魔力暴走
街道沿いの小さな開けた場所。
すぐそばには澄んだ小川が流れ、その先にはなだらかな平原が広がっている。
以前、バルクとロニオと一緒にオークの肉を焼いた場所だ。焦げ跡はまだ薄く残り、倒木と石で囲まれた即席の炉はそのままになっている。
今日はエルネと二人きり。
依頼は無事に終わった。薬草とナッツベリーの採取。革袋は膨らみ、陽はまだ高い。
火を起こそう。
そう思った瞬間、自然と役割を分けていた。
「エルネさん、依頼は終わりましたから少し休んでもいいですよ。私、何か燃えるものを探してきます。ナッツベリーと薬草を見張ってて下さい」
革袋を傍らに置くと、エルネはその横に腰を下ろし、ぐっと背伸びをした。
「うん、ここで待ってたらいいの? すぐ戻ってきてね」
軽い調子に小さく頷き、私は茂みへ足を踏み入れた。
木陰の下はひんやりとしている。
陽の当たる街道とは違い、森の中は静かで、空気が柔らかい。
落ちている枝を見つけ、前かがみになって拾い上げる。乾いたものを選び、折れやすいものを確かめながら抱える。
――杖、置いてくればよかったかな。
片手いっぱいの枝。もう片方には杖。
思ったより不便だ。
どうせ魔法を使うなら、枝を直接落とせばいい。
抱えていた枝を足元にまとめ、杖を片手で上に構えた。
「風よ、力となりて……」
短い詠唱。
魔力を流す。いつも通りの流量。癖のない一定の速度。指向性も問題ない。
その瞬間。
――バチンッ。
腕に激痛が走った。
「っ……!」
衝撃で杖が手から離れ、枝が地面に散る。
尻もちをつき、土の感触が背に伝わる。
カラン、と杖が落ちる音だけが静かに響いた。
一瞬、思考が止まる。
だが、すぐに理解した。
魔力暴走。
魔法使いなら一度は通る失敗。自身の耐えられる流量を越えたときに起こる反動。
反対の手で腕をなでる。痛みで震えているが、骨に異常はない。腫れもない。軽い衝撃だけだ。
姉様の言葉が浮かぶ。
酷い場合は内出血、ひどければ一時的な痛覚喪失。魔法が怖くなる者もいる、と。
私は何度も経験させられた。泣きながら、悔しさを噛みしめながら。
だから、この程度の痛みは慣れている。
呼吸が浅い。鼓動がやけに大きい。
――でも。
おかしい。
流量ミスはしていない。
指向性も、出力も。
いつも通りだった。
静まり返った森の中、四つん這いで杖へ近づく。恐る恐る指先で触れる。
何ともない。
冷たい木の感触だけ。
ゆっくりと息を整える。
もう一度。
枝葉に向けて杖を構える。
「ウィンドブラスト!」
風の塊が弾け、枝葉を打ち抜いた。
乾いた音とともに木が揺れ、複数の枝が雨のように降り注ぐ。
正常だ。
威力も安定している。魔力の流れも澄んでいる。
胸の奥に小さな違和感が残る。
たまたま?
流量ミス?
――今更、私にミスなんて。
姉様の声がまたよぎる。
強く難しい魔法より、簡単な魔法を完璧に再現できる方が何倍も強い。
だから私は、基礎を突き詰めてきた。
同じ流量、同じ軌道、同じ出力。
再現性。
それが私の誇り。
もう一度。
枝を狙う。
風がうねり、森に響く。
二度。
三度。
枝葉が落ちるだけ。何も起きない。
痛みも、反動もない。
さっきのは、なんだった?
胸の奥に小さな棘のような違和感。
原因がわからないという事実が、じわりと広がる。
深呼吸。
考えすぎだ。
たまたまの一度きり。
そう自分に言い聞かせる。
落ちた枝をかき集め、両腕で抱える。
今度は杖を握りしめたまま。
森を抜けると、街道の光が眩しかった。
エルネの姿が見える。
革袋の横で、空を見上げながら足をぶらつかせている。
日常は、何事もなかったかのようにそこにある。
でも。
さっきの一瞬だけ、確かに何かが弾いた。
風が、拒んだような。
胸の奥に残る小さな不安を抱えたまま、私はエルネの元へ歩いていった。




