わたしのお金
ギルドの受付で依頼の報告を済ませたエルネが、こちらへ小走りに戻ってきた。
まだ少し息を弾ませながら、私の前で立ち止まると、両手をそっと開く。
その掌の上には――
銀貨と銅貨が乗っていた。
灯りに照らされて、金属の表面がきらりと光る。
ほんのわずかな枚数なのに、それはどこか眩しく見えた。
「……これが、報酬です」
どこか誇らしげな声だった。
私は頷く。
「半分ずつにしよう」
そう言って、エルネの手の中から銀貨を二枚取る。
全部で四枚あった銀貨のうちの半分だ。
端の方には銅貨が五枚。
私はそこから二枚だけつまみ上げ、自分のポーチにしまった。
革の口をきゅっと締めながら言う。
「残りはエルネさんの分です。余った銅貨も、いいですよ」
エルネは一瞬ぽかんとした顔をしたあと、ふわっと頬を緩めた。
「ふふ……やった。私のお金」
まるで宝物を見るみたいに、掌の上の硬貨を見つめている。
両手でぎゅっと握りしめたあと、もう一度指を開いて、今度は真剣な顔で数え始めた。
初めての報酬。
私も、この間まで、ああだったのだろうか。
「えっと……」
指先で一枚ずつ触れながら、小さく呟く。
「宿代は銅貨八枚だから……えっと……」
しばらく考え込み、そしてぽつりと言う。
「……二日分くらい? ……ちょっと少ない……」
その独り言に、私は思わず小さく笑いそうになる。
初めての報酬。
きっと、頭の中ではもう生活の計算が始まっているのだろう。
視線を少し横へ戻すと、バルクとロニオがテーブル席からこちらを見ていた。
二人とも黙ったまま。
ただ静かにこちらを見ている。
その目は、どこか懐かしいものを見るような視線だった。
先に口を開いたのは、バルクだった。
「なぁ、お前」
低い声が、エルネに向けられる。
「この間の登録試験にいた奴だよな」
その言葉にエルネはぴくりと反応した。
ゆっくり顔を上げる。
視線が合うと、ほんの少したじろいだ。
怪訝そうな表情でバルクを見つめる。
「えっと……あの……誰、ですか?」
バルクは肩をすくめる。
「ああ、俺はバルク。Dランクだ」
親指で隣を指す。
「こっちはロニオ。同じランク」
ロニオは軽く手を上げた。
「登録試験で一通りの連中は見てたからな。覚えてるだけだ。……まぁ、ここの連中もだいたい知ってるんじゃねぇか?」
「え?」
エルネは驚いたように目を丸くする。
そして、おそるおそる周囲を見渡した。
ギルドの中は相変わらず賑やかだった。
酒を煽る冒険者。
今日の狩りの話を大声で語る者。
笑い声と食器の音が混ざり合う。
誰もこちらなど気にしていない。
視線が合うのは、この三人だけだった。
エルネはもう一度バルクを見る。
するとバルクは苦笑して言った。
「気にすんなって。誰も取って食うなんてことしねぇよ」
腕を組みながら続ける。
「関わってくるかは別だけどな。あそこに立ってると気づかねぇだろ」
登録試験のときに立っていた場所のことだろう。
エルネは少しだけ考えるような顔をしたあと――
そっと一歩、こちらへ寄った。
そして。
まるでバルクから距離を取るように、私の背後へ回り込む。
……?
ロニオがその様子を見て、くすっと笑った。
「バルク」
「ん?」
「お前、怖がられてるみたいだ」
「は?」
バルクはぽかんとした顔でロニオを見る。
それから慌ててエルネを見る。
「おい、なんでだよ!? どこにそんな怯える要素があるんだよ!?」
大きな声で抗議する姿に、ロニオは肩を揺らして笑う。
バルクの体は大きい。
声もやたら大きい。
エルネが一歩下がるのも無理はなかった。
そのとき、背後から小さな声がした。
「……先輩」
エルネが耳元で囁く。
「先輩の知り合いですか?」
私は少し考えて答えた。
「一度だけ、一緒に依頼に行った仲です」
それを聞いたエルネは「そうなんですか」と小さく返事をした。
そして、もう一度バルクたちの方を見る。
まだ何か言い合っている。
「俺のどこが怖いんだよ!」
「声がでかいところじゃないか?」
「それだけか!?」
その様子が、少しだけ可笑しくて。
私は思わず小さく笑ってしまった。
ギルドの喧騒の中で。
初めての報酬を握りしめたエルネと、
騒がしい先輩冒険者たち。
そんな何気ない時間が、ほんの少しだけ温かく感じられた。




