 少しの沈黙。


 その横で、ロニオが呟いた。


「バルク」


「ん?」


「お前も焼きが回ってきてるな」


 俺は舌打ちする。


「……うっるせぇ」


 ロニオは何も言わない。


 だが、わかってる顔だった。


 言わない後悔なんて、なんにもならねぇ。


 俺たちは見てきただろう。


 目の前で助けられなかったやつを。


 何も言えずに死んだやつを。


 ……お前もだろうが、ロニオ。


 ギルドの喧騒の中で、俺は黙ったまま天井を見上げた。

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