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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
16話
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噛み合わない言葉

 


 耳か足を掴んでそのまま持ち歩くのは、どうしてもできなかった。


 エルネの視線が、痛い。


 私はポーチから黒パンを取り出し、それを包んでいた布だけを抜き取った。黒パンはすぐにしまい直す。布を広げ、動かなくなったホーンラビットをそっと包んだ。白い毛並みが見えないように、血がにじまないように、丁寧に隠す。


 それを、ベリーナッツの入った革袋の中へ入れた。


 隠した。


 けれど、エルネの視線は変わらない。


 ――かわいそう。


 あの一言が、まだ残っている。


 抵抗がなかったわけじゃない。初めて捌いたとき、私も同じように思った。でも、魔物だと割り切ればできた。畑を荒らす大ネズミと同じだ。ホーンラビットも、巡り巡って何かしらの害をなす存在。


 ならば悪い魔物だ。


 それだけでいい。


 私は、それでいい。


 冒険者になるというのは、こういうことだと思う。


 戦って、勝って、稼いで、食べる。

 その裏では、みんな同じことをしている。


 バルクも、ロニオも、ミアレだって。倒した魔物を捌き、肉にして、火にかけた。


 私はそれを真似ただけ。明確な答えがあるわけじゃない。


 それでも。


「エルネさん、これが……冒険者なんだと、私は思うんです」


 断定はできなかった。

 私はまだ試験に落ちた身だし、冒険者という言葉にワクワクも希望も抱いている。


「仕掛けた罠、見に行きましょう。ホーンラビットが引っかからないうちに」


「……うん」


 エルネは静かに頷いた。


 森はさっきよりも静まり返っている気がする。


 移動中も会話はない。エルネは半歩以上、距離を空けて後ろを歩く。私は何度か振り返り、様子を窺った。


 ホーンラビットの丸焼きは、冒険者らしい。


 だけど、嫌なら食べなくていい、なんて言葉は出なかった。それは違うと思った。


 バルクなら冗談めかして言っただろう。ロニオなら理屈を並べただろう。ミアレならきっと、納得できる説明をした。


 私は?


 どれもできない。




 これが冒険者だから。




 本当にそれで合っているのかは分からない。


 足音だけが響く。木々がざわりと揺れた。


 罠を仕掛けた木の目印が視界に入る。急ぐ理由はないのに、視線を向けた瞬間――ホーンラビットが引っかかっているのが見えた。


 その近くに、もう一体。


 緑の肌、小柄な体。横長の瞳孔。手には硬木の棍棒。


 ゴブリン。


 振り上げられた棍棒が、罠のホーンラビットへ向く。


 杖を構えきる前に魔力を通す。


「エアーブロー!」


 即射。


 思考よりも早く、体が動いた。


 風の塊がゴブリンの頭部に直撃する。棍棒を振り下ろす直前、体が横へ流されるように吹き飛び、地面へ叩きつけられた。


 動かない。


 倒した。


 その瞬間、背後から叫び声が上がる。


「やめて、殺さないで!」


 エルネが背中に飛びついた。


 体勢が崩れ、前へ倒れ込む。


 ドサリ、と土の音。


「ゴブリン……」


 そう言いかけたエルネは、前を見た。


 ホーンラビットはまだ生きている。罠に足を取られ、必死にもがいている。


「あれ……え? 先輩、兎さん、無事? ご、ごめんなさい。私、てっきり……また兎さんを」



 彼女は慌ててどき、立ち上がる。


 私はその手を掴み、引き起こした。


「剣を抜いて、エルネさん」


 杖を構える。


 ゴブリンが一体だけでいるはずがない。群れる。ダンジョンで何度も見た。


「え……?」


 エルネの声は揺れている。


「私には……できないです。かわいそう」


 ゴブリンにも?


 さっきまで倒すと息巻いていたのに。


 周囲を見渡す。


 草を踏む音。枝が折れる音。足音が近づく。


「あの、見逃してあげませんか?」


 見逃す?


 それはできない。


 ゴブリンは悪い魔物だ。人の獲物を奪い、畑を荒らし、人を襲う。近くにいるなら、倒すべきだ。


 視線の先に、ようやく姿が現れる。


 四体。


 それぞれ棍棒を持ち、そのうちの一匹は、頭の潰れたホーンラビットを足を掴んで引きずっていた。


 血が、地面に線を引く。


 私は杖を握り直した。


 噛み合わない言葉の間で、森の空気が張り詰めていく。

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