罠と丸焼きの約束
森の奥は、平原とは違う匂いがする。
湿った土と、若い葉の青い香り。差し込む光はやわらかく、木々の隙間からこぼれる陽光が、地面にまだら模様を描いていた。
「リュシア先輩、何してるんですか?」
背後から覗き込むような声。
私はしゃがみ込んだまま、手元のツルを引き寄せる。
少し前に切っておいた丈夫なツルを、近くの木の根元に固定する。しなり具合を確かめ、先端で輪を作る。地面すれすれに、自然に見えるように。
ミアレに教わった罠だ。
「罠です。ホーンラビットをこれで捕まえられるんです」
「えっ、これで?」
エルネは目を丸くする。
「ここに手を置いてみてください」
言われるまま、エルネはかがみ込み、輪の中に手を入れた。
「ぴょんぴょん」
合図のつもりで呟くと、エルネが面白がって手を跳ねさせる。次の瞬間、ツルが弾けるように締まり、手首にきゅっと絡みついた。
「わ、わ! すごい! 引っかかる! これで捕まえられるんだ!?」
目を見開き、大袈裟なくらい驚いている。
うまく出来ている。
私は満足して罠を解き、もう一度仕掛け直した。
「今度は一緒にやろう」
枝にツルをかける位置。
輪の高さ。
張り具合。
ひとつずつ説明しながら、私はエルネにやらせてみる。彼女は真剣な顔で、けれどどこか楽しそうに、私の手元を真似していく。
仕上げに、先ほど収穫したベリーナッツをばら撒いた。赤と紫の実が、落ち葉の上に散る。
これでいい。
しばらく、エルネはぼうっとその光景を見つめていたが、ふと気づいたように顔を上げた。
「これ、餌ですか?」
「はい。絶対に来てくれるとは言えませんけど」
そう答えると、エルネは突然、罠の前に両手を突き出した。
「私がおまじないを掛けます。うぅ〜……来い来い来い来〜い、ホーンラビット!」
真顔で念じる姿があまりに真剣で、思わずくすりと笑いがこぼれる。
「なんですか、それ」
言った瞬間、エルネ自身も吹き出した。
二人で小さく笑い合う。
木陰の隙間から差し込む陽光が、エルネの金髪を照らす。揺れるたびにきらきらと光り、まるで森の中に落ちた一片の陽だまりのようだった。
罠は三つ、少し離れた場所に設置した。
最後の一つを仕掛け終え、私が立ち上がろうとしたとき、エルネがじっとこちらを見ていることに気づく。
「ねぇ、先輩」
「はい?」
「もしかして……ベリーナッツの依頼って、本当はホーンラビットを捕まえるのが目的で受けたの? そうですよね?」
鋭い。
私は小さく笑った。
「ふふ、そう。バレちゃいました」
「やっぱり!」
エルネは満足げに頷く。
だがすぐに首を傾げた。
「でも、捕まえてどうするの? 依頼でもないのに?」
真っ直ぐな視線。
私は胸を張った。
「食べます。ホーンラビットを丸焼きにして食べます」
堂々と宣言する。
「丸焼き?」
エルネはまだ実感が湧かない様子で、ぱちぱちと瞬きをする。
「ほら、冒険者っぽい食事じゃないですか?」
焚き火を囲んで、串に刺して焼く。
きっと、外はぱりっと、中は柔らかく。
煙の匂いと肉の香ばしさ。
想像しただけで、少しだけ胸が躍る。
「うんうんうん。食べたいかも!」
エルネの瞳がきらきらと輝いた。
その無邪気さが、少しだけ眩しい。
ここから、罠がかかるまでの時間を薬草探しに使う。
ミアレの時には待ったけれど、これなら合理的で、隙がない。
私は周囲を見渡し、森の奥へと視線を向ける。
――待つだけなんて、もったいない。
「薬草も探そっか」
「はい、先輩!」
元気な返事が返る。
罠に、丸焼きに、薬草。
全部まとめて手に入れればいい。
私は杖を握り直す。
森の風が葉を揺らし、さわさわと音を立てる。
私の風は止まらない。
そう、心の中で呟いた。




