火と煙の冒険者ごはん
ランタンの火をつける。
小さな火は揺れながら灯り、ガラスの中で静かに呼吸しているようだった。
近づけた指先に、じんわりとした熱が伝わる。
その温かさが、冷えていた指をゆっくりと戻していく。
ランタンの蓋を開き、細い枯れ枝を一本差し込む。
火は枝の先に移り、まるで生き物のように燃え広がった。
焚き火の跡。
わずかに残った灰の上には、枝がいくつか整然と並べて、その隙間に枯れ葉が詰め込んだもの。
私は火のついた枝を枯れ葉の中へ差し込む。
次の瞬間、
ぱっと火が広がった。
乾いた葉が一斉に燃え、焚き火が立ち上がる。
パキパキ、と木が焼ける音。
両手を火にかざすと、熱が掌に伝わってくる。
小川で血は洗い流した。
それでも手には、まだわずかに匂いが残っている。
鉄のような、獣のような匂い。
火の温かさの中でも、それは確かにそこにあった。
その時、エルネが隣に腰を下ろした。
「リュシア先輩、すごいです」
私は顔を上げる。
「やることに迷いがないですよね」
思いがけない言葉だった。
思わずエルネの方を見る。
胸の奥に溜まっていた何かが、少しだけ軽くなった気がした。
小さく息を吐く。
「家訓があるんです」
焚き火を見ながら、言葉を続ける。
「言ったなら、やれ。思ったなら、動け。風は成るように成るから」
兄様も。
姉様も。
ずっとそう言っていた。
だから私も。
「自分で決めたことは、自分で裏切りたくないから」
言葉を終えると、エルネがぱっと顔を明るくした。
「わぁ……!先輩、かっこいい!」
身を乗り出してくる。
「私も!その、その家訓、習っていいですか?」
まっすぐな瞳だった。
少しだけ、くすぐったい。
「はい、いいですよ」
そう答えると、エルネは嬉しそうに笑った。
なんだろう。
まるで私が兄様か姉様になったみたいだ。
視線を落とす。
そこには、解体したホーンラビットの肉があった。
もう、さっきまでの姿はない。
こうなってしまえば、ただの食材にしか見えない。
残っているのは肉と毛皮だけ。
毛と皮。
ミアレと一緒のときは、皮と毛は残していた。
たぶん時間がなかったからだ。
どうだろう。
ここまで来て、皮を剥ぐのも難しい。
そのうえ時間もかかる。
森オオカミを解体したときのことを思い出す。
皮を剥ぎ、肉を取り、魔石まで取り出す。
ミアレは迷いなく、流れるような手つきで作業していた。
見ていると簡単そうだった。
でも、こうして自分でやってみると分かる。
時間がかかる。
それも、かなり。
……たぶん、大丈夫。
丸焼きにするだけなら、そこまで難しく考えなくてもいい。
ただ、このまま焼くのはやりにくい。
私は近くにあった生木の枝を一本拾った。
魔法で折ったばかりの枝だ。
ナイフで先端を削る。
木を削る感触。
やがて枝の先は鋭く尖った。
串にする。
でも、そのままだと燃えるかもしれない。
私は串を一度、小川の水に浸した。
そしてホーンラビットの体に突き刺す。
……。
出来上がった姿を見て、少しだけ困った。
とんでもない見た目になっている。
まあ、仕方ない。
エルネの表情を見る。
曇りはなかった。
もしかしたら、もう可愛いという感情は消えているのかもしれない。
食べ物だと理解したのかもしれない。
わからない。
別に聞く必要もない。
そのときエルネが、楽しそうに言った。
「ほんとに丸焼き、豪快料理!」
そして両手を合わせて続ける。
「私たちの、冒険者ごはんっ!」
冒険者ごはん。
その言葉に、思わず笑みがこぼれた。
「では、焼きます」
私は串を持ち、焚き火の上へとかざした。
エルネはワクワクした顔で見ている。
もちろん、私も少し楽しみだった。
冒険者なら、こういうこともする。
脂がじわりと滲み出る。
「いい匂いがしそうですね」
エルネが期待した声を出す。
私も少しだけ頷いた。
その瞬間だった。
ホーンラビットの毛が、ぼっと燃え上がった。
バチッ!バチッ!
一瞬で、火が広がる。
「え!?」
思わず声が出た。
「わ、わっ!?先輩!?」
ホーンラビットは火達磨になり、激しく燃え上がる。
毛は縮れ、黒く焦げ、塊になっていく。
そして。
強烈な匂いが鼻に突き刺さった。
焦げた獣の匂い。
焼けた毛の匂い。
まるで焼けた髪の毛のような臭い。
耐えられない。
思わず串を手放し、鼻をつまむ。
エルネも同時に距離を取った。
黒い煙が立ちこめる。
焚き火の中で、ホーンラビットはバチバチと音を弾いていた。
黒い塊になりながら、火の中で踊っている。
「……」
「……」
しばらくして、エルネがぽつりと言った。
「先輩……」
焚き火を見ながら、困った顔で続ける。
「私たちの冒険者ごはん…これ、食べられるんでしょうか…」
私は思わず肩を落とした。
「ぅ……ごめんなさい」
焚き火はパチパチと音を立てながら燃え続けていた。
その中で、黒焦げになったホーンラビットが、静かに焼けていった。




