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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
16話
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命の重さ

 


 それから、少しの休憩を挟んだ。


 街道沿いの開けた場所。小川のせせらぎが遠くに聞こえ、平原から吹き込む風が火の跡をかすかに撫でていく。エルネは革袋から水の入った皮袋を取り出し、口をつけて喉を鳴らした。


「ふぅ……」



 満足げな吐息。

 それを差し出され、私も一口飲む。ぬるい水が喉を通り、体の奥に落ちていく。冷たくはない。それでも、じんわりと落ち着く感覚があった。



 だが、落ち着きは長く続かなかった。



 じっとしていられない。

 それは私も、そしてエルネも同じらしい。


「罠、見に行ってみよーよ。」


 エルネの提案に頷き、ベリーナッツと薬草の入った革袋を持ち上げる。すぐ戻るつもりだ。焚き火の場所と集めた枝を一度振り返り、それから森へ足を向けた。



 木々の間をすり抜け、木陰に入る。土を踏み、枯葉を踏みしめる音が重なる。二人分の足音。


 一つ目の罠は手付かずだった。


「捕まってないね」


 エルネがぽつりと零す。

 罠はそのままにして、次へ向かう。


 遠目に見えた二つ目の罠。近づくにつれ、違和感がはっきりする。


 荒らされている。


「あれ? おかしいよ? 逃げられちゃった?」



 エルネが屈み込む。私も遅れて隣に立ち、地面を観察した。



 ツタは引き千切られている。以前、ミアレと森オオカミを確認したときと似ているが、違う。



 白い毛が散っている。これはホーンラビットのもの。


 だが足跡が違う。



 小さな、人型の足跡。ひとつではない。無数に重なり、群れているような跡。



 地面には抉れたような凹みもある。


「エルネさん、何の仕業か分かります?」


「私? うーん……」


 足跡と切れたツタを見比べ、唸る。



「ボア? かな? ゴブリン? 人の獲物を横取りする悪い魔物なのは確かだね」



 ゴブリン。

 私も同じ答えに辿り着いていた。



「私もゴブリンだと思います。おそらく、ですけど」


「もしかして、近くにいるってこと?」



 エルネの手が剣の柄を掴む。今にも抜き放ちそうな構え。顔は期待に満ちている。



 倒したい。

 戦いたい。


 その気持ちが、隠しきれないほど伝わってくる。


 ――今は、違う。


 今日はホーンラビットの丸焼きだ。


 一呼吸置く。


「次の罠を、見に行きましょう。ゴブリンがいるかもしれませんから、気をつけて」


「うん。何かいたら、私に任せて!」



 どうしよう。

 この子の勢いに飲まれてしまいそうだ。



 ミアレならどうしただろう。

 きっと足跡を一目で断定し、周囲の気配を探りながら静かに進む。


 私は周囲を見渡す。葉の擦れる音、鳥のさえずり。気配はない。


 後ろで鼻息荒く歩くエルネの存在感のほうが、よほど目立っている。



 三つ目の罠。最後の罠だ。


 そこに、一匹のホーンラビットがいた。


 足を罠に取られ、身動きが取れない。耳を立て、顔を忙しなく動かし、もぞもぞと口を動かしている。



「ホーンラビットって、よく見ると可愛い」



 その一言が、胸を小さく刺した。



「私が、ここから魔法で狙撃します。見ていて下さい」



 杖を構える。

 失敗はしない。



「エアーブロー」


 放たれた風の塊が一直線に飛び、ホーンラビットに直撃する。短い断末魔。体が弾かれ、地面に転がる。



「当たった!」



 エルネの声。



 ホーンラビットは動かない。


 一歩近づく。エルネも後ろをついてくる。


「死んじゃったの?」


「はい、倒しました」


 力の抜けた体。

 伸びた四肢。


 ミアレの時と同じだ。


 ナイフを抜き、頭を掴む。首筋に刃を当て、一気に引く。血が溢れ出す。


 血抜き。


 迷いはない。

 肉を食べるなら必要な工程だと、ミアレに教わった。



 足を掴み、逆さにする。



 ポトリ、ポトリ。


 赤い雫が土に落ち、染みていく。


 その光景を、エルネは黙って見ていた。


 視線を上げる。


 眉間に皺を寄せ、唇を噛んで怪訝そうに見下ろして手をぎゅっと握る。


 そして、ぽつりと落とした。


「……かわいそう」


 その言葉が、思った以上に重く胸に落ち、手の動きが止まった。



 かわいそう。


 私は、何をしたのだろう。


 倒した。

 仕留めた。

 食べるために血を抜いた。


 それだけ。


 それでも、その一言は刃のように残った。


 可愛いなら食べなければいいの?


 土に吸い込まれていく赤を見つめながら、私は言葉を探せずにいた。

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