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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
16話
78/88

魔力暴走

 


 街道沿いの小さな開けた場所。

 すぐそばには澄んだ小川が流れ、その先にはなだらかな平原が広がっている。


 以前、バルクとロニオと一緒にオークの肉を焼いた場所だ。焦げ跡はまだ薄く残り、倒木と石で囲まれた即席の炉はそのままになっている。


 今日はエルネと二人きり。


 依頼は無事に終わった。薬草とナッツベリーの採取。革袋は膨らみ、陽はまだ高い。


 火を起こそう。

 そう思った瞬間、自然と役割を分けていた。


「エルネさん、依頼は終わりましたから少し休んでもいいですよ。私、何か燃えるものを探してきます。ナッツベリーと薬草を見張ってて下さい」


 革袋を傍らに置くと、エルネはその横に腰を下ろし、ぐっと背伸びをした。


「うん、ここで待ってたらいいの? すぐ戻ってきてね」


 軽い調子に小さく頷き、私は茂みへ足を踏み入れた。


 木陰の下はひんやりとしている。

 陽の当たる街道とは違い、森の中は静かで、空気が柔らかい。


 落ちている枝を見つけ、前かがみになって拾い上げる。乾いたものを選び、折れやすいものを確かめながら抱える。


 ――杖、置いてくればよかったかな。


 片手いっぱいの枝。もう片方には杖。

 思ったより不便だ。


 どうせ魔法を使うなら、枝を直接落とせばいい。


 抱えていた枝を足元にまとめ、杖を片手で上に構えた。


「風よ、力となりて……」


 短い詠唱。

 魔力を流す。いつも通りの流量。癖のない一定の速度。指向性も問題ない。


 その瞬間。




 ――バチンッ。




 腕に激痛が走った。



「っ……!」



 衝撃で杖が手から離れ、枝が地面に散る。


 尻もちをつき、土の感触が背に伝わる。



 カラン、と杖が落ちる音だけが静かに響いた。



 一瞬、思考が止まる。

 だが、すぐに理解した。



 魔力暴走。



 魔法使いなら一度は通る失敗。自身の耐えられる流量を越えたときに起こる反動。



 反対の手で腕をなでる。痛みで震えているが、骨に異常はない。腫れもない。軽い衝撃だけだ。



 姉様の言葉が浮かぶ。

 酷い場合は内出血、ひどければ一時的な痛覚喪失。魔法が怖くなる者もいる、と。



 私は何度も経験させられた。泣きながら、悔しさを噛みしめながら。

 だから、この程度の痛みは慣れている。



 呼吸が浅い。鼓動がやけに大きい。


 ――でも。


 おかしい。


 流量ミスはしていない。

 指向性も、出力も。

 いつも通りだった。


 静まり返った森の中、四つん這いで杖へ近づく。恐る恐る指先で触れる。



 何ともない。

 冷たい木の感触だけ。



 ゆっくりと息を整える。

 もう一度。


 枝葉に向けて杖を構える。


「ウィンドブラスト!」



 風の塊が弾け、枝葉を打ち抜いた。

 乾いた音とともに木が揺れ、複数の枝が雨のように降り注ぐ。



 正常だ。



 威力も安定している。魔力の流れも澄んでいる。



 胸の奥に小さな違和感が残る。


 たまたま?

 流量ミス?


 ――今更、私にミスなんて。



 姉様の声がまたよぎる。


 強く難しい魔法より、簡単な魔法を完璧に再現できる方が何倍も強い。


 だから私は、基礎を突き詰めてきた。

 同じ流量、同じ軌道、同じ出力。


 再現性。

 それが私の誇り。


 もう一度。


 枝を狙う。


 風がうねり、森に響く。


 二度。

 三度。


 枝葉が落ちるだけ。何も起きない。


 痛みも、反動もない。


 さっきのは、なんだった?


 胸の奥に小さな棘のような違和感。

 原因がわからないという事実が、じわりと広がる。



 深呼吸。


 考えすぎだ。

 たまたまの一度きり。


 そう自分に言い聞かせる。


 落ちた枝をかき集め、両腕で抱える。

 今度は杖を握りしめたまま。


 森を抜けると、街道の光が眩しかった。


 エルネの姿が見える。

 革袋の横で、空を見上げながら足をぶらつかせている。


 日常は、何事もなかったかのようにそこにある。


 でも。


 さっきの一瞬だけ、確かに何かが弾いた。


 風が、拒んだような。


 胸の奥に残る小さな不安を抱えたまま、私はエルネの元へ歩いていった。

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