噛み合わない言葉
耳か足を掴んでそのまま持ち歩くのは、どうしてもできなかった。
エルネの視線が、痛い。
私はポーチから黒パンを取り出し、それを包んでいた布だけを抜き取った。黒パンはすぐにしまい直す。布を広げ、動かなくなったホーンラビットをそっと包んだ。白い毛並みが見えないように、血がにじまないように、丁寧に隠す。
それを、ベリーナッツの入った革袋の中へ入れた。
隠した。
けれど、エルネの視線は変わらない。
――かわいそう。
あの一言が、まだ残っている。
抵抗がなかったわけじゃない。初めて捌いたとき、私も同じように思った。でも、魔物だと割り切ればできた。畑を荒らす大ネズミと同じだ。ホーンラビットも、巡り巡って何かしらの害をなす存在。
ならば悪い魔物だ。
それだけでいい。
私は、それでいい。
冒険者になるというのは、こういうことだと思う。
戦って、勝って、稼いで、食べる。
その裏では、みんな同じことをしている。
バルクも、ロニオも、ミアレだって。倒した魔物を捌き、肉にして、火にかけた。
私はそれを真似ただけ。明確な答えがあるわけじゃない。
それでも。
「エルネさん、これが……冒険者なんだと、私は思うんです」
断定はできなかった。
私はまだ試験に落ちた身だし、冒険者という言葉にワクワクも希望も抱いている。
「仕掛けた罠、見に行きましょう。ホーンラビットが引っかからないうちに」
「……うん」
エルネは静かに頷いた。
森はさっきよりも静まり返っている気がする。
移動中も会話はない。エルネは半歩以上、距離を空けて後ろを歩く。私は何度か振り返り、様子を窺った。
ホーンラビットの丸焼きは、冒険者らしい。
だけど、嫌なら食べなくていい、なんて言葉は出なかった。それは違うと思った。
バルクなら冗談めかして言っただろう。ロニオなら理屈を並べただろう。ミアレならきっと、納得できる説明をした。
私は?
どれもできない。
これが冒険者だから。
本当にそれで合っているのかは分からない。
足音だけが響く。木々がざわりと揺れた。
罠を仕掛けた木の目印が視界に入る。急ぐ理由はないのに、視線を向けた瞬間――ホーンラビットが引っかかっているのが見えた。
その近くに、もう一体。
緑の肌、小柄な体。横長の瞳孔。手には硬木の棍棒。
ゴブリン。
振り上げられた棍棒が、罠のホーンラビットへ向く。
杖を構えきる前に魔力を通す。
「エアーブロー!」
即射。
思考よりも早く、体が動いた。
風の塊がゴブリンの頭部に直撃する。棍棒を振り下ろす直前、体が横へ流されるように吹き飛び、地面へ叩きつけられた。
動かない。
倒した。
その瞬間、背後から叫び声が上がる。
「やめて、殺さないで!」
エルネが背中に飛びついた。
体勢が崩れ、前へ倒れ込む。
ドサリ、と土の音。
「ゴブリン……」
そう言いかけたエルネは、前を見た。
ホーンラビットはまだ生きている。罠に足を取られ、必死にもがいている。
「あれ……え? 先輩、兎さん、無事? ご、ごめんなさい。私、てっきり……また兎さんを」
彼女は慌ててどき、立ち上がる。
私はその手を掴み、引き起こした。
「剣を抜いて、エルネさん」
杖を構える。
ゴブリンが一体だけでいるはずがない。群れる。ダンジョンで何度も見た。
「え……?」
エルネの声は揺れている。
「私には……できないです。かわいそう」
ゴブリンにも?
さっきまで倒すと息巻いていたのに。
周囲を見渡す。
草を踏む音。枝が折れる音。足音が近づく。
「あの、見逃してあげませんか?」
見逃す?
それはできない。
ゴブリンは悪い魔物だ。人の獲物を奪い、畑を荒らし、人を襲う。近くにいるなら、倒すべきだ。
視線の先に、ようやく姿が現れる。
四体。
それぞれ棍棒を持ち、そのうちの一匹は、頭の潰れたホーンラビットを足を掴んで引きずっていた。
血が、地面に線を引く。
私は杖を握り直した。
噛み合わない言葉の間で、森の空気が張り詰めていく。




