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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
15話
74/82

罠と丸焼きの約束



 森の奥は、平原とは違う匂いがする。

 湿った土と、若い葉の青い香り。差し込む光はやわらかく、木々の隙間からこぼれる陽光が、地面にまだら模様を描いていた。


「リュシア先輩、何してるんですか?」


 背後から覗き込むような声。

 私はしゃがみ込んだまま、手元のツルを引き寄せる。


 少し前に切っておいた丈夫なツルを、近くの木の根元に固定する。しなり具合を確かめ、先端で輪を作る。地面すれすれに、自然に見えるように。


 ミアレに教わった罠だ。


「罠です。ホーンラビットをこれで捕まえられるんです」


「えっ、これで?」


 エルネは目を丸くする。


「ここに手を置いてみてください」


 言われるまま、エルネはかがみ込み、輪の中に手を入れた。


「ぴょんぴょん」


 合図のつもりで呟くと、エルネが面白がって手を跳ねさせる。次の瞬間、ツルが弾けるように締まり、手首にきゅっと絡みついた。


「わ、わ! すごい! 引っかかる! これで捕まえられるんだ!?」


 目を見開き、大袈裟なくらい驚いている。


 うまく出来ている。

 私は満足して罠を解き、もう一度仕掛け直した。


「今度は一緒にやろう」


 枝にツルをかける位置。

 輪の高さ。

 張り具合。


 ひとつずつ説明しながら、私はエルネにやらせてみる。彼女は真剣な顔で、けれどどこか楽しそうに、私の手元を真似していく。


 仕上げに、先ほど収穫したベリーナッツをばら撒いた。赤と紫の実が、落ち葉の上に散る。


 これでいい。


 しばらく、エルネはぼうっとその光景を見つめていたが、ふと気づいたように顔を上げた。


「これ、餌ですか?」


「はい。絶対に来てくれるとは言えませんけど」


 そう答えると、エルネは突然、罠の前に両手を突き出した。


「私がおまじないを掛けます。うぅ〜……来い来い来い来〜い、ホーンラビット!」


 真顔で念じる姿があまりに真剣で、思わずくすりと笑いがこぼれる。


「なんですか、それ」


 言った瞬間、エルネ自身も吹き出した。

 二人で小さく笑い合う。


 木陰の隙間から差し込む陽光が、エルネの金髪を照らす。揺れるたびにきらきらと光り、まるで森の中に落ちた一片の陽だまりのようだった。



 罠は三つ、少し離れた場所に設置した。

 最後の一つを仕掛け終え、私が立ち上がろうとしたとき、エルネがじっとこちらを見ていることに気づく。


「ねぇ、先輩」


「はい?」


「もしかして……ベリーナッツの依頼って、本当はホーンラビットを捕まえるのが目的で受けたの? そうですよね?」


 鋭い。


 私は小さく笑った。


「ふふ、そう。バレちゃいました」


「やっぱり!」


 エルネは満足げに頷く。

 だがすぐに首を傾げた。


「でも、捕まえてどうするの? 依頼でもないのに?」


 真っ直ぐな視線。


 私は胸を張った。


「食べます。ホーンラビットを丸焼きにして食べます」


 堂々と宣言する。


「丸焼き?」


 エルネはまだ実感が湧かない様子で、ぱちぱちと瞬きをする。


「ほら、冒険者っぽい食事じゃないですか?」


 焚き火を囲んで、串に刺して焼く。

 きっと、外はぱりっと、中は柔らかく。

 煙の匂いと肉の香ばしさ。


 想像しただけで、少しだけ胸が躍る。


「うんうんうん。食べたいかも!」


 エルネの瞳がきらきらと輝いた。

 その無邪気さが、少しだけ眩しい。



 ここから、罠がかかるまでの時間を薬草探しに使う。

 

 ミアレの時には待ったけれど、これなら合理的で、隙がない。


 私は周囲を見渡し、森の奥へと視線を向ける。



 ――待つだけなんて、もったいない。


「薬草も探そっか」


「はい、先輩!」


 元気な返事が返る。


 罠に、丸焼きに、薬草。

 全部まとめて手に入れればいい。


 私は杖を握り直す。

 森の風が葉を揺らし、さわさわと音を立てる。


 私の風は止まらない。


 そう、心の中で呟いた。

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